James Setouchi

 

高瀬隼子(じゅんこ)

『おいしいごはんが食べられますように』R4=2022年上半期芥川賞

 

1 高瀬隼子

 1988年(昭和63年)愛媛県生まれ、新居浜西高校、立命館大学文学部に学び、会社員をしながら創作活動を行う。2019年『犬の形をしているもの』ですばる文学賞。『おいしいごはんが食べられますように』で2022年上半期芥川賞。中学高校以降では、吉本ばなな、角田光代、いわゆる純文学、エンタメ、島本理生、金原ひとみなどを読んできた。(『文藝春秋』R4.9月号の記事などから)

 

2 『おいしいごはんがたべられますように』

 舞台は、東京近郊の会社の小さなセクション。二谷さんという男と、押尾さんという女が交代で語り手(視点)を務める。焦点になっているのは、芦川さんという女。彼らは会社の同僚で、結婚前の二十代だ。他に、いかにもいそうな支店長(男)、既婚者の藤さん(男)、パートの原田さん(女)、他の女性社員などが出てくる。あまり多くの人は出てこない、狭い職場だが、職場には正規、非正規、既婚、未婚、男性、女性、強い人、弱い人(?)が出てきて、一応多様だ。(他に芦川さんの弟や犬、二谷さんの母、妹、祖母なども出てくる。)

 

 二人の女性、芦川さんと押尾さんは、ほぼ同い年だが、性格が対照的だ。芦川さんは頭痛持ちで何かと早退し、仕事でもミスをする。その分を他の社員が黙って補う。芦川さんは会社では不適応の無能力者に見えるが、料理がうまく、ケーキを作ってきては職場で配り、周囲を味方につけている。周囲は「芦川さんだから仕方ないよね」「今日では、事情があって休む人を攻撃してはいけないよね」という雰囲気だ。加えて、芦川さんは「かわいい」。対して押尾さんは、体育会系的(もとチアリーダー)で、頭痛があっても耐えて余分に仕事をし、かつ攻撃的な性格だ。芦川さんのことが嫌いで、二谷さんと連合して芦川さんを攻撃しようと提案する。

 

 この二人に挟撃される二谷さんは、実は・・・

 

 ここから先はネタバレになるので秘密。読んでみるといいかもしれません。

 

 一つ印象的な所を挙げると、芦川さんが職場でケーキを配り、誰もが儀式のように「まあ、おいしい!」「どうやって作ったの?」などと口裏を合わせる描写が、リアリティがありすぎて、気持ちが悪かった。作者はこういう経験を日常的にしながら、違和感を覚えつつ観察してきたに違いない。職場の中には、実は芦川さんがケーキを配るのが不快で苛立つ者もいた。これが事態を展開させていくのだが、ここから先は読んでのお楽しみ。

 

 『文藝春秋』9月号芥川賞選評によれば、山田詠美「彼女のそら恐ろしさが、これでもか、と描かれる。思わず上手い! と唸った」松浦寿輝「わたしは背筋がそそけ立つのを感じた。これはほとんど恐怖小説だ」奥泉光「一見は平凡に見えて、本作は野心的な作品」川上弘美「この小説の中の人たちは、生きている」など。批判的な意見もあった。

 

 この夏は山上事件(安倍首相襲撃事件と統一教会問題)があり芥川賞の話題が消し飛んだ感があるが、関係者のあたりでは盛り上がっているようだ。