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橋場 弦(ゆづる)『民主主義の源流 古代アテネの実験』

      講談社学術文庫 2016年1月23日

    (もと『丘のうえの民主政―古代アテネの実験』東大出版会、1997年)

 

1 著者 橋場弦:1961年、札幌市生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院人文科学研究科博士課程修了。博士(文学)。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。主な著書に『アテナイ公職者弾劾制度の研究』『賄賂とアテナイ民主政』『西洋古代史研究入門』(共著)ほかがある。(講談社学術文庫の著者紹介から)

 

2 目次

はじめに

第一章 マラトンの英雄とその死(1 裁かれる将軍 2 民主政は守られた) 

第二章 指導者の栄光と苦悩(1 アテネ民主政の輝き 2 公と私 3 ペリクレスの苦悩)

第三章 参加と責任のシステム(1 民主政の舞台を訪ねて 2 公職者の責任)

第四章 迷走するアテネ(1 嵐と弾劾裁判 2 破局)

第五章 民主政の再生(1 新たな出発 2 「素人役人」の条件 3 司法のアマチュアリズム)

第六章 たそがれ(1 ある市民の風貌 2 専門分化の波 3 終幕)

おわりに

あとがき

 

3 感想:感想を思いつくままに記す。

(1)文章に迫力があって読ませる。特にミルティアディスやペリクレスのところはストーリーとしても面白く、プロの歴史研究者の書いたものでありつつ、上質の歴史物語を読んでいるようだ。この文体は、ヘロドトスやトゥキュディデスやプルタルコスなどを長年読み込む中で培われたものなのだろうか。

 

(2)世界史で学習したことのある人々の人間像についてより鮮明に知ることができた。例えば、ペリクレスはライバルのキモンとの対抗もあり公人として清廉な生き方を貫いた。ペリクレスには不肖の息子がいて苦しんだ。 

 

(3)世界史学習で不十分だったところを訂正・補足することができ、ずいぶん勉強になった。

 例えば、ペリクレス以降アテネは衆愚政に陥り衰退の一途をたどったわけではなく、エーゲ海世界での相対的地位は低下しつつも、何度かの寡頭派支配を乗り越えて、民主政についてはむしろ「より成熟し、安定した姿へと生まれ変わった。…民主政は、むしろアテネが超大国の地位を失ったあとで、本物の光を静かに放ち始めたとさえ思われる。」(p.191)これが事実描写としてはより確からしいようだ。

 

 私(たち)が「アテネ民主政はペリクレス時代を頂点としてその後は衆愚政に陥り衰退の一途をたどった」かのような思い込みに何となく捉われていたことは「反省を迫られる」(p.22)。

 

(ア)「衆愚政」という言葉にはもともとあるレッテルが入っている。

(イ)「ソクラテスにせよプラトンにせよ、アテネ民主政と同じ時代に生きた哲学者たちが、多かれ少なかれ民主政に批判的なった立場を取っていた」(p.22)。

(ウ)近年の研究で様々なことが明らかになってきた。この指摘の特に(イ)は私も思い当たる節があるので気をつけないといけないと感じた。また、一種の政権交代史観(アテネはペロポネソス戦争で敗れ衰退していった、戦争で勝った国が世界史のプレーヤーでありそこだけ勉強しておけばよい)、もっと言うと政治闘争勝利者史観に私(たち)は捉われていなかったか、との反省を迫られる。アテネはスパルタに敗れてなお(「人治から法治へ」(p.194)の改変は行いつつも)アテネであることをやめなかったのだ。

 

(4)ここから一挙に飛躍する。古代アテネを考える中で私は現代の私たちの在り方を考えた。勿論直接対応させることはできないが、

 

(ア)デロス同盟支配を強化したアテネは「アテネ帝国」と呼ばれるに至り、「同盟資金をアテネ財政に公然と流用し始めた。」「アテネは空前の繁栄を見る。」(p.75)この記事から私はアメリカ中心の世界経済で金がNYに流入する、あるいはEU圏で金がドイツやベルギーに流入する事態を連想した。

 

(イ)ペリクレスのライバルだったキモンは遠征により富を築きそれによって民衆に施しをし取り巻きを集め親分子分関係を作り民衆の支持を集めた。対してペリクレスは「金銭に対して驚くほど潔癖」で「自分個人の財産は、父から遺産として残された額より一ドラクマも増やすことはなかったという。」(p.92)賄賂を不可能にする仕組みをアテネ民主政は生み出していった。この記述から私は、日本の政治において金脈・金権問題が問われ続けてきたことを連想した。

 

(ウ)「参加と責任」(第三章)については、現代日本ではどうだろうか。    

 

(歴史関係でこれらも読んでみよう)

桜井・橋場『古代オリンピック』、橋場弦『古代ギリシアの民主政』、小川英雄『ローマ帝国の神々』、弓削達『ローマはなぜ滅んだか』、荒井章三『ユダヤ教の誕生』、高橋保行『ギリシア正教』、浜本隆志『バレンタインデーの秘密』、葛野浩昭『サンタクロースの大旅行』、大沢武男『ユダヤ人とドイツ』・『ヒトラーの側近たち』、小杉泰『イスラームとは何か』、桜井啓子『シーア派』、宮田律『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』、勝俣誠『新・現代アフリカ入門』、加地伸行『「史記」再読』、陳舜臣『儒教三千年』、島田虔次『朱子学と陽明学』、宮崎市貞『科挙』、吉田孝『日本の誕生』、菅野覚明『武士道の逆襲』、藤田達生『秀吉と戦国大名』、渡辺京二『日本近世の起源』、小池喜明『葉隠』、一坂太郎『吉田松陰』、池田敬正『坂本龍馬』、半沢英一『雲の先の修羅』、色川大吉『近代日本の戦争』、服部龍二『広田弘毅』、共同通信社社会部『沈黙のファイル』、小池・村上他『宗教弾圧を語る』、高橋哲哉『靖国問題』、田中彰『小国主義』、中島・西部『パール判決を問い直す』など。