James Setouchi

 

『宮沢賢治全集』全8巻  ちくま文庫  

 

『銀河鉄道の夜』(童話。第7巻に入っている。)

 

 ジョバンニはいじめられている。ジョバンニにはお父さんもいない(どこかに行っている)。カンパネルラだけがたった一人、ジョバンニを分かってくれる友達だ。ある日気がつくと、ジョバンニはカンパネルラと一緒(いっしょ)に、銀河鉄道に乗って宇宙を旅しているのだった。

 

 そこでジョバンニとカンパネルラは色々な人たちを見る。・・・そしてジョバンニは言うのだ。「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこはくない。きっとみんなのほんたうのさいはひをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。」カンパネルラは答える、「あヽきっと行くよ。・・」ジョバンニは再び言う、「カンパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」(p.293)

 

 だが、その次の瞬間(しゅんかん)カンパネルラの姿は、消え、ジョバンニはたった一人取り残される。ジョバンニはひとりぽっちになってしまった。

 

・・・気がつくと現実に戻っていた。カンパネルラは友達を救けるために川に入って溺(おぼ)れて死んだとジョバンニは聞く。

 

 宮沢賢治が考えていた別のプラン(第三次稿)では、博士が登場し、説明をしてくれる。・・・愛する人と一緒に行こうとみんなが考えるが、誰も一緒には行けない。そして本当は誰でもがカンパネルラだ。だからお前はあらゆる人の一番の幸福を探しみんなと一緒に早くそこに行くがいい。そこでばかりお前は本当にカンパネルラと一緒にどこまでも行けるのだ。ごらんあそこにプレシオスが見える。お前はあのプレシオスの鎖(くさり)を解かなければならない・・・と。(p.553~p.555)

 

 (やや詳しい注:プレシオス=プレアデス星団。旧約聖書ヨブ記では神がヨブに「お前はプレアデスの鎖を結ぶことができるか」と問いかける。仏教徒である賢治はこれを踏まえて「プレシオスの鎖を解かなければならない」と書いたのかもしれない。)

 

 この話を宮沢賢治は十年近くも考えては書き直したと言われている。宮沢賢治作品の中で最も有名な作品の一つであると同時に、宮沢賢治を理解する上で最も重要なカギを秘めた作品でもある。

 

  賢治の最愛の妹トシが死んで賢治の悲しみは深かった。詩「永訣(えいけつ)の朝」(5年生で学習する)をはじめ「手紙」「ひかりの素足」などなどで愛する人を失った悲しみを賢治は作品として残している。同時に、そこからどう考え生きていくかをも。別の解釈もある。親友と共に同じ信念で生きていこうとしたが決裂した、というものだ。最近はこの解釈が優勢のようだ。同性愛的なものがあったとも。それはそれでいい。だが全てをリビドーに還元して説明した気になる心理学では、大切なものを見落とす。宮沢賢治独自の思想と感性の世界を読みとらなけらば。

 

 「どこまでも一緒に行く」はずだったカンパネルラを失い、一人取り残されたジョバンニは、しかし、「あらゆる人の一番の幸福」を探しにあらためて立ち上がらなければならない。誰でもたった一人で、大きな悲願を抱いて立ち上がってゆく。悲しみの向こう側にあるものを知っていた賢治は、もう一度こちら側に帰ってきてこれらの作品を私たちに書いて見せたのであろうか。

 

 子どものとき読み、十代から二十代で読み、大人になってまた読みたい一冊である。

 

*宮沢賢治(1896~1933):岩手県出身。詩人、童話作家、農業指導者、宗教家。