James Setouchi

 

原田伊織・森田健司『徹底討論 明治維新 司馬史観という過ち』

                       悟空出版 2017年10月

 

1 原田伊織 1946年~作家、歴史評論家。京都生まれ。彦根東高校(井伊直弼の彦根藩の藩校弘道館の流れ)を経て大阪外語大卒。著書『大西郷という虚像』『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』『三流の維新一流の江戸』『官賊に恭順せず 新撰組土方歳三』など。

  森田健司 1974年~社会思想史家。神戸市生まれ。京大経済学部、人間環境学研究科博士課程を経て大阪学院大学教授。著書『なぜ名経営者は石田梅岩に学ぶのか?』『明治維新という幻想』『江戸の瓦版~庶民を熱狂させたメディアの正体』など。(本書巻末の人物紹介などから)

 

2 『徹底討論 明治維新 司馬史観という過ち』

 対談。明治維新を全肯定する歴史観に対し異議申し立てをしている。本書では特に司馬遼太郎の小説に描かれた世界、またそれにもとづく大きな誤解について、批判している。様々な視点が入っていて、面白い。司馬遼太郎作品に夢中になった人には、特に面白いはずだ。

 

 目次は次の通り:はじめに/第一部 歴史の改竄(かいざん)―戊辰戦争まで 1 列強の戦略と幕府 2テロリストが跋扈(ばっこ)した幕末 3 薩長の正体 ④西郷隆盛と島津斉彬、久光の維新後 /第二部 士道に悖(もと)った戊辰戦争 1 「薩長の私戦」だった鳥羽伏見の戦い 2 「江戸無血開城」などなかった 3 東北・会津・箱館戦争をどう見るか 4 新政府の国作りと西郷隆盛 /第三部 「明治維新」というフィクション 1 歪められた歴史 2 司馬史観では見誤る歴史の真実 /おわりに

 

  いくつか記してみる。

 

・幕府は予想以上に海外情勢を把握していた。アヘン戦争以前から世界の情勢を知っていた。1842年の薪水給与令や阿部正弘(1945~老中)の段階で体裁としての「開国」はすでになされていた。ペリーの黒船ではじめて「開国」した、アヘン戦争が明治維新につながった、というのは誤り。(24~28頁)

 

・林大学頭や川路聖謨(としあきら)は武家としての確固とした精神文化を有していたのでペリーやプチャーチンに対して相手に敬意を持ちつつ立派な交渉が出来た。(41~43頁)幕臣たちが無能だった、とするのは、明治以降の捏造(ねつぞう)。(56~57頁)当時植民地化される危機はほとんど存在しなかった。安政五カ国条約をほぼ同時に結んだのは、安全保障のための幕府の知恵。(59頁)

 

・箱館戦争は、戊辰戦争の付録のような位置づけだが、庄内戦争と会津戦争は、討幕のための戊辰戦争とは別で、薩長の私的な報復戦だ。(174頁)会津戦争での長州や土佐の兵士による残虐行為は、戦争犯罪であり、人道に対する犯罪だ。(181~183頁)

 

司馬遼太郎が誤った評価をしたのは、吉田松陰、坂本龍馬、勝海舟。松下村塾は青年団のたまり場のような場所で、吉田松陰を偶像化したのは山縣有朋(やまがたありとも)たちだ。松陰には対外膨張思想もあった。(232~237頁)坂本龍馬はその他大勢の一人に過ぎない。小説の坂本竜馬(龍馬ではない)は別人。(241頁以下)勝海舟は自分の功績を大きく言う癖がある。西郷を持ち上げることで自分を大きく見せようとした(251頁以下)。

 

 ・司馬史観の問題の軸は、大東亜戦争に至る数十年を、民族の歴史として連続性を持たない、と決めつけたことだ。(315頁)

 

 私も一言キャッチーな言葉で言っておこう。明治近代は「富国強兵」ではない。「富国強兵貧民」が現実だった。明治と昭和は非連続ではない。明治が昭和の戦争を生んだ。

 

 大日本国帝国憲法(天皇の神聖不可侵)、教育勅語、軍人勅諭、地租改正と不在地主制、日清日露戦争を通じて軍産官学政+報道の複合体が成立(日清戦争で得た金の多くは軍拡に使った)などなど、明治と昭和前半は連続している。貧富の差に対する国民の不満をそらすために為政者は外患(対外危機)を作り出し煽っていった。10年に1回大きな戦争をし、首相クラスが何度も暗殺された。これが明治から昭和の前半の事実だ。

 

 最後に少し本書を批判しておこう。

 

 江戸時代には再評価すべきことも多い、というのは賛成。本文以外のところでは、江戸時代は二百年以上もまがりなりにも対外戦争を回避した点も再評価すべきだろう。

 だが、差別や飢饉があった(幕府や豪商による富の独占があった)のも事実なので、ここは批判しておきたい。この本では江戸時代の武士階級への郷愁が強すぎて、この批判は弱い。だが、この点は本書の眼目ではないので、仕方がない。

 とは言え、明治維新政府は、10年に一回大きな戦争をして、国民を兵として駆り立て、死に追いやった、その延長上に太平洋戦争がある、という点をもっと強調して言ってほしかった。

 なお、原田氏は土方歳三がお好きなようだが、私には土方はテロリストにしか見えない。

 また、原田氏は日露戦争は防衛戦争だったとする(331頁)が、これも承服できない(植民地の取り合いだった)。日露戦争は不可避の祖国防衛戦争ではなかった。不可避ではなく、外交交渉で避けられた、(ニコライ2世はやる気がなかった。最近の研究で明らかになっている。)かつ祖国防衛戦争ではなく、植民地の取り合いだった。(現地の人にとっては迷惑千万な話だ。)

 当時反戦論も多かったのにわざわざ世論を作り出して開戦に持っていったのは誰か? 何のためか? それで国民が沢山死んだ。銃後の工場などで突貫工事をするので事故や過労死も多かった。国民にとって実に迷惑な話だ。

 今どこかの国で独裁者に引きずられて国民が好戦的になっているケースを見ると、「あれはどうしたものかな」「困った事態だよね」「やめればいいのに」「それよりまんじゅうでも作ってみんなで腹一杯食べればいいのに」と残念に思うでしょう。よその国だと見えやすいのです。ですが、まさにそういう事態だったのでしょう、明治の帝国は。「ナショナリズム=善」というわけでもないですよね。

 皆さんはどうお考えになりますか? 

 

(歴史関係)

桜井・橋場『古代オリンピック』、橋場弦『民主主義の源流』、小川英雄『ローマ帝国の神々』、弓削達『ローマはなぜ滅んだか』、高橋保行『ギリシア正教』、浜本隆志『バレンタインデーの秘密』、葛野浩昭『サンタクロースの大旅行』、大沢武男『ユダヤ人とドイツ』・『ヒトラーの側近たち』、小杉泰『イスラームとは何か』、桜井啓子『シーア派』、宮田律『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』、勝俣誠『新・現代アフリカ入門』、加地伸行『「史記」再読』、陳舜臣『儒教三千年』、島田虔次『朱子学と陽明学』、宮崎市貞『科挙』、吉田孝『日本の誕生』、菅野覚明『武士道の逆襲』、藤田達生『秀吉と戦国大名』、渡辺京二『日本近世の起源』、小池嘉明『葉隠』、一坂太郎『吉田松陰』、半沢英一『雲の先の修羅』、色川大吉『近代日本の戦争』、服部龍二『広田弘毅』、共同通信社社会部『沈黙のファイル』、高橋哲哉『靖国問題』、田中彰『小国主義』、中島・西部『パール判決を問い直す』、古川愛哲『教科書には載らない日本史の秘密』『「坊っちゃん」と日露戦争』、本郷和人『日本史のツボ』