James Setouchi
大江健三郎『同時代ゲーム』
1 大江健三郎 1935(昭和10)~ノーベル文学賞作家。
愛媛県大瀬村(大洲市内子町)に生まれる。内子高校から松山東高校に転校、伊丹十三と出会う。東大仏文科で渡辺一夫に学ぶ。在学中『死者の奢り』で東大五月祭賞。23歳で『飼育』で芥川賞。『個人的な体験』『ヒロシマ・ノート』『万延元年のフット・ボール』『沖縄ノート』『同時代ゲーム』『新しい人よ眼ざめよ』『静かな生活』『燃え上がる緑の木』『あいまいな日本の私』『取り替え子』『憂い顔の童子』『水死』『晩年様式集』など。1994(平成6)年ノーベル文学賞受賞。反核・護憲運動でも知られる。
2 『同時代ゲーム』1979(昭和54)年新潮社から刊行。新潮文庫でも読める。
語り手は「僕」。現代を生きる者だが、四国の森に囲まれた村=国家=小宇宙について語り残す使命を持っている。
「僕」は双子の妹に向けて六つの手紙を書き記す。その中で、村=国家=小宇宙の歴史と現在が明らかにされていく。
「僕」を含む「われわれ」の出身である、四国の森に囲まれた村=国家=小宇宙は、江戸時代のある藩から逃れた人々が川を遡り人跡未踏の森の中に住みつくところから始まる。
その指導者は壊す人という人物だった。壊す人は文字通り壊す人と太字で描写されるが、超人的で不思議な、神のような存在である。
草創期の苦難を経て、村=国家=小宇宙は、自由時代には木蝋の生産で潤う。江戸時代には一揆を行った。
明治以降、大日本帝国に対して戸籍をカムフラージュする形で抵抗するが、やがて大日本帝国軍隊との武勲赫赫たる五十日の戦争を行い、ついに敗退。
昭和の戦争を経て村は衰退していく。
村を離れた人々(「僕」の兄弟を含む)のその後の活躍ないし悲劇も描かれる。「僕」の双子の妹は、一度死んで再生した壊す人の巫女として壊す人のそばにいる。「僕」は村=国家=宇宙について語り継ぐ使命を改めて感じ、妹への手紙を書きつづる。
この物語は、文化人類学の知見を用いた駄作だと酷評する人もある。
だが、愛媛県南予地方のトッポ話あるいは一世一代の大ぼらあるいはSFだと見れば結構面白い。実際、笑わせる部分もある。
反面、大真面目な話でもある。大日本帝国をはじめとする世俗の権力に対して、村=国家=小宇宙は、森の力を借りて対抗する。
権威や権力で縛る者に対して、われわれは自由をどう確保するか? われわれ自身の(大日本帝国のではなく)歴史あるいは物語をどう継承し未来へつないでいくか? が大真面目で問われている。
大江健三郎が四十代でエネルギーにあふれている時期の作品だと言うべきか、恐らく意図的にであろうが連体修飾部のやたらに長い悪文の連続で、多くの読者は冒頭の読みにくさに投げ出してしまうだろう。しかし、そこを通り抜けると、きわめて面白い物語であることが分かる。
奇妙で魅力的な人物が次々と出てくる。ニクソンやスターリンも名指しで出てくる。中国の文化大革命や日本の過激派を連想させる描写も出てくる。
村=国家=小宇宙は手放しで100%理想郷というわけでは必ずしもない。しかも時間の順序をあえてばらばらにし、過去も現在も未来も同時にそこにあるかのような錯覚を読者に起こさせる。トータルな神話的時間を読者は味わう。
つまりはわれわれ自身がいかなる世界観・価値観を(しかも混乱と共に)持って過去・現在・未来を生きているかのトータルなあり方がここでは提示される。愚かでもあり大真面目でもある世界と人生の全体像が提示される、と言うべきか? ガルシア=マルケスの『百年の孤独』のような作品。
3 登場人物
(現在)語り手「僕」:村=国家=小宇宙の語り部。妹に手紙を書き送る。/双子の妹:父=神主によって壊す人の巫女として育てられた。/露一兵隊:長兄。長く精神病院にいたが、戦後のあるとき皇居前から侵入しようとして…/露・女形:次兄。女形となる。カーネーチャンという女性と暮らすが…/ツユトメサン:弟。プロ野球選手を目指すが…/コーニーチャン:魚屋。ツユトメサンのために尽力する。/もと外交官:露・女形のもとに現れる。トラウマを負った人物。
(戦前・戦中)父=神主:外部からこの村にやってきたが、三島神社の神主となり村の歴史を研究する。ロシア人の血が混じっている。/母親:外部から来た旅芸人だが、父=神主と結婚し「僕」たち兄弟を生む。/アポ爺・ペリ爺:この村に疎開してきた双子の天文学者。/校長:戦時中の小学校校長。大日本帝国の思想の代弁者として父=神主を攻撃する。
(明治以降)原重治:村=国家=小宇宙を明治政府に売った男。/ダライ盤:村にいた不思議な発明家の男。/木から降りん人:なぜか木から降りない人。/無名大尉:大日本帝国の軍人。村を攻撃する。
(江戸時代)亀井銘助:一揆のリーダー。死んでメイスケサンという神となる。
(草創期)壊す人:村=国家=小宇宙創成のリーダー。何度も生まれ変わり巨大化すると言われているが…/シリメ:尻に目がある不思議な男。/オシコメ:壊す人の最後の妻。巨人。/森の怪物フシギ:村の創設期よりも前から森に住む、透明の存在。人間の言葉を聞きたがる。