James Setouchi
大江健三郎『水死』
1 大江健三郎 1935(昭和10)~ノーベル文学賞作家。
愛媛県大瀬村(大洲市内子町)に生まれる。内子高校から松山東高校に転校、伊丹十三と出会う。東大仏文科で渡辺一夫に学ぶ。在学中『死者の奢り』で東大五月祭賞。23歳で『飼育』で芥川賞。『個人的な体験』『ヒロシマ・ノート』『万延元年のフット・ボール』『沖縄ノート』『新しい人よ眼ざめよ』『静かな生活』『燃え上がる緑の木』『あいまいな日本の私』『取り替え子』『憂い顔の童子』『水死』『晩年様式集』など。1994(平成6)年ノーベル文学賞受賞。反核・護憲運動でも知られる。
2 『水死』2009年講談社から刊行。講談社文庫でも読める。
作者らしき語り手・長江古義人(ちょうこう こぎと)はすでに七十代半ばの老作家だ。自分の父親が敗戦当時に故郷の四国の谷間の村で水死した事件を巡り、「水死小説」を書こうとしている。若い演劇人たち、家族、政治的反動派との関係がクロスし、過去を知る人物・大黄さんの登場で事態は転回、最後は強烈な事件が起きるが…
谷間の村における一揆の伝承や漱石『こころ』の「明治の精神」の解釈、また敗戦時の青年将校の動きや現代の官僚の暴力などをつなぎながら、日本社会とはどういうものか、無残に踏みにじられてきたものは何か、抵抗したのは誰か、人間の尊厳を守り蘇らせる力があるとすればそれは何か? を問う作品。
3 登場人物
語り手(長江古義人):老作家。東京在住。
千樫:古義人の妻。吾郎(古義人の友人)の妹。
アカリ:古義人の息子。知的障がいがあるが音楽の才能がある。
真木:古義人の娘。
アサ:古義人の妹。四国の谷間の村で家を守ってきた。
多麻吉:アサの息子。谷間の村の住人。
古義人の母(故人):谷間の村で、資料の詰まった「赤革のトランク」を所蔵していた。
長江先生(故人):古義人の父親。超国家主義の錬成道場を作る。敗戦時に谷間の村で謎の水死を遂げた。
コギー:幼い古義人の友達。古義人にしか見えない。
青年将校たち:敗戦時長江先生の周辺にいた松山の軍人たち。クーデターを画策する。
大黄さん:長江先生を慕う人物。戦後も運動を継続してきた。
高知の先生:かつて長江先生を指導した先生。
穴井マサオ:現代の演劇人。劇団「穴居人(ザ・ケイヴ・マン)」主宰。
ウナイコ:劇団「穴居人」の女優。東京の長江を訪れ、長江と劇団「穴居人」とのコラボを始める。
リッチャン:ウナイコのそばにいる女性。音楽に優れる。
スケ&カク:劇団「穴居人」の俳優二人。
桂:ウナイコの恋人。
小河:ウナイコの伯父。かつて教育界の実力者。
小河夫人:小河の妻。
メイスケさん:かつて谷間の村にいたという一揆の指導者。悲劇的最期を遂げる。
メイスケ母:メイスケの母。
4 付言(ネタバレあり)
大江文学の魅力は、普遍への回路があって人間の尊厳に立脚しようとすること、傷ついた人へのやさしいいたわりがあること、新生への祈りがあることなどなどだ、と私は感じている。なお、漱石『こころ』の「明治の精神」の解釈は私とはやや違うようだが、一つの時代が終わりそれとともに「先生」は去った、と解釈する点は同じ。古義人の父も同様なのか。ちょっと(ちょっとではない)残虐なシーンもあり、読んでいて結構痛い。それを描くことで、大切な守るべきものは何か? を描こうとしているのだろうけど。