James Setouchi

 

 帚木蓬生 『三たびの海峡』      (平成4=1992年。平成7年新潮文庫)

 

1 作者 帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)

  1947(昭和22)年福岡県生まれ。東大文学部(仏文)卒、一時TBS勤務ののち九大医学部卒。精神科医、作家。著書『三たびの海峡』『逃亡』『国銅』『白い夏の墓標』『ソルハ』『やめられないギャンブル依存症からの生還』など。(新潮社のサイトを参考にした。)

 

2 『三たびの海峡』

 ある人に薦められて読んだ。内容は濃く強烈である。

 

 ここで海峡とは、朝鮮半島と日本列島とを隔てる海峡のことである。主人公・河時根(日本名河本)は、昭和18年、17歳で海峡を渡って日本に連れてこられ、北九州の炭鉱で過酷な労働に従事させられた。命からがら脱出し、日本人女性と恋に落ち、海峡を渡って朝鮮半島に戻る。釜山で戦後数十年を過ごす。今は1990年代(平成)、すでに高齢となり、商売で成功し、妻も子もある河時根だが、過去の炭鉱での日々の清算ができていなかった。過去の知己・徐鎮徹(日本名・吉田)からの連絡が、河時根に、三たび海峡を渡ることを決意させる。

 

 作品では、小説は、昭和18年の一度目の渡航に始まる苦しみの回想と、平成における三度目の渡航の現在とが、交互に描かれ、叙述とともに河時根の過去が明らかにされる。河時根は、自分が経験してきた過去のすべてを、個人の問題としては清算し、社会の問題としては現在から未来に伝えようとしたのだとわかる。

 

 河時根は朝鮮半島の貧しい村の若者だが、大日本帝国統治下の「徴用」(19頁)(*1)で父親が連れて行かれるのに対し、「アボジ(父)の代わりにぼくが行きます」として日本で働くことになった(p.19)。

 

 一応の給金は支払われることになっていた。村の役人が事務を執り、実際に連れていくのは民間人の山本三次(日本人)、朴正喜たち。鉄道と船の旅は過酷だったが、連れて行かれた先は約束の造船所ではなく炭鉱だった。住み込んだ興和寮は事実上刑務所か強制収容所のようなところだった。山本三次の指揮下、青木(実は康元範という朝鮮人)らが労働者を理不尽に痛めつける。食事は劣悪、仕事は過酷、給金はどこかでごまかされているかもしれず、扱いは極めて非人間的だった。逃亡を図りリンチされ殺された者、屈辱の中で自殺する者も出る。死んでも十分に葬ってはもらえない。これらの描写は極めて悲惨である。作者はこれらを取材して書いたのだろうか。当時の炭鉱労働者、ことに差別された朝鮮半島出身者の現実がきわめて過酷だったことがリアルに迫ってくる。

 

 親切な日本人もいた。同じ炭鉱で働く島さん菊池さんは親切だった。しかし、労務担当の日本人や朝鮮人(特に青木=康元範)は残忍酷薄だった。このままでは死ぬか、殺されるか、発狂する。

 

 河時根はついに脱出する。助けてくれたアリラン村(朝鮮半島出身者が山中で細々と暮らしていた)のハルモニ(おばあさん)のやさしさが胸を打つ。以下はネタバレになるので省略する。

 

 書評などを見ると、ラストの主張を教条主義的だと批判しているものがあった。そうだろうか。過去を葬り糊塗するのではなく、正確な事実認識の上に立って、殊に、中途で斃れた人々の悲しみ・苦しみを踏みにじり忘却することなく受け止めた上で、新しく人間的な世界を切り開いていくことを次世代に期待する(*2)、河時根の主張は、至極まっとうなものではないか、という気がした。(*3)みなさんはどうお考えになりますか?(*4)(*5)

 

補足

*1 「徴用」は大日本帝国臣民に対し労働などを強制したもの。いわゆる「強制連行」。この作品では99、188、374、416ページに「強制連行」という言葉が出てくる。「いきなり殴りつけてさらって行った」とは書いていないが、連れて行く過程や現地での扱いが不当だったと描いている。(なお、河時根の同郷の貧しい姜乙順は「済州島で軍の炊事婦の仕事の口があると言われ、支度金八十円と引き換えに佐世保に渡った」が広東に移動させられ「兵隊相手の強制行為をさせられた」(p.373)とし、p.388で「従軍慰安婦として青春を蹂躙された」と書いている。) 

 

*2 ネタバレになるが、河時根と日本人女性・千鶴との間に生まれた子・時郎は、海峡(この大きな溝)を越える働きをしてくれそうである。さらに、時郎の子も。(千鶴はけなげな女性、時郎も立派な人格に育っている。河時根と引き裂かれて暮らし屈折した、というキャラクターに描くこともできたはずだが、そうは描いていない。この点を不自然なメロドラマだと追及してもいい。だが、前半があまりにも過酷なので、後半はこれくらいでちょうどいいのかもしれない。)

 

*3 ただしラストに河時根がとる行動は(ネタバレになるから書かないが)間違っている。ここは通俗小説、ということだろう。

 

*4 戦前・戦中・戦後の日韓(日朝)関係史に知見があれば読みやすいだろうが、詳しくない人は歴史年表・用語集を片手に一読してみるといい。他に、高史明『生きることの意味』野村進『コリアン世界の旅』、佐野眞一『あんぽん 孫正義伝』、小島一志・塚本桂子『大山倍達正伝』、大下英治『力道山の真実』など。 

 

*5 今はBTSが世界を席巻し、日本の若者も韓国の若者も同じようにジン兄さんを尊敬して共に語り合える、いい時代になった。

 少し前にNHKが仕掛けて(NHKはグッド・ジョッブだった)『チャングム』『冬ソナ』に日本の女子(だけでなく)が夢中になり、いわゆる「韓流おばさん」が韓国語を勉強し、待ち受け画面にはカン・サンジュン先生の渋い顔が写り、新大久保には韓流タウンができ、(例のヘイトスピーチの諸君のやったことは実に残念なのだ、)(実は私もイ・ビョンホンの『オール・イン』が面白く、他にも韓流ドラマを多少以上見た。パク・ヨンハなど実に素敵ではないか!! パク・ヨンハは実に残念だった。本当に感じのよい若者だった。あんな若者を苦しませてはいけないのだ・・)、21世紀初めには、日韓は仲良くできる土壌が一般ピープルレベルではできあがっていた。

 ある調査によれば韓国の人は(台湾の人もだが)日本に買い物・旅行・留学・仕事などでやってきて、日本が好き、という人が結構(相当の割合で)いる。(日本の人で韓国や台湾を好き、という人も結構いる。)

 歴史は歴史できちんと勉強すべきだが、仲良くするのはどこからでもできる。