James Setouchi

 

池澤夏樹『カデナ』新潮文庫(再掲)

 

1 池澤夏樹(1945~)

 1945(昭和20)年、北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。ギリシア、沖縄、フランスなどで暮らし、現在札幌在住。ギリシア詩、現代アメリカ文学を翻訳する一方で詩集『塩の道』『最も長い河に関する省察』を発表。88年『スティル・ライフ』で芥川賞。92年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞。93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎賞。著書『バビロンに行きて歌え』『花を運ぶ妹』『言葉の流星群』『憲法なんて知らないよ』『静かな大地』『世界文学を読みほどく』『きみのためのバラ』『カデナ』『キップをなくして』『異国の客』『セーヌの川辺』等多数。『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』もある。福永武彦の子。(新潮文庫の著者紹介、本人の公式サイトなどを参照した。)

 

2 『カデナ』

 小説。2009(平成21)年新潮社より刊。文字通り沖縄の嘉手納米軍基地を舞台に、そこに集まる人々と社会を描いている。舞台は1968(昭和43)年。時代はベトナム戦争真っ盛り。沖縄はまだ日本に返還されていない。嘉手納基地からは戦略爆撃機B52(成層圏の要塞と呼ばれる)がベトナムへと飛び立つ。爆撃のためである。そこに第二次大戦中の体験がかぶさる。この嘉手納基地に集まる人々の現実には、戦中戦後の歴史と東西冷戦・アジア情勢が濃縮されて存在している。彼らはそういう現実の日々を生きている。ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合。米兵を逃がす秘密活動をしていた)も出てくる。若者の出てくる青春小説でありつつ、社会問題を正面から見据えた問題提起小説であり、戦争は嫌だ、爆撃はいやだ、という反戦小説でもある。沖縄基地問題をリアルに感じることができる。かつ、池澤夏樹は沖縄に1993年から2005年まで住んだ。この作品にも沖縄の人々の生活を細部までよく描きこんでいる。なお、これを執筆したのは21世紀初めで、アメリカのアフガニスタンやイラクに対する爆撃があった。これへの批判の思いもあったのではなかろうか。

 

3 主な登場人物(ネタバレが含まれています)

(1)フリーダ=ジェイン。米軍に勤める女性兵士。父親はアメリカの軍人、母親はフィリピン人の混血。B52のパイロットであるパトリックを恋人に持ちつつ、母親の指令で米軍のベトナム爆撃に抵抗するスパイ活動を行う。幼いときにフィリピンにおける日米戦で多くの人が死ぬのを見、辛うじて生き残った原体験を持つ。

(2)パトリック・ビーハン大尉。アメリカ空軍のB52戦略爆撃機の優秀なパイロット。ベトナムに出撃し爆撃を行う。但し内面的苦悩を抱えている。

(3)嘉手苅朝栄(かでかるちょーえー)。沖縄人。厳密にはもっと複雑だ。大日本帝国支配時のサイパンで成人した。日本人であり、沖縄人であり、サイパン人である。サイパンが戦火に包まれ人々が大量死したとき、たまたま生き残った。その原体験故に、米軍のベトナム爆撃に抵抗するスパイ活動に加わる。

(4)タカ。沖縄の若者。ミュージシャン。アメリカで過ごしたことがあり英語が堪能。スパイ活動に協力する。タカの母親は沖縄の女学生だったが従軍看護婦となりアブチラにいた。

(5)アナンさん(安南さん)。ベトナム人。サイパンで嘉手苅朝栄と近しかったことからスパイ活動に嘉手苅朝栄を誘う。ベトナムは戦争中で、米軍の爆撃を受けていた。

(6)知花先生。琉球大学の先生。アメリカ兵を戦線離脱させスウェーデンに送る秘密活動をしている。専制的な組織を嫌い自由な個人の集まろ組織を作る。

(7)マーク・ロビンソン。アメリカ兵。ミシガン州出身の若者。大工。B52の乗組員で狙撃手。悩み、米軍から離れ知花先生のルートでスウェーデンに逃れる。

 

4 最後に

 ラスト近く、悲劇が起こる。それはここでは書かない。1968年11月のその出来事は実際に起きたことで有名な事件だ。小説ではそれをデフォルメして書いてある。描写がきわめてリアルで悲劇的だ。核兵器にも言及がある。やがて1970年の大阪万博があり、1972年の沖縄の日本復帰がある。1970年代にベトナム戦争も終わった。それですべての問題が解決したわけではない。勝った北ベトナムがすべて正しいとも書いていない。国境を越えて集まったこれらの人々に、新しい生活が始まる。彼らは、新たな人生を生きていく。 

 

5 補足:H29年夏のNHKスペシャルによれば、東西冷戦期沖縄には多数の核兵器があった。嘉手納基地にもあった。キューバ危機のときは一触即発で全面核戦争直前の危機だったと言う。