James Setouchi

 

薦めてみる本 セオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』

  Theodore Dreiser “An America  Tragedy

 

1 セオドア・ドライサー 1871年~1945、アメリカ

 アメリカ自然主義最大の作家と呼ばれる。評価については論争がなされた。インディアナ州に貧しい移民の子として生まれた。16歳でシカゴに出て自立生活を始めた。20歳で新聞記者となる。1900年『シスター・キャリー』を発表。ジャーナリストとして生活しつつ作品を発表。『資本家』『個人』『克己の人』(欲望三部作と呼ばれる)、『天才と呼ばれた男』、『アメリカの悲劇』『とりで』などの作品がある。

        (集英社世界文学事典の村山淳彦の記述などを参考にした。)

 

2 『アメリカの悲劇』“An America  Tragedy”  (ネタバレします)

 1925年発表。アメリカの一青年に起きた悲劇を描く。アメリカ社会が生んだ、文字通り「アメリカの悲劇」

 

 主人公クラウド・グリフィスは、ハンサムな若者だが、貧しいキリスト教伝道師の家庭で育った、家庭が貧しく禁欲的で、同年代の若者が物資的な欲望を充足しているのを見て羨望を覚える。十代でホテルマンになり、金を稼ぎ仲間と享楽的生活をすることを覚える(以上第一部)。やがて彼は世俗的に「成功した」叔父サミュエル・グリフィスのもとに身を寄せ、金持ち・上流階級の社交界に入ることを欲望しつつ、目の前の貧しく美しい女工ロバータと関係を持つ。他方金持ち・上流階級の娘ソンドラにも気に入られ、クラウドはソンドラの世界への渇望と、妊娠し追いすがるロバータとの間で混乱し、ロバータを死に追いやってしまう(以上第二部)。第三部は、殺人犯として捕らえられたクラウドとその裁判と死刑を描く。最後にキリスト教伝道者である母親と、熱心な牧師マクミラン師とが出てくる。

 

 アメリカは実は階層社会であり、貧しい階層の出身のクラウドが金持ちの上流階級に食い込むには親戚のグリフィスやソンドラとの関係にすがるしかない。貧しい女工のロバータもクラウド(血筋の上ではグリフィス一族)との関係を夢見てはいる。金持ち・上流階級は簡単に食い込ませてはくれない。彼らを支配しているのは、物質的金銭的に豊かであることを至上とする論理である。おや、どこかの国の人々のような…

 

 クラウドはキリスト教伝道者の家庭で育った。キリスト教はかれらの救いになるのか? も本作では問われている。クラウドは幼いころ、路上で貧しい身なりをして周囲の好奇の目にさらされながら伝道をするのがいやだった。姉も家出した。だが、恋人ロバータを死に至らしめ死刑を待つ間、母親とマクミラン師がやってきて、悔い改めを説く。マクミラン氏の目には、クラウドは改心したように見えた。だが、クラウドには、何かしら違和感が残った。マクミラン師は、死刑執行に立ち会い衝撃を受け、複雑な思いになる。クラウドの母は街頭伝道の生活に戻るが、孫のしつけはかつて子に対したよりは禁欲的にするまいと思う。母親は少し変わったと言える。

 

 クラウドの心理描写に迫力がある。都市の享楽的な生活への欲望と、キリスト教道徳との間で揺れ動く時。恋人ロバータを重荷に感じ死に至らしめる時。死刑執行直前の苦しみなど、

 

 裁判では、共和党の地方判事メイソンと、民主党のベルナップとが対決。その対決も見物だが、クラウドを極悪人と決めつけて熱狂し糾弾する群衆や、ハンサムなクラウドに同情的な一部の人の姿も描かれている。

 

 ドストエフスキー『罪と罰』のラスコーリニコフと比べるとどうか。ラスコーリニコフにはソーニャとの出会いがあり、キリスト教による救済の可能性が濃厚に示される。またラスコーリニコフが陥っているのは西欧渡来の無神論的な観念であり、自分が金持ち・上流階級になる欲望はない。ラスコーリニコフは女たらしではない。『アメリカの悲劇』のクラウドにはソーニャは出てこない。代わりに母親やマクミラン師が相手となる。クラウドは金持ち・上流階級への欲望があり、欲望のために女性に嘘をつく。クラウドはこの点スタンダール『赤と黒』のジュリアン・ソレルに似ている。なお石川達三は『アメリカの悲劇』に刺激を受けて『青春の蹉跌』(昭和43年)を書いたと言われる。

 

 『アメリカの悲劇』は映画化されたが、原作の重要な側面は映画になっていないとされる(集英社世界文学全集49の大浦暁生の解説による)。クラウドは確信犯的な悪人ではなく、状況に引きずられ優柔不断で夢想的な人物だろう。つまり、まだ子供なのだ。貧しい子供に物質的な夢を見させ、しかし実際には階層の上昇は不可能な、しかもキリスト教が機能するかに見えて救済にはならない、アメリカ社会の矛盾をえぐった、まさに「アメリカの悲劇」をドライサーは描いてみせた、と私は読んだ。皆さんは、どう考えますか?   

 

(アメリカ文学)ポー、エマソン、ソロー、ストウ、ホーソン、メルヴィル、ホイットマン、M・トゥエイン、オー・ヘンリー、ドライサー、ロンドン、エリオット、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、バック、フォークナー、スタインベック、カポーティ、ミラー、サリンジャー、メイラー、アップダイク、フィリップ・ロス、カーヴァー、オブライエンなどなどがある。