James Setouchi

 

柳美里『JR高田馬場駅戸山口』『JR品川駅高輪口』河出文庫

 

1 柳美里 1968(昭和43)年横浜生まれ。高校中退後劇団員を経験。作家となる。代表作『魚の祭』『家族シネマ』『フルハウス』『ゴールドラッシュ』『命』『8月の果て』『ねこのおうち』『飼う人』など。震災・原発事故後福島県相馬市に移住。2020(令和2)年『JR上野駅公園口』の英訳『TOKYO UENO STATION』がアメリカで全米図書賞。JR山手線シリーズに『JR品川駅高輪口』『JR高田馬場駅戸山口』などがある。(文庫カバーの作家紹介などを参考にした。)

 

2 『JR高田馬場駅戸山(とやま)口』

 もとは『グッドバイ・ママ』の名で2012(平成24)年に出したが、2021(令和3)年にこの題に改めた。この作品は「私小説的な色合いを出している」と柳美里自身が「新装版あとがき」で述べている。未婚で息子を出産し、「しなければならない」責務が大量に現前し、ほとんど絶望するほかないような危機的状況を柳美里自身が生きていたのだろう。それが本作の主人公である「女」=川瀬由美の置かれた状況だ。

 

 「女」は東京の高田馬場駅近くの都営住宅に住む。シングルマザーではないが夫が長野に単身赴任して長い。夫は恐らく浮気しており「女」は捨てられかかっている。息子は近所の神道系の幼稚園に通っている。そこは園児に正座を強要するので、「女」は反発し園長と対決する。時代状況は福島原発事故後で、「女」は放射能が東京の砂場などに残留・蓄積して息子の健康を害するであろうと恐れている。「女」は食品の有害物質などにも敏感だ。すべては幼い息子を守るため、息子への愛ゆえだ。都営住宅の自治会の有力女性たちからは、ゴミ出しをめぐって批判され、ここでも「女」は敵を作り孤立する。加えて、この早稲田大学近くの戸山(とやま)という場所は、戦前には陸軍軍医学校があった場所であり、謎の人骨が多数出現した場所でもある。その人骨は旧陸軍の細菌戦部隊731部隊に関係があるのではないか? と限りなく疑わしい。「女」はこの点についても強い関心を持つ。

 

 こうして、「女」は孤軍奮闘、不器用な闘いを繰り広げるが、戦況はきわめて不利だ。「女」は自らを忍者ハットリ君になぞらえ自らを鼓舞しながら戦う。だが、疲労は蓄積し、むやみに眠い。「女」はどうなってしまうのか…? 

 

 ここから先はご自身でお読み下さい。日本近代の歴史、現代の原発事故、シングルマザーの子育て、団地のゴミ問題、夫との関係などが詰まった、現代の追い詰められた「女」の物語だ。

 

3 『JR品川駅高輪(たかなわ)口』

 もとは2012(平成24)年に『自殺の国』の題で出た。2016(平成28)年『まちあわせ』と改題、さらに2021(令和3)年にこの題に改めた。時代背景は福島原発事故直後の6月。

 

 主人公は市原百音(もね)という東京の女子高校生。品川・渋谷あたりが出没エリアだ。自分は家族の期待を裏切り進学校に落ちたので親から認められていないと思っている。父親は不倫し、母親は弟を連れて関西に移住しようとしている。学校では仲良し5人組に見えるグループに属しているが、実は疎外感を抱いている。ネットで自殺志願者のサイトを読み、みずから仲間を集めて自殺しようとしている。

 

 (ネタバレだが)決行のその日、伊豆の湯河原に集まったのは、彼女を含め女性2人と男性2人。だが、その時、彼女は誰かに名を呼ばれた気がして、蘇生する。彼女は、東京に戻ってくる。なじみの山の手線の風景だ。なじみの学校。今までのグループ仲間はあからさまに彼女を仲間外しにする(「ハブる」)。どこに居場所があるのか。彼女の日常は依然困難だ。しかし、それでもなお、彼女は生きている。隣席の級友が暖かい言葉をかけてくれる。彼女はまだ、とにもかくにも、生きている。

 

 この作品には、作者・柳美里の、主人公の女の子に「生きてほしい」という願いが込められている。→昭和で亡くなった人は平成を知らない。平成で亡くなった人は令和を知らない。生きていれば新しいステージもあり得る。作家は自己救済のためにも書くが、読者への「生きてほしい」というメッセージを込めている。 

                                                      

4 柳美里は全米図書賞を受賞したことで一躍次のノーベル文学賞候補に浮上した。             

                               (R3.3記)