James Setouchi    アメリカ文学

 

ノーマン・メイラー『裸者と死者』山西英一・訳 

               新潮社ノーマン・メイラー全集1・2で読んだ。

Norman Mailer“The Naked and the Dead”

 

1        ノーマン・メイラー Norman Mailer 1923~2007

 アメリカ合衆国ニュージャージー州で生まれる。ユダヤ系。NYのブルックリンで育つ。ハーバード大に入学。日米戦争に従軍、日本に駐屯。帰国後1947年『裸者と死者』完成。(たちまちベスト・セラーに。)パリ(ソルボンヌ大)留学。帰国し『バーバリの岸辺』『鹿の園』『ぼく自身のための広告』『淑女たちの死、その他の災厄』(詩集)、『大統領のための白書』、『アメリカの夢』、『マイアミとシカゴの包囲』、『死刑執行人の歌』等を書く。(河出書房の巻末の年譜他を参照した。)大江健三郎や村上春樹にも影響を与えた。

 

2 『裸者と死者』 感想

・うんざりした。軍隊と戦争はうんざりだ、というのが最大の感想。それを実感するためにも読む価値がある。 

 

・長編。アメリカ軍側から描いた、太平洋戦争の一コマ。太平洋上のアノポペイ島(架空の島)にいる日本軍を、上陸し攻撃する作戦。守る日本軍はトーヤク将軍が率いる。攻撃するアメリカ軍は、カミングズ将軍が率いる。

 

・何がうんざりか。軍隊は上官が理不尽に下の者を従わせる。日本軍の上下関係の非人間的な模様は語られて久しいが、アメリカ軍も同様だった。それがまずうんざりだ。かつ、戦争そのものがうんざりだ。無理な行軍をし、心身ともに疲労困憊する中で仲間が死に、敵兵に狙われ、あるいはこちらが年若い日本兵をナイフで殺害し、死体から金歯を奪い、火力で圧勝した後の掃討作戦では無力な日本兵たちをいとも簡単に殺害していく。(日本軍が捕虜を虐待し殺害した事例は裁判等で有名になっているが、本作ではアメリカ軍が日本人捕虜を殺害した事例が書き込んである。事実がどうかは知らないが、ありうる話だ・・と感じた。)この非人間的な事態の中でも、戦争終結後誰が手柄をたて英雄として讃えられるか、出世できるか、が彼らの(特に上官の)関心事だ。これが軍隊と戦争の実態だ。うんざりだ。やはり軍隊も戦争も要らない。そう実感する。

 

・メイラーは1948年にこれを刊行しベストセラーとなった。1945年の日本の無条件降伏からわずか3年、アメリカは戦勝気分に酔っていただろうが、その中で、軍隊と戦争の、決して素晴らしいとは言えない重苦しくうんざりさせる実態を描いて見せたことは、文学として(人間精神の営みとして)実に良い働きだった、と言うべきか。従軍し帰還したアメリカ兵たちにとって、戦場の記憶はまだ生々しく、彼らは本作を読み、なるほど確かにこうであった、と実感したに違いない。

 

・本作は、果たしてこの戦争は、国策で言われているとおりの正義の戦争であったのか? という問いも突きつけており、その意味でも当時衝撃作として読まれたに違いない。高名な将軍たちの偉大な決断、では全然なく、一番戦前の兵隊たちの欠点もあり弱さもある姿を中心に描く。

 

・戦闘シーンはあるがあまりなく、長くだらだらとつづく待ち時間、兵たちの会話、大砲を押し難渋する行軍、ジャングルを切り開き岩壁をよじ登り悪戦苦闘する斥候隊の偵察行軍、瀕死の戦友を担架に載せて運び身心の限界に達する様子、などなどにページが割かれる。描写は具体的で詳しい。メイラーは太平洋戦争に陸軍兵として従軍し太平洋、東南アジアの戦場に行った。その経験が描写に生かされているに違いない。

 

・ところどころに兵士の過去がエピソードとして挿入される。無名の兵ではなく、一人一人が過去を持ち顔を持ち家族を持つ人間だ。ユダヤ人、黒人、ポーランド人、メキシコ人、貧しい階層の出身など。兵たちはまだ若く、思春期と恋愛があり、結婚するが妻との仲がうまくいかず・・といった事情がそれぞれに書き込んである。惜しいのは、彼らがまだ若い(作者もまだ二十代半ばと若い)ので、家庭人としての成熟や苦悩はまだ十分に経験していない(描き込まれていない)ことだ。が、これはないものねだりと言うべきだろう。

 

(以下、ネタバレを含む。)

ハーン少尉はハーバード大卒の知識人だ。日米戦争は、アメリカの正義の戦争ではなく、「五分五分の帝国主義戦争」だ、「われわれは、勝利のあかつきには、容易にファッショになるかもしれません」(第1巻331頁)と見抜く。カミングズ将軍に憎まれ理不尽な作戦に出され、クラフト軍曹に欺かれ不意に戦死する。日本兵に殺されたというより以前に、自分の上官と軍曹に殺されたようなものだ死ななくてもいい死を死なされる羽目になったのだ。

 

ウィルスンは日本軍の不意の攻撃で腹を撃たれ瀕死となる。仲間が担架で運んで帰隊させようとする。ここの描写は長い。だが、仲間の心身の限界までの奮闘努力にも関わらず、ウィルソンは遂に死亡、死体も川に流れてしまう。彼を最後まで運ぼうとしたリッジズゴールドスタインの必死の努力は、すべて水の泡となった。

 

ロスはクラフトが無理矢理に遂行した作戦の中で、岸壁の亀裂を飛び越えることができず墜落死する。死ななくてもいい死を死なされる羽目になったのだ。

 

クラフト軍曹は歴戦の強者だが周囲を圧迫し支配したがるタイプだ。(そう言えばあの会社やその役所にもそういうタイプが時々いるようだが・・。実にうんざりだ。)自分の思い通りに小隊を扱おうとし、仲間を銃で脅迫しさえする。自分の作戦に固執し、前方に日本兵がいるという斥候マーチネズの報告を隠蔽してハーン少尉に虚偽の報告をし、結果としてハーン少尉や仲間のロスが死亡、作戦は失敗。しかも巨大なクマバチの巣に出会って部下も本人も逃散するという惨めな結末だ。彼らはクマバチに負けたのだ。

 

カミングズ将軍は上流階級に属するがその中でもコンプレックスと上昇志向を持つ。特に妻の一族に対しては。彼は作戦が大好きで、根拠もない無謀な作戦を立て、かつ私的な意地からハーン少尉をこの無謀な作戦に出し、死なせる。日本軍との戦闘は、カミングズが留守にしている間に、ダルスン少佐の作戦が偶然功を奏して、アメリカ軍の圧勝に終わってしまう。日本軍の物資が窮乏していることを事前に見抜けずもたもたしている間に、カミングズは手柄を挙げ損なってしまうのだ。では、斥候隊14人のあの苦労は一体何だったのか? ということになる。作戦好きが聞いて呆れる、という結末になっている。

 

・このように、きわめて理不尽で非人間的なのが戦争で、その中で貧しい兵たちが理不尽に空しく死んでいく将軍や軍曹の馬鹿げた卑怯なふるまいのせいで、まともな人間がとばっちりを受けて死ぬ。軍隊と戦争は実に理不尽で非人間的だ。うんざりする戦争と軍隊の実態が描かれている。作者ノーマン・メイラーの言いたいことはこのあたりにありそうだ。

 

日本軍歩兵少佐S・イシマルの日記(第1巻257頁)が紹介される。イシマルは「人はなぜ生まれなぜ死ぬのか?」という真摯な問いを問うている。日本兵も唯の「ジャップ」ではなく、思索し苦悩する人間だったのだ。この日記を見つけたのは翻訳係のワカラ少尉だ。ワカラは子どもの時日本にいた。ワカラは日本軍の死体からこの日記を見つけたのだ。

(なお、解説の山西英一によれば、メイラーは戦勝後銚子に上陸し福島県の小名浜で日本の人間魚雷で特攻するはずだった若者=恐らくは学徒動員された若者だろうが=と対話している。(当時大学から学徒動員され従軍した若者たちは戦争や自分の生と死の意味を真剣に思索している。『きけわだつみのこえ』参照。)メイラーはこの日本人との出会いの経験を作中に取り入れたのだろう。敵はただの敵ではない。思索し苦悩する同じ人間だった。これもメイラーの言いたいことだったに違いない。)

(また、日本兵は日記をつけることが義務化されていた。思想調査のためだろう。日本兵が玉砕したあとには死体とともに日記が残されていて、それを読んだ、とアメリカ軍の翻訳係だったドナルド・キーンが自伝に書いている。)

 

・アメリカ側から描いた太平洋戦争、という点でも、いわゆる戦争文学の一つとして読んでおくべき作品だ。

 

・小説としては『アメリカの夢』の方が面白かった。

 

あの戦争関連の本(小説を含む)

半藤一利「ノモンハンの夏」1939年(昭和14年)のノモンハン事件を扱う。

半藤一利「ソ連が満洲に侵攻した夏」文春文庫・・1945年8月8,9日以降・・!

藤原てい「流れる星は生きている」偕成社文庫・・敗戦後朝鮮半島を逃避行で南下。

高杉一郎「極光のかげで」岩波文庫・・シベリア抑留の経験。

共同通信社社会部「沈黙のファイル」新潮文庫・・瀬島龍三について。

森村誠一「悪魔の飽食」全3巻 角川文庫(カッパブックスではない)・・731部隊!

安岡章太郎「遁走」・・小説。満州で兵役に。

宇佐美まこと「羊は安らかに草を食み」・・小説。満蒙エリアから敗戦後南下して帰国。

「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房・・「南京大虐殺はなかった、と言うのはウソだ」という本。

偕行社「南京戦史」  

本多勝一「南京への道」朝日文庫

石川達三「生きている兵隊」・・小説。伏せ字だらけ。

竹山道夫「ビルマの竪琴」新潮文庫・・小説。敗戦後ビルマで。

大岡昇平「野火」新潮文庫・・小説。

大岡昇平「レイテ戦記」・・高名な将軍の戦史ではなく、日本軍無名戦士の記録。

大岡昇平「俘虜記」新潮文庫・・小説。敗戦後収容所で。

吉田満「戦艦大和ノ最期」講談社文芸文庫・・戦艦大和の壮絶な最期。

早坂暁「戦艦大和日記」勉誠出版

「きけわだつみのこえ」岩波文庫・・学徒出陣した大学生の手記。

城山三郎「指揮官たちの特攻」・・カミカゼ1号・関行男と、最後の特攻・中都留達雄

鴻上尚史「不死身の特攻兵」

島尾敏雄「魚雷艇学生」・・小説。

遠藤周作「海と毒薬」新潮文庫・・小説。九州大学の生体実験。

曽野綾子「生贄の島」文春文庫・・!

大江健三郎「オキナワ・ノート」岩波新書

沖縄タイムス社「鉄の暴風」1950年初版

大田昌秀「沖縄鉄血勤皇隊」「血であがなったもの」

田宮虎彦「沖縄の手記から」・・小説。

井伏鱒二「黒い雨」新潮文庫・・小説。ヒロシマの原爆です。

原民喜「夏の花」新潮文庫・・小説。同上。

梯久美子「原民喜」岩波新書・・原民喜その人について。

大江健三郎「ヒロシマ・ノート」岩波新書(青)

永井隆「長崎の鐘」「原子雲の下に生きて」中央出版社・・ナガサキの原爆です。

坂口安吾「白痴」・・小説。空襲下の東京。

野坂昭如「火垂るの墓」・・アニメにもなった。

高史明「生きることの意味」ちくま文庫・・「在日」少年の記録。

帚木蓬生「三たびの海峡」・・小説。

朝日新聞社「朝日新聞への手紙 戦争体験」朝日文庫2012年

吉田裕「アジア・太平洋戦争」岩波新書2007年

保阪正康「あの戦争は何だったのか」新潮新書2005年

NHK取材班「太平洋戦争 日本の敗因」シリーズ全6巻 角川文庫・・結構面白かった。

色川大吉編「近代日本の戦争」岩波ジュニア新書1998年・・入門書。戦後も押さえている。

田原総一郎「日本の戦争」小学館2000年・・明治維新以降を大きく捉えている。

三國一朗「戦中用語集」岩波新書黄版1985年

 

*呼び方:勉強している人には当たり前なのだが、

「太平洋戦争」と言うと、1941年12月の真珠湾攻撃からあとのイメージが強くなる。

「第2次世界大戦」と言うと、ドイツ・イタリアのヨーロッパでの戦争も含む。

「十五年戦争」という言い方は、中国大陸での満州事変からの一連の流れの上に対アメリカの戦争もあると見る見方で、私には妥当とも考えられる。

「アジア・太平洋戦争」とは、戦争を行った地域がアジア・太平洋エリアにわたるので言われる呼称。

「大東亜戦争」という呼称にこだわる人もある。

私は「アジア・太平洋十五年戦争」と言ってみたいが、本当は、明治維新以降、恐らくは日清・日露戦争を通じて、軍産官学政複合体ができあがり戦争へと国民を駆り立てていった(国民の多くも愚かなことに熱狂した)ので、「十五年戦争」でもまだスパンが短すぎると感じる。1968年から1945年まで77年間を一体と見て、「東アジア・太平洋八十年戦争」と言ってみたらどうでしょうか? 長い目で見たら(プランタジネット家とヴァロワ家を中心とする断続的な戦争状態がその後「英仏百年戦争」と要約されているのと同様)日本が戦争をやめて平和国家になる前段階の戦争として「東アジア・太平洋八十年戦争」と呼ばれるようになるかも?