James Setouchi

 

鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』

                                                講談社現代新書 2017年11月

 

1    著者 鴻上尚史(こうかみしょうじ)

   劇作家、演出家。1958年愛媛県生まれ。新居浜西高校、早大法学部。早大で劇団「第三舞台」を結成。ロンドン留学を経て「KONAMI@network」や「虚構の劇団」を結成。日本劇作家協会会長。代表作『天使は瞳を閉じて』『スナフキンの手紙』『ファントム・ペイン』『深呼吸する惑星』『グローブ・ジャングル』『TRANCE』『HalcyonDays』など。著書『発生と身体のレッスン』などもある。(ホリプロのプロフィールほかを参考にした。)

*岸田さんも早大法学部で、鴻上尚史とは学年の近い同窓生とわかる。だが、早稻田はマンモス大学なので、互いに知り合いかどうかは、わからない。

 

2 『不死身の特攻兵』

 陸軍の特攻の生き残りである佐々木友次について取材し、特攻について考察した本。平易な書き方で読みやすく、しかし内容は鋭く、有益である。考察は日本人論にまで至る。

 

 佐々木友次(敬称略)は、陸軍最初の特攻を命じられた万朶隊(ばんだたい)のパイロットで、9回特攻に出撃して、9回生きて帰ってきた人である。(海軍最初の特攻は神風隊と言う。その一人は西条出身の関行男大尉。)特攻なのに戦死せずどうして生きて9回も出撃したのか? の詳しい事情がこの本に書いてある。その中で、特攻はきわめて理不尽な戦法だったことが明らかにされる。

 

 万朶隊の岩本益臣(ますみ)隊長は優秀なパイロットで、跳飛爆撃(ちょうひばくげき)の方が有効だと主張した。これは爆弾を直接艦船に投下するのではなく、「一度海に落として跳ね上がらせ命中させる方法」。「魚雷のような働きをする爆撃方法」(30頁)で効果的だったが、体当たり部隊の隊長に任命されてしまう(36頁)。

 

 艦船を爆弾で沈めるには、爆弾を高速で落下させ艦船の甲板を貫き艦船の内部で爆発させるのが効果的だが、特攻の場合飛行機であるため空気抵抗により落下速度が遅くなる(33~34頁)。特に陸軍の爆弾は海軍の爆弾と違い人馬殺傷用であって艦船には効果が乏しい(35頁)。「特攻に効果がない」と合理的根拠に基づき主張する岩本大尉の声を封殺し、陸軍は体当たり第1号に任命する。佐々木は岩本隊長の万朶隊の隊員だった

 

 万朶隊はフィリピンで訓練を重ねたが、岩本隊長はグラマン戦闘機に襲われて戦死。司令官に「激励」の宴会のため呼ばれ機関砲も持たず護衛もつかない飛行の途中だった(74~76頁)。

 

 佐々木の1回目の出撃では、揚陸船を見つけて爆弾を落とし、生還した(94頁)。これは岩本隊長の方針でもあった(69頁)。大本営は戦果を誇張し「戦艦と輸送船を撃沈」と発表(95頁)。佐々木は体当たりで戦死したことになっていた。故郷では葬儀が行われ、軍神となった(104頁)。佐々木はまだ生きていたのに、一度発表し天皇陛下の上聞に達するともはや訂正できなかったのだ(100頁)。

 

 佐々木は死んだことになっているので、とにかく特攻で死んでこい、という命令が何度も出された。しかし、佐々木はそのたびごとに生き延びた。詳細はここでは省略するが、理不尽な上官の命令に佐々木も背き、周囲の兵たちも佐々木を巧みにかばったようだ。

 

 やがて佐々木はマラリアに冒され(136頁)、米軍がフィリピンを制圧、佐々木はルソン島のジャングルをさまよう(154頁)。何と佐々木に対しては日本軍から銃殺命令が出ていた。が仲間はかばってくれた。(157頁)。

 

 終戦。佐々木はかろうじて生き延び、帰国(1946年1月)。故郷の北海道で農業を営み、2016(平成28年)逝去された。

 

 特攻は志願によってなされたという言説があるが、実態は強制、あるいは志願の体裁をとった強制だった(212頁他)。陸軍の特攻の主力は大学での特操少年飛行兵。海軍の特攻も海軍兵学校出身のエリートよりも予科練出身の若い下士官(20歳前後)や学生出身の予備士官が多かった(223頁)。沖縄特攻では劣悪な機(布張りの機もあった)で行かされた(233頁)。宿舎も劣悪で生き地獄だった(234頁)。命令した側は戦後生き延び特攻の戦果があったかのように吹聴したが、現実には正規空母や戦艦、巡洋艦の撃沈はなく、上陸用・輸送用を除く撃沈全艦船の総排水トン数は、正規空母1隻分にしか匹敵しない(242~243頁)。命中率も、特攻よりも雷撃や水平爆撃の方がはるかに高い(244~245頁)。

 

 特攻を発案した大西中将は、「特攻が天皇陛下の上聞に達したら、必ず戦争をやめろとおっしゃるだろう、だからあえてやるのだ」と一部の人に語ったという(249頁)。新聞はこぞって特攻をセンセーショナルに書きたてた(254頁)。国民もそういう記事を求めた(255頁)。戦術としてはアメリカに対して有効でなくなっているにもかかわらず、特攻を続けた主要な理由の一つは、日本国民と日本軍人に対して有効だったからだろう(257頁)。

 

 リーダーたちは、客観的に分析し必要なことを見つけ出すのではなく、精神論で命令した(262頁)。通称赤トンボ(93式中間練習機。最大速度200キロ。なお米軍のグラマン戦闘機は600キロ。)での特攻を主張する参謀長に対し、美濃部正少佐(29歳)は、反論し特攻を拒否した。この勇気ある発言は海軍における一つの希望だ(263~267頁)。

 

 特攻兵たちは上官の前では明るく振るまったが、実際には食事が喉を通らず夜は眠れない(279~280頁)。

 

 美化された特攻や政治的言説でごまかされた特攻でなく、リアルな特攻の現実が描かれており、全国民必読の書だと私は考える。皆さんはどう考えますか?

 

(以下の本も読んでみよう)石川達三『生きてゐる兵隊』、森村誠一『悪魔の飽食』(角川文庫)、城山三郎『指揮官たちの特攻』、吉田満『戦艦大和の最期』、島尾敏雄『魚雷艇学生』、戦没学生記念会『きけわだつみのこえ』、大岡昇平『レイテ戦記』『野火』『俘虜記』、竹山道雄『ビルマの竪琴』、曾野綾子『生贄(いけにえ)の島』、沖縄タイムス社『鉄の暴風』、大江健三郎『沖縄ノート』『ヒロシマ・ノート』、原民喜『夏の花』、井伏鱒二『黒い雨』、永井隆『長崎の鐘』、宇佐美まこと『羊は安らかに草を食み』(小説)、藤原てい『流れる星は生きている』、高杉一郎『極光のかげに シベリア俘虜記』、坂口安吾『白痴』『堕落論』などなど。