James Setouchi

 

2024.8.31

柴田哲孝『暗殺』幻冬舎2024年6月

 

1        柴田哲孝:1957年東京都生まれ。『下山事件 最後の証言』『TENGU』『下山事件 暗殺者たちの夏』『GEO大地震』『リベンジ』『ブレイクスルー』『殺し屋商会』など。

 

2      『暗殺』

「この物語はフィクションである。」と最初に断っている。安倍もと首相銃撃・暗殺事件(2022年7月)に材を取った、小説。「本作には実在の人物・団体・文章等が一部登場しますが、あくまで創作の材とするものであり、実際の事件・社会問題等とは関係ありません。」と末尾にも断っている。重ねて断らないといけないくらい実際の事件に限りなく近い、いや、ほぼ同じシチュエーションを設定している。あの事件をリアルタイムで経験した読者にとっては、ひりひりするようなリアリティがある。モデルは誰だろう、真犯人は誰だったのだろう、とつい考えさせられる話。あくまでエンタメの体裁ではあるが、あの事件に対して作者なりに一つの解釈を与えようとしているようにも見える。

 

 安倍もと首相の実際の事件は2022年(令和4年)7月8日の参議院選挙期間中(投票日目前)で起きた。本作の田布施もと首相の事件も同じ日に起きる。場所も同じ奈良の大和西大寺駅前広場。

 

 実際の事件ではY容疑者が現行犯で逮捕された。本作でも上沼卓也容疑者が現行犯で逮捕された。両容疑者の背景には、某韓国系宗教教団によってひどい目に遭ってきた人生がある。彼は歯をくいしばって生活し、自力で銃を作成し、犯行に及んだ。

 

 このように、実際の事件と本作の設定は、極めて近い。いや、ほとんど同じだ。

 

 但し、ここからが違う。

 

 その違いを示すとネタバレになってしまうので、(書きたいが)書かない。各自お読みになられるといいと思う。

 

 少しだけ注釈をつけておこう。

1  この事件についての疑惑:致命傷となった銃弾が消えているのに、警察はそれ以上調べない。銃創の中には被害者を高い位置から着弾したものがあった。現行犯逮捕された彼は低い位置にいたので、これは不可能だ。この解剖所見を警察は握りつぶした。警察による現場検証が事件の五日後までなされなかった。例えばこれらの疑問点が残る。本作はこれらを出発点に、「彼」の単独犯行ではなく、他にスナイパーがいたのではないか、と考える。この疑惑は、当時の週刊誌やネット記事にも載った。

 

2   背後にいるかも知れない団体:「彼」の単独犯、ということになっているが、実は背後に組織がないとできない犯行だ、という観点から、本作ではある組織と真犯人を想定する。だが、これも(書きたいが)書かない。

 

3  ヒントとして当時の社会情勢を付記しておこう(順不同)。それが事件と関連しているかも知れない、と本作は臭わせる。

 

①  某宗教団体と政権与党との癒着。それによって金をむしり取られた信者・信者家族が多数ある。これは当然書いている。

② 中台関係。アメリカの議員が台湾を訪問し中国の機嫌を損ねた。日本はどうするか、アメリカの以降を無視できない。

③  コロナ。ワクチン製造会社が巨額の金を稼いだ。

④  トランプが敗れバイデンが新しい大統領になった。

⑤  アメリカから大量の武器を破格の高額で安易に買い付けてしまう。国富が流出する。

⑥  東京五輪。2021年に延期されたが、その利権を誰が握るのか。

⑦  女性天皇問題で、天皇陛下と首相の間に溝ができていた。平成天皇は譲位された。

⑧  元号「令和」。見ようによっては、他民族が日本人(和人)に命令する、という意味になる。などなど。

 

4        いくつか注釈をつけておこう。本作に出てくる事項である。

 

ケネディ暗殺事件:1963年11月22日。ダラスにて。犯人とされたオズワルドは別の人に殺害された。別に主犯がいたのではないかと繰り返しささやかれている。本作でもケネディ暗殺事件が出てくる。

 

田布施という姓:もと首相の名は田布施博之となっている。実は田布施(たぶせ)とは山口県南部にある小さな町。岸信介(安倍晋三もと首相の祖父)、佐藤栄作(岸信介の弟)の出身地であり。近隣の光市からは宮本顕治(もと共産党委員長)が出ている。ここからネット上の陰謀論的な議論として、明治天皇すり替え説、田布施システムと言ってここ出身者が日本を支配している、しかもルーツは朝鮮半島にある、ユダヤ資本とも関係がある、などなどの言説が語られている。本作が田布施という姓を採用したのは、それらネット上の陰謀論を読者に想起させたいためだろう。(なお、陰謀論に騙されないようにしないといけない。ネット上の言説は根拠があやしく陰謀論めいたものも多い。ブログを書いている私が言うのも変な話だが、みなさん気をつけましょう。)

 

赤報隊事件:1987~1990年にかけて各地の朝日新聞他が襲われた事件。特に1982年(昭和57年)5月3日(憲法記念日)の朝日新聞神戸支局襲撃事件では29歳の小尻記者が即死、42歳の犬飼記者は重傷。犯人はわかっていない。赤報隊という団体が犯行声明を出した。本作はこの事件を参照している。他に、以下の事件も出てくる。

 

下山事件:1949(昭和24)年、国鉄総裁下山定則氏が綾瀬駅付近で轢死体となって発見された。自殺説、暗殺説、国際陰謀論が飛び交っている。

 

鈴木啓一事件:2006年(平成18年)12月、朝日新聞論説委員の鈴木啓一氏が東京湾に浮かんでいるところを発見された。自殺で処理されたが、疑問が残る。

 

西宮伸一事件:2012年(平成24年)9月、渋谷区の路上で倒れて意識不明で発見され死亡。急性心不全とされたが、疑問が残る。

 

5        感想

 エンタメとしては実に面白い。事実を踏まえているとしたらきわめて恐ろしい。ぞっとする。くわばらくわばらと言いたくなる。

 

 テロはダメだ。言論で、話し合いで、世の中を作っていくべきだ。せっかく民主主義があるのだから、それを機能させるべきだ。テロリズムは、本来は国家・政権が国民に対して行う恐怖政治(例えばジャコバン独裁)を言う。政府が民に対して弾圧することをもテロという。この意味でもテロはダメだ。孟子は言う、「王がむやみに戦争をしたり壮麗な宮殿を建てたりして民の生活が成り立たないように民を苦しめ追い詰め、民を悪事に走らせておいて、刑罰を与えるのは、鳥獣に網を仕掛けて取るのと同じだ、それは仁者の政治と言えない」と。民が苦しまないようによい政治をするべきだ。リーダーたちはそこをまず考えるべきだ。

 

 明治維新以降昭和20年までの77年間に沢山のテロがあったのは、貧富の差があり貧しい人を苦しめる政治があったからだろう。軍艦ばかり作り民の食べ物がなくなれば、民は不平不満を持つ。そうならないように戦後はうまく(まあまあうまく)リーダーたちは舵取りをしてきた。国民もまずますテロなどに走らず穏やかにやってこれた。世界では、貧富の差があれば、犯罪組織が跋扈し、富裕層に対する誘拐やテロが頻発する国も結構ある。日本はそんなことのない(ほとんどない)、平和で安心して暮らせる国(社会)だった。

 

 秀吉の時に刀狩りをした。徳川時代は平和だった。これは、民が「もう武器なんか要らない、もう戦乱は嫌だ」、と懸命な選択をしたからでもある。明治以降廃刀令はあったが軍拡を続け10年に1回大きな戦争をして民を苦しめた。首相クラスも何人もテロで倒れた。昭和20年以降は戦争を放棄し軍備も止め(自衛隊は復活したが)すでに80年近くも戦争のない、テロも(ほとんど)ない、世界一平和で安全で安心できる国を作ったのは、国民がそう望んだからだ。「金輪際もう戦争は嫌だ」と強く実感してきたからだ。かつ貧富の差もあまりない一億総中流と呼ばれる社会を作ってきたからだ。・・・それが最近壊れ始めているということか?

 

 恐ろしいことだ。だが、私たちは(あなたがたは)賢いので、知恵を出し合い、戦争やテロを回避し、平和で安全で安心できる国を保ち続けるだろう。ヒロシマやナガサキやオキナワを知っている私たちは(あなたがたは)、賢明な選択をするだろう。テロなどにたよらず、話し合いで、よりよい知恵を出し合うだろう。