James Setouchi

 

イェンセン『王の没落』岩波文庫(長島要一訳)

 

1 イェンセン1873~1950 Johannes V.Jensen

デンマークの作家。ノーベル文学賞(1944年)。代表作に『デンマーク人』『アイナー・エルケア』『ヒンマーランの人々』『王の没落』『森』『ドラ夫人』『車輪』『長い旅』のほかエッセイ集『神話』など。20世紀初頭に日本を訪れ「フジヤマ」というエッセイも書いている。(岩波文庫の解説を参考にした。)

 

2 『王の没落』KONGENS FALD

1901~1902年発表。デンマークにおける20世紀最高の小説と言われる。舞台は16世紀の北欧(デンマーク、スウェーデン)。

 

(1)   時代背景

デンマーク王クリスチャン1世には子が二人いた。ハンス王とフレデリック(南ユウン公爵)だ。ハンス王はノルウェー王、スウェーデン王を兼ねカルマル同盟を再編した。が反乱が起こりスウェーデンが同盟から離脱。その子クリスチャン2世(1513~1523デンマーク王)は西はグリーンランドから東はフィンランドに到る大海洋帝国を構想し、スウェーデンに侵攻。スウェーデンでは独立派の摂政ステン・ストゥールと同盟派の大司教グスタフ・トロレが抗争していた。クリスチャン2世はストックホルムで独立派の大粛清(1520年ストックホルムの血浴)を行い、スウェーデン王を兼ねる。ここにカルマル同盟は復活。しかし、反発を買う。デンマークでは叔父のフレデリック1世に王位を奪われ、クリスチャン2世はオランダに亡命。スウェーデンでは貴族グスタフ・ヴァーサが反乱しスウェーデン王グスタフ1世となりカルマル同盟から離脱。クリスチャン2世はセナボー城に終身幽閉となる。1534~36年デンマークの農民が貴族に反乱を起すが鎮圧される。1540年スイスの医師・錬金術師のパラケルススがホムンクルスを作れると主張。1543年コペルニクスが地動説を主張。これらが背景になっている。(岩波文庫の解説を参照した。)

 

(2)   内容 どこまで史実でどこからが虚構かは分からない。

 文字通り「王の没落」の時代を扱っているが、第一の主人公はミッケル・チョイアセンという男だ。彼は田舎の鍛冶屋の息子だが学生として首都コペンハーゲンに出て、各国で傭兵を経験し、最後は国王クリスチャン2世の側仕えの騎士となる。クリスチャン2世が没落し幽閉されたとき側にはミッケルがいた。ミッケルは恐らく王の陰画のような存在だ。ミッケルはいつも満たされず不幸だ。劣等感と憎しみをバネにして生きている。ミッケルの奮闘と絶望を通して、クリスチャン2世の時代の栄光と悲劇を描いたのだろうか。全編に美しくも陰鬱な北欧の自然が描き込まれている。死後の世界や北欧の女神、錬金術師も出てくる。主な登場人物を挙げてみよう。

 

ミッケル:田舎出身の学生。のち傭兵、王の騎士。

オッテ・イヴァンセン:ミッケルと同郷の貴族。ミッケルの恋敵。二人の因縁は深い。

スサンナ:ミッケルが恋した女性。ユダヤ人メンデル・スパイアの娘。

アネ-メッテ:ミッケルの幼なじみで、オッテの許嫁。

 

(以下ネタバレを含む)

アクセル:騎士。実はスサンナとオッテの子。

インゲ:実はミッケルとアネ-メッテの娘。

イーデ:耳と声の不自由な少女。実はインゲとアクセルの娘。

ヤコブ:旅のバイオリン弾き。イーデを育てる。

カルロス:ホムンクルス。実はクリスチャン2世の子。天才的頭脳を持つが…

ザカリアス:謎の医者。おそらく錬金術師。ホムンクルスとしてカルロスを育てる。

 

*岩波文庫で読んだ。岩波文庫は頑張ってくれている。応援したい。