James Setouchi
パウロ・コエーリョ『アルケミスト 夢を旅した少年』(ブラジル)
(山川紘矢・亜希子 訳)角川文庫
1 パウロ・コエーリョPaulo Coelho
ブラジルの作家。1947年リオデジャネイロ生まれ。世界各地を放浪、一時流行歌の作詞家となる。1987年『星の巡礼』(スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラに至る巡礼の道を歩いた体験による)、1988年『アルケミスト』、1990年『ブリーダ』、1992年『ヴァルキリーズ』などを発表。ブラジル国内、欧米諸国に多数の読者がいる。(文庫巻末の訳者によるあとがきから)
2 『アルケミスト 夢を旅した少年』〝O Alquimista〟
原ポルトガル語。英語はじめ多くの言語に翻訳され、ベストセラー。スペインの少年が夢のお告げを信じて宝物を求めてアフリカに渡り沙漠を越えエジプトに行く物語。子ども向けの話のようでもあり、大人向けのスピリチュアル本のようでもある。アマゾンの書評では、高評価と低評価に別れていた。
時代設定は現代と思われるが、書いていない。主人公の少年サンチャゴは、スペインのアンダルシアの羊飼いだ。そこで夢のお告げのようなものを見る。ジブラルタル海峡に臨むタリファの町で夢を解釈するジプシーの老女と謎の老人に促されて、少年は旅立ちを決意する。父親との別れ。羊を売り、海峡を渡ればそこはアフリカ。イスラム教徒たちのいる世界だ。だが、いきなりどろぼうに会い、財産を全て盗まれる。親切なクリスタル商人に出会い住み込みで働き、財産を築く。少年は改めて旅立つべきか、それとも故郷に戻るべきか?
(以下、ややネタバレ)
この後不思議なイギリス人(錬金術を研究している)と出会い、沙漠を行く隊商に参加し、駱駝使い、オアシスの美しい少女、錬金術師、戦争中の軍隊などとの遭遇を経て、人生について気付き、認識を深めていく。以下はここでは書かない。
ドストエフスキーなどに比べれば、深く人生に苦悩する、という内容ではない。が、人生の選択に迷い、何を選ぶべきか? 進むべきか、とどまるべきか? 何に価値を置き、いかに生きるべきか? を人生の途上で考える人にとっては、示唆を受けることができるかもしれない作品だ。一種のスピリチュアルものであり、感覚を澄ませば前兆を感じ取ることが出来る、自分の心に耳を傾けよ、大いなる声が聞こえるだろう、すべてはすでにそこに「書かれてある」などのメッセージが繰り返される。また、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の予備知識のない人にはわかりにくいかもしれないが、予備知識のある人にはぐっと響いてくるだろう。例えば、前述の謎の老人の正体は、セイラムの王メルキゼデックだった。メルキゼデックとは、旧約聖書創世記14の18~にも出てくる。神の祭司であり、アブラハムを祝福する存在。新約聖書ヘブル書7章15では、「イエスはメルキゼデックの位に等しい祭司」と書かれる。つまりメルキゼデックは旧約最大級の祭司なのだ。セイラム(サレム)とはエルサレムのこと。シャローム(平和)という響きもある。この圧倒的な存在が出現し、少年を導く。イスラム教徒も多く出てくる。だが、ユダヤ・キリスト・イスラム教の正統派の教えにつらなる、スピリチュアルに覚醒したあり方が作品中には書き込まれていると感じた。
十代から読める。
(中南米の文学)
ナイポール『ミゲル・ストリート』、ファン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』、フェンテス『アルテミオ・クルスの死』、ガルシア=マルケス『百年の孤独』『族長の秋』、バルガス=リョサ『緑の家』『密林の語り部』『ラ・カテドラルでの会話』、イザベル・アジェンデ『精霊たちの家』、カルペンティエル『失われた足跡』、コルタサル『追い求める男』などなど