James Setouchi
マルセール・ルドゥレダ『ダイヤモンド広場』岩波文庫 田澤耕・訳
Mercè Rodoreda 〝LA PLAÇA DEL DIAMONT〟1962
1 マルセール・ルドゥレダ 1908~1983
スペイン(カタルーニャ)出身の作家。彼女は1908年カタルーニャのバルセロナの山の手サン・ジャルバジ地区で生まれた。家庭教育を受け、叔父と結婚、男児を出産。1936年スペイン内戦勃発時にはカタルーニャ自治政府の広報局で働く。小説『アロマ』で作家デビュー。夫と別居、トロツキストであるアンドレウ・ニンと恋愛関係になる。(彼はおそらくソ連の秘密警察に捕らえられて殺害された。)1939年内戦不利のためパリに脱出。アルマン・ウビオルスと恋愛関係に。ナチス支配下で亡命生活。1954年ジュネーブに移住。1959年『ダイヤモンド広場』を書き始める。当時51歳。1966年『カメリア通り』でサン・ジョルディ文学1賞受賞。1974年『割れた鏡』。1979年カタルーニャ北部の海岸近くの村に居を構える。1983年没。(岩波文庫の解説から)
2 スペイン内戦略年譜
1931年国王アルフォンソ13世が国外亡命。共和制成立。
1936年フランコ将軍がクーデターを起こし内戦が勃発。フランコはドイツやイタリアのファシズム政権の支持を受け勢力を拡大。対して共和国政府軍は世界中から義勇軍が集まり、ソ連やメキシコの支援を受けたが、戦争勝利を最優先する共産党、革命遂行を第一とするアナキスト、反スターリンのマルクス主義党などに分裂し内部抗争に陥り、力を失った。1939年1月バルセロナ陥落、3月マドリード陥落。4月フランコは内戦の終結を宣言したが、やがてヨーロッパは第2次大戦が始まる…
(岩波文庫の解説などから)
3 『ダイヤモンド広場』
スペイン内戦時代を背景とした小説。但し前線の兵士の目線ではなく、街に暮らす主婦・母親の目線で描く。舞台はバルセロナのグラシア街、ダイヤモンド広場近辺。カタルーニャ語で書かれた。作者は当時スイス在住。1959年執筆開始、1962年出版。フランコは独裁下でカタルーニャ語の使用を禁じたが、ルドゥレダは亡命してあえてカタルーニャ語で書いた。自分が暮らしていた懐かしいバルセロナの街の片隅の風景を、人々を、当時の自分の苦悩を、書き留めておきたかったのだろうか。それもあろうが、作家はすでに50歳に達して幾多の辛酸を経ているのだから、それまでの人生経験や思索をこの作品に投入しているに違いない。
語り手は「私」=ナタリア。夫から「クルメタColometa=小鳩ちゃん」と呼ばれる。「私」=ナタリアの目線で語られ、描写される。ナタリアはケーキ屋で働く女の子だがキメットという男に誘われ、恋に落ちる。元彼のペラに悪いなと思いつつ。
(以下、途中までネタバレします。)キメットは自分で小さな商店を持つやり手だが、ナタリアのことを「お前」と呼んで振り回す。この辺は読者として納得がいかない。キメットは乱暴だし、こんな男のいいなりになるのナタリアの気が知れない。ナタリアの母は死に父は再婚しているのでナタリアは孤独だからか。
キメットには仲間もいて、とにもかくにも二人の新婚生活は始まった。子どもも生まれた。この辺まではまだろっこしい描写が続くが、まだ平穏な日々だった。ナタリアは育児の傍ら資産家の家でメイドとして働く。
やがて共和国政府が成立し、内戦が始まる。食品が欠乏し、キメットは仲間と共に民兵となり転戦しているもよう。近所の人もフランコ派、王党派、革命派などに意見が分かれ、よそよそしくなる。食料が欠乏し、息子を施設に預けるしかない。
戦況は悪化、キメットも仲間も殺されたとの情報が入る。幼い子どもを抱えてナタリアは餓死寸前だ。もはや絶望、ナタリアは子どもと心中しようと決意する。飼育していた大量の鳩と鳩の子を殺戮したイメージが交錯する。
だが…
ここからあとはネタバレしない。依然として「私」=ナタリアの視線で描写してあるのだが、事態が動き、考えたり感動したりする描写が多くある。愛する夫を亡くした悲しみ、愛する子を手放すつらさ、失った過去への愛惜、しかしそれでも現在を生きることの意義と喜びなどが、読んでいて心を打つ。傑作だと私は思った。家具や家など細部の描写が細かく、作家は目の前のものを大切にする人なのだろうか。
かつてガルシア=マルケスが「内戦後にスペインで出版された最も美しい小説である」と評したよし(解説による)。
(スペインの文学)スペインの文学といっても、ほとんど知らない。最も有名なのはセルバンテスの『ドン・キホーテ』。中世騎士物語に憧れたラ・マンチャの男ドン・キホーテは実は大変な読書家である。子ども向きの絵本などはあるが、原作は長大。ルドゥレダ『ダイヤモンド広場』は上記の通り。スペイン語圏の文学として中南米まで広げれば、ガルシア=マルケス、バルガス=リョサ、ファン・ルルフォ、イザベラ・アジェンデ、カルペンティエル、コルタサル、ボルヘスなどがいる。
(スペインの文化)建築家のガウディ、絵画のベラスケス、ゴヤ、ピカソ、ダリ、ミロ、タピエスなど、独特の人がいる。哲学・思想ではオルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』が有名。イグナチオ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルもスペイン(バスク地方だが)の思想家に入れてもいい。音楽・芸能ではフラメンコが有名だが声楽のプラシド・ドミンゴやホセ・カレーラスもスペイン出身。
*岩波文庫が出してくれた。岩波文庫は頑張っている。