James Setouchi

 

韓国の小説

 

1 ソン・ウォンピョン『三十の反撃』祥伝社2021年8月

 

(1)      作者ソン・ウォンピョン 1979年ソウル生まれ。(女性。)西江(ソガン)大学校で社会学と哲学を学ぶ。韓国映画アカデミーで映画演出を専攻。『瞬間を信じます』『人間的に情の通じない人間』『あなたの意味』など短編映画の脚本、演出を手がける。小説『アーモンド』はチャンビ青少年文学賞。小説『三十の反撃』は済州4・3平和文学賞。(本書カバーの作者紹介から。)

 

(2)      『三十の反撃』2021年祥伝社(矢島暁子訳)。もとは2015年に韓国で『普通の人』というタイトルで初稿が書かれた。

 

 主人公「私」キム・ジヘ(女)はソウルの三十才の非正規労働者。名前はどこにでもある平凡な名前。地方出身で、大学を出て、文化関係の仕事に就きたいと思っているが、うまくいかず、仕方なくある会社のインターンとして働いている。給料は安く、明日の展望はなく、昔の恋人とは別れ、架空の恋人と公園で過ごす。TOICの塾に通い、就職活動も何とか続けているが、人生を半ば諦めかけている。これも韓国の(いや、日本も同様)都会によくある女性なのだろう。彼らの追い詰められた感覚がよく伝わってくる。そこにギュオクという同年代の男が現われる。ギュオクは謎の人物だが、魅力がある。人生を諦めきってはいない。ギュオクたちの、社会に対するささやかな反撃が始まる。

 

 (ここからややネタバレ) 

 ギュオクの作った小さなサークルは、私キム・ジヘ、脚本家くずれのムインさん、反抗期の娘を育てているナムンおじさんの四人。

 

 彼らの「反撃」は、法律違反・訴えられるギリギリ直前のいわばいたずらだ。(これは良識ある若者は決して真似をしてはいけない。主人公たちは告訴されない積もりでやっているが、十分告訴されうる。)

 

 私キム・ジヘは、彼らとの交流の中で、自分にも何かができる、という自信をつけていく。とにかく理不尽な社会に対し一矢報いねば・・・

 

 彼らのやったことは、会社の上役・キム部長の口臭とふけを止める、悪辣な成り上がり政治家に生卵をぶつける、私をいじめたもと同級生のキム・ジヘ(同姓同名)に一矢報いる、脚本家くずれのムインさんを欺いた大資本の嘘を暴く、などなど。

 

 人生の挑戦を諦めかかっていた私キム・ジヘは彼らとの出会いで変わっていく。積極的になっていく。しかし、人生はそう甘くない。仲間の裏切り。作戦の失敗。ついに留置場へ。そして…

 

 ここから先はあえて書かない。ラストに大きな仕掛けが待っている。それは読んでのお楽しみ。

 

 韓国も日本も同じように、若者だけではなく中高年も閉塞した日々を過ごしているのがよくわかる。敵役と見えたキム部長ですら、この社会の犠牲者だった。いじめの張本人のキム・ジヘにも背景があった。この社会の中でどうやって自分の生き方を取り戻しうるのか? 

 

 また、価値観の問いもある。弟は高校を出て手堅く稼いでいる。「金持ちになっていい暮らしをするため」だ。私キム・ジヘはそれでも人文系の教養の価値を否定したくない。現実の世知辛さに屈服して生きるか、ささやかな抵抗を示して屈服せず生きるか。この小説に解決や解答はない。だが、問いがある。同年代の人に共感できるところが多いだろう。

 

(登場人物)

私キム・ジヘ:1988年生まれ。三十才。ソウルの文化事業関連会社の非正規社員。/ギュオク:私の前に現われた謎の若者。仲間を作り社会への反撃を始める。/ムインさん:脚本家くずれ。かつて大資本に脚本を盗用され、失意に陥っている。/ナムンおじさん:反抗期の娘を育てている。料理がうまい。/ダビン:私の友人。(女)オーストラリアのワーキングホリディで悲惨な労働を経験。ソウルに戻り結婚し今は母親。/ゴンユン:自己啓発本の著者。本名キム・ジヘ。私キム・ジヘのかつての同級生。同姓同名。私をいじめていた。/ユ・チーム長:私の上司。(女)/キム部長:私の上司。(実は過去に辛い経験があった。)/チェ代表:小さな木工会社の代表。

 

*韓国は合計特殊出生率が極めて低い。(日本よりも。)韓国人はいなくなってしまうのか? それは韓国にとっても日本にとってもよくないと思うのだが・・? 韓国でも日本でも、若者(今30歳位の人も含め)が希望を持って安心して暮らせる社会になってほしい。そのためには?