James Setouchi
村上 龍『オールド・テロリスト』 文春文庫
1 村上龍(1952~ ):長崎県佐世保市生まれ。武蔵野美大中退。1976年『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞。『コインロッカー・ベイビーズ』『イン・ザ・ミソスープ』『共生虫』『半島を出よ』『歌うクジラ』『愛と幻想のファシズム』『五分後の世界』『新13歳のハローワーク』『55歳からのハローワーク』『日本の伝統行事』など。(文庫の著者紹介から)
2 『オールド・テロリスト』
言うなれば暴力的エンタメ。面白くはある。そこで問われているのは、戦前から戦後にかけての日本社会の欺瞞であるが、残念なことに、ではどうすればよいのか? の建設的な提案は乏しく、破壊願望が暴走している。ゆえに暴力的エンタメ、と批評しておく。
同じ作者の『希望の国のエクソダス』の続編の形を取っている。『希望の国のエクソダス』では、物質的に豊かでも希望のない日本から中学生たちが脱出(エクソダス)し、北海道に理想の共同体を作る。この『オールド・テロリスト』は、2015年の発表だが、2018年現在の東京を舞台に設定している。2015年時点では近未来小説というわけだ。語り手はジャーナリストのセキグチ。彼は『希望の国のエクソダス』にも登場する。
作品の中で、2018年、すでに日本経済は破綻し、政治への信頼も失われている。通り魔事件は頻発。しかし、テロはまだない。そこへ、NHKでテロを行うという予告が入る。失業状態のジャーナリスト・セキグチは半信半疑で取材に行くが、苛酷な無差別テロに遭遇。辛うじて脱出するも、やがて次々と事件に巻き込まれていく。
犯人は、アルカイーダに似たアメーバ状の組織を持つグループのようだ。しかも政財界・裏社会に恐るべき勢力を持っているようだ。警察では対抗できない。セキグチは恐怖する。美しいカツラギという謎の女性。会社の同僚のマツノ君。誰もが病んでいる。
やがて、犯人グループの中核が、もと満州帝国の軍人・官僚たちの生き残り、あるいはその子供達であるらしいことが明らかになってくる。彼らはみな70代以上のオールド・テロリストたちだが、頭脳明晰、資金も豊富、きわめて紳士で、圧倒的な強さを見せる。対して54歳のセキグチは、なすすべもなく恐怖し、怯え、精神安定剤とウィスキーを飲み、嘔吐・失禁すらする。そして…
ここから先は読んでのお楽しみ。テロリストたちに狙われ、セキグチはどうなるのだろうか? そして日本は…?
3 感想(一部ネタバレあり)
①高齢者が嬉々として活躍するので、団塊の世代以上の人には嬉しいかもしれない。「年寄りは、静かに暮らし、あとはテロをやって歴史を変えればそれでいいんだ」(p.499)だと!
②セキグチの失業、家族との別れ、そこでの苦悩、また、若い世代の閉塞した心理などはかなり書き込んでいる。現代を扱った小説ではある。
③東京の各所の地名が具体的に出てくる、「東京小説」でもある。
④旧満州帝国の理想を私欲を肥やす者らが踏みにじったこと、戦後ずっとアメリカ軍に支配されていること、政治家やマスコミも衆愚に加担し虚偽に満ちていること、絶望した若者が多数存在していること、何より、日本人一人一人が自分の頭で考えて人生を選び取るのではなく思考停止に陥っていること、などなどへの批判が繰り広げられる。こういう思考回路を好む人達もいるかもしれない。だが、だからどうすればいいのか? は明確ではない。オールド・テロリストたちは、若者を道具として利用し、全面的な破壊(リセット)による出直しを訴える。ここは賛同できない。破壊願望が強すぎる。狂信と熱狂は破壊を生む。再建の見通しのないままでは人は希望を持てない。村上龍は自由を求めるのはよいが破壊願望が強すぎるのはいただけない。
4 登場人物(ネタバレに近い)
セキグチ:語り手「おれ」。54歳。元週刊誌記者。妻子に逃げられどん底の暮らしをしている。事件に巻き込まれる。
カツラギ:美しいが尋常でない行動をする謎の女性。セキグチと行動を共にする。
オガワさん:セキグチのもと上司。/マツノ君:セキグチの若い同僚。
山口、富川、横光、タキグチ、ヨネハラ他:テロ実行犯。
太田:将棋の強い老人。/カリヤ:剣術使いの老人。
寝たきりの老人:謎の組織の中核にいると思われる人物。満州帝国の生き残りらしい。清貧な人格である。
黒いスーツの女:寝たきりの老人に仕える老女。
ナガタという男:調査業務に長けた男。異常な性癖を持つ。/ジョー:イラン人とのハーフ。格闘家。
アキヅキ先生:心理カウンセラー。/光石:会社社長。/山方:文部官僚。/西木:内閣府副大臣。/ヨシナガ:内閣官房長官。/ヤムチャック:アメリカ海兵隊の幹部
ユミコ:セキグチの元妻。/アスナ:セキグチの娘。