James Setouchi

 

 逢坂 剛『燃える地の果てに』角川文庫(上・下)

 

1 逢坂 剛(おうさか ごう)

 1943年東京生まれ。作家。開成高校、中央大学出身。一時博報堂勤務。スペインのギターの愛好者。『暗殺者グラナダに死す』『カディスの赤い星』『平蔵狩り』、「イベリア」シリーズ、「百舌」シリーズ、「お茶の水署」シリーズなど。

 

開成高校出身ということは、岸田さんの先輩である。

*開成高校は、西日暮里の駅前にある。西日暮里の駅のホームには、開成中学・高校の賢そうな子がいて、分厚い単語帳を暗記していたりする。

*逢坂氏は、スペインを舞台にした小説を多く書いている。また、スパニッシュ・ギターの名手でもある。公安警察を扱ったMOZUシリーズは映像化されて有名。

 

2 『燃える地の果てに』

 1995~98年に『別冊文藝春秋』に連載、2001(平成13)年11月文春文庫から刊行、一部修正して2019(令和1)年12月角川文庫。エンタメ。ミステリー。「このミステリーがすごい!99年版」で2位(1位は髙村薫『レディ・ジョーカー』)。

 

 虚構の小説ではあるが、実際にスペインで起こった、パロマレス米軍機墜落事故(核爆弾をスペインに落とした事故)に材を取っている。また、スパニッシュ・ギターの名品をめぐる謎もあり、スペインやギターの好きな人にはわくわくする話だろう。最後まで逆転があり、目が離せない。

 

 パロマレス米軍機墜落事故とは、1966年(東西冷戦のさなか)、スペインの南東部アンダルシア州パロマレス上空で、米軍のB52と空中給油機が空中での給油中衝突し墜落した事故。搭載していた水爆4個が落下(3個は陸上に、1個は海中に)。核爆発こそなかったものの爆弾は破損し中の放射性物質が飛散、土壌を汚染した。米軍は土砂を除染し、汚染土はアメリカに持ち帰りサウスカロライナ州の施設に搬入。現在もパロマレスの現地には放射能が残るとされ、そのエリアは立ち入り禁止区域になっている。海が綺麗だと示すためにアメリカ大使とスペインの大臣が海水浴をして見せたりもした。ここまでは実話。

 

 小説では、米空軍が落下した核爆弾を探して回収する、現地住民に賠償金を払い了解を取り付ける、土地の産物を全て買い上げる、汚染土を除去する、陸地で発見できない最後の1個を海軍の協力を得て海中で探索する、マスコミ対策をどうするか、などの描写がきわめてリアルだ。

 

 本作は米軍サイドの目線から書いていて、この事故に対し米軍なりに努力している姿が浮かぶ。同時に、福島原発事故を経験した私たちには、思い当たる節がいくつもある。あらためて「核」の怖さを思い出させる。

 

 核兵器がありさえすれば平和と安全が守られるのではない。むしろそこを狙われるので危険が高まる。(そんなに安全だと言うのなら、リーダーたち自身の家に置けばいいのだが、リーダーたちはそれはしない。危険だと知っているからだ。)いったん核戦争になれば世界全体のダメージは計り知れない。全面核戦争の場合放射能の雲が地球を覆い動植物は死滅する。いや、狙われない・使わないとしても、持っているだけで、不慮の事故や大地震で大災害を生む危険が高まる。実験や核兵器製造の段階で何度も失敗をして、技術者や工事現場の人が多く被爆しているとも言われる。危なくて仕方がないのが核兵器だ。(核エネルギーもこれに準じて危険。)

 

 軍産複合体で、核兵器製造で金儲けをする技術者や企業や町ができると、そこから抜け出しにくくなる。各国で軍産複合体ができてしまっているのでは? 世界の軍産複合体を解体する、少なくとも暴走しないようにコントロールするためには、どうすればよいのか?

 

 2011年の福島原発事故以前に逢坂剛がこの小説を書いていたのは、近未来を予見していたのではないかとさえ思えてくる。(この作品は大衆小説ではあるが、勝れた作家は未来を予言すると言う。何かひとつの問題を深く掘り進み深いところまで達すると、後世の人にとっても自分の時代のことだと思える作品になる、ということだろうか? 或いは、1990年代と2011年とで、放射能汚染への対応はさほど進化していないということか? )

 

 米軍の核を巡る事故は実は世界中で起きている。だが、他の核保有国の事故も、実は世界中で起きているのではないか? 私たちが知らないだけではないか? アメリカはまだ情報開示に積極的だと言われる。マスコミも複数あって多様な意見を知ることができる。だが、どこか他の国は・・?

 

 東西冷戦下で、ソ連のスパイも出てくる。誰がスパイなのか? また、パロマレスは田舎で、トマト栽培のトマスはじめ村人たちの描写もうまく、スペインの田舎にはこんな人がいるのだろうといかにも思わせる。

 

 物語の大きな構造としては、1965~66年時点のできごとと平行して、1995~96年現在のできごとが描かれる。1996年の現代を生きるサンティスとファラオナが幻のギターの名品、エル・ビエントの作り手を求めてパロマレスを訪れる。そこで彼らはどのような過去と出会うのか? これが最大のミステリーになっている。現在と過去が出会うとき、謎が明かされる。エンタメとしても大変面白い。

 

(主な登場人物)

(1)1995~96年:サンティ(織部まさる):新宿のバー『エル・ビエント』の主人/ファラオナ:イギリスのギタリスト。美しい女性/メアリ・ターナー:ファラオナのマネージャー

(2)1665~66年:古城邦秋(ホセリート):ギタリスト/ディエゴ・エル・ビエント:パロマレスの外れに住むギター制作者/ジョセフィーン:イギリス人。フランクの妻/フランク・バージェス:イギリス人の画家。パロマレスに滞在し酒浸りとなっている/ブレンダ:そのメイド/ロベルト:UPI通信特派員/トマス・ロドリゲス:パロマレスのトマト栽培者。彼の畑にB52が墜落する/アルフォンソ・ゴンザレス:パロマレスの村長/ウォルトン少将:米軍。パロマレス事故の収拾の責任者/ラング大佐:米軍。広報担当/マルティネス少尉:ウォルトン少将の補佐官/グレグスン提督:米軍。海軍の司令官