James Setouchi

 

ジョン・スタインベック『怒りの葡萄(ぶどう)』

John Steinbeck〝The Grapes of  Wrath〟

 

1 スタインベック 1902~1966

ノーベル賞作家。アメリカのカリフォルニア州モンテレーに生まれる。スタンフォード大学に学ぶが作家を志しニューヨークへ。1937年『二十日鼠と人間』が成功を収める。1939年『怒りの葡萄』出版、大論争が巻き起こり大いに荒れる。1942年『月落ちぬ』、1952年『エデンの東』、1961年『我らが不満の冬』。1962年ノーベル文学賞受賞。1966年南ベトナム戦線を視察。1968年死去。(集英社世界文学事典などによる。)

 

2 『怒りの葡萄』

 1939年、作者37歳の時の出版。当時アメリカは大恐慌後の経済立て直しのためにフランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策をとるが、その後経済政策の失敗などもあり深刻な不況に陥っていた。中部オクラホマ州などでは砂嵐が猛威をふるい深刻な危機が訪れた。機械化と生産の効率化を進める大資本はトラクターで農民を追い立てる。追い立てられた農民は、カリフォルニアに行けば働いて生活できると聞き、車を並べて西へ西へと大移動する

 

 トム・ジョードの一家も、無学だが善良で、大地にしがみついて懸命に生きていた。だが、上記の社会背景の中ですべてを失い、一台のポンコツトラックに家財道具を積み込み、カルフォルニアへ向けて移動する。同行するのは、じいさま、ばあさま、おやじ、おっかあ、長兄ノア、トム、弟アル、妊娠している妹ローズ・オブ・シャロン、その夫コニー、幼いルーシーとウィンフィールド、ジョン伯父、そしてもと説教師のケーシーである。

 

 多大の犠牲を払い、大変な苦難を乗り越え乗り越えしてやっとたどり着いた≪約束の地≫カリフォルニアは、しかし、決して楽園ではなかった。一見美しく整備された農地だが、そこは巨大な農業資本が徹底的に管理しており、ジョードたち同様仕事を求めて流入してきた多数の流れ者がいて常に失業し難民化し差別されていた。今まで以上の苦難が一家を襲う。そしてどうなるのか? 以下は読んでのお楽しみとする。

 

 この小説は当時のアメリカの貧しい農民の現実を描いており、そのあまりの過酷さに賛否両論が巻き起こった。出版の翌年ピューリツァー賞受賞。またヘンリー・フォード主演で映画化。さらに、この本は、2004年4月「東大教師が新入生にすすめる本」の1冊にも挙げられている。アメリカ政治外交史の久保文明教授が「1930年代のアメリカ南部の貧農の様子もよくわかります。」と言っている

 

3 感想

 アメリカは20世紀において世界一豊かな国とされ今も世界中から狙われているが、1930年代にはこういう厳しい貧富の差があった。いや、今もある。社会経済的事実としてこのことを忘れてはならない。が、この作品にはもっと大切なことがある。

 

 ジョード一家は12人プラス1人で、キリストと12人の弟子の数と同じ。≪約束の地≫を求め苦難の旅をするのは、アブラハムやモーゼの率いるイスラエルの民と同じ。本文中には聖書がしばしば引用され、もと説教師ケーシーやおっかあやトム・ジョードの口を通して、現代の過酷な状況の中で人間にとって救いとは何か? が繰り返し問われ語られる。

 

 思えば人間の生活は、人類が始まって以来、つねに苦難との戦いであり希望への旅であったのだ。この小説は1930年代の貧農の悲惨さをリアルに描き、左翼的な思想を語る小説とみなされ激しい攻撃にさらされたこともあるが、そうではなく、過酷な現実の中でそれでもなお生き続け、誇りを持って何かを求め続け、隣人へも愛を与える、アメリカの大地に生きる民の不屈の生命を描いた傑作だ、その姿は時代社会を超える、現代においても我々はこの作品から慰めと励ましを受けることができる、と私は感じた。             

 

(アメリカ文学)ポー、エマソン、ソロー、ストウ、ホーソン、メルヴィル、ホイットマン、エリオット、M・トゥエイン、オー・ヘンリー、エリオット、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、バック、フォークナー、スタインベック、カポーティ、ミラー、サリンジャー、メイラー、アップダイク、オブライエン、カーヴァーなどなどがある。