James Setouchi
2024.8.31
伊坂幸太郎『オーデュポンの祈り』新潮文庫
1 伊坂幸太郎
1971(昭和46)~。千葉県生まれ、東北大法学部卒。2000年『オーデュポンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞。他に『ラッシュライフ』『重力ピエロ』『チルドレン』『グラスホッパー』『死神の精度』『アヒルと鴨のコインロッカー』『ゴールデンスランバー』など。非常に読まれている作家。仙台が舞台のものが多い。(新潮文庫のカバーの著者紹介を参照した。)
2 『オーデュポンの祈り』
エンタメ。ミステリーに分類されるのか。ここで扱うけれど、必ずしもお薦めしない。伊坂さんには悪いが、「絶対読まないとソン」「深い。読めば考えさせられる」「生きる勇気が出た」「感動の嵐」といった本ではない。時間は有限なので、これを読む暇に他の本を読んだ方がいい。
言っておくが、伊坂さんは非常に有名で本が売れている。十代の若者などに聞くと随分読まれている(読まれてきた)ようだ。それで私も読んでみようと思った。伏線が沢山あるが上手に回収する。知的な人だ。ある程度面白くはある。29歳で書いたにしては上出来だ。語彙は難解すぎることはない。文章も読みやすい。中学生や高校生で何も本を読まない人がいるなら、伊坂さんの本でも読んだらいいのかもしれない。
ただし、本作には、非常に残虐なシーンがいくつかあって、純真な十代の子には読ませたくない。耐性のある大人ならともかく、心清らかで何も知らない十代の若者にこれを読ませると思うと、心が痛む。伊坂さんはこの残虐なシーンを書かないでいてほしかった。そうすれば十代にお薦めの一冊にしてもよかったと思うのに。今の世の中は残虐な事件や表現が多すぎる。表現を検閲すべきとは思わないが、残虐表現のある小説を純情な若者にわざわざ薦めはしない。(ドストエフスキーや大江健三郎にも暴力と性の表現があるが、それを圧倒的に上回る深い思索と祈りがある。)
登場人物は若者で、若者言葉で話す。「・・かよ。」など。読者を若者に想定しているからこういう言葉を選択しているのだろうが、すでに若者ではない私には乱暴に聞こえた。
カカシの優午は将来を予知し言葉を喋る。この設定は面白い。優午は人型AIロボットなのか? と考えたくなる。島のみんなが優午を頼りにしている。だが、或る日優午は殺された(解体された)姿で発見される。頭部は行方不明。誰が優午を殺したのか? これがミステリーだ。
舞台は仙台沖の不思議な島(架空の島)。世間に知られず幕末から鎖国を続けている島だ。外界との接触はある。「僕」は仙台市でトラブルをおこして警察から逃げ、気がつくとこの島に連れてこられていた。これが基本的な設定だ。
(ヤヤネタバレだが)
主人公の伊藤と島の日比野はともにその社会での落ちこぼれ的存在だが、友人になっていく。ここはよかった。警官が悪徳で、一見奇妙に見える人が実はいい人で仲間になる。仲間の力で問題を解決していく。伊坂さんの『ゴールデンスランバー』も同じ構造だったかもしれない。
ミステリーはネタバレしてはいけないので今回はこれ以上は書かない。
この小説で少し勉強になるかも知れないことを補足として書いておこう。
・支倉常長(はせくらつねなが):1571~1622。仙台の伊達政宗の命令で、太平洋・メキシコ経由でスペインとローマを訪問した使者。慶長の遣欧使節と呼ばれる。1620年に日本に戻った。天正の遣欧使節(1590年帰国)は4人の少年で有名で、南から西回りでヨーロッパに行ったが、支倉常長は太平洋・アメリカ経由の東回りで行った。伊達政宗にすれば仙台とメキシコの協定案、スペインとの通商などの外交上の戦略があったろう。出発時180人(うち日本人約140名)だったが、メキシコで78名がキリスト教の洗礼を受け、そのままメキシコにとどまった者もある。支倉常長は無事帰国したが、すでにキリスト教弾圧が強化されていた。支倉常長は伊達家からも遠ざけられ失意のうちに没した。(仙台青葉学院(せいようがくいん)のサイトから。仙台ロゴス研究所というカトリックの人びとの集まりで講演があったようだ。)この小説では、帰国後の支倉常長があえてこの島を秘密の島としてスペインとの交易の基地にした、それが代々継承され、幕末・明治近代において日本が開国したときには逆にこの島は外界と断絶する道を選んだ、という作りにしている。
・オーデュポン:~1851。アメリカの鳥類研究家、画家。鳥の写実画を多く描いた。野生鳥獣の保護を訴えた。その光景であるオーデュポン協会は野生生物保護の中心的役割を果たしている。(コトバンクなどから。)
・リョコウバト:ハトの一種。北米大陸に推定で50億羽いたが乱獲のため20世紀初めに絶滅。(コトバンクなどから。)
→オーデュポンの野生動物保護の主張もリョコウバトの絶滅も事実で、伊坂幸太郎はこれを本作に組み込んでいる。題名の「オーデュポンの祈り」とは、野生動物を乱獲で絶滅させてはいけない、というオーデュポンその人の祈り、の意味だとまずは言える。その上で、伊坂さんは、絶滅させてはならないものとして何を考えていただろうか・・・?