James Setouchi

    

V.S.ナイポール『ミゲル・ストリート』小沢自然・小野正嗣 訳 岩波文庫

                               V.S.Naipaul “MIGUEL STREET”

1 作者:V.S.ナイポール 

 1932~2018年。カリブ海トリニダード・トバゴ出身の作家。ノーベル文学賞。1932年、植民地時代のトリニダード・トバゴに生まれる。祖父はインドから移住しサトウキビ農園の労働者になった。父親はジャーナリスト。ナイポールは政府の奨学金を得て1950年にイギリスのオックスフォード大学に入学する。イギリスにとどまり作家となる。作品に『神秘な指圧師』『ミゲル・ストリート』『中間航路』『自由の国で』など。イギリスでブッカー賞(1971年)を受け、またナイトの称号(1990年)を受ける。ノーベル文学賞(2001年)。非西洋社会の「未熟さ」を批判し、西洋中心主義に迎合しているように見えるとさいて批判されてもいる。(岩波文庫の小沢自然の訳者あとがきから)

 

2 『ミゲル・ストリート』1959年。事実上のデビュー作。(以下ネタバレあり)

 ナイポールの故郷トリニダード・トバゴの片隅にあるミゲル・ストリートという小さなスラム街に住む奇妙な住人たちをコミカルに描く。視点人物は少年「僕」。時代設定は1940年代で、まだイギリスの植民地。ヒトラーのドイツとイギリスは戦争をしており、アメリカも加わり、この島にはアメリカ兵も来るものの、ここは戦場にはならず、戦争の悲惨からは免れている。だが人々は基本的に貧しい。犯罪で刑務所に入る、賭けをしてお金をすってしまう、女性に逃げられる、外国に行って一旗揚げようとするが失敗して帰ってくる、腹いせに女房を殴る、詩や学問に憧れるが周囲から理解されない、そもそも仕事ができない、などなど、何をやってもうまくいかない男たちのオンパレードだ。女たちはそんな男に振り回されるが負けずに逞しい。彼らはどこか憎めない。思いやりの心もあり、赤ん坊をみんなで育てたり、傷ついた人を悪し様に言わなかったりする。詩やものづくりにロマンティックな情熱を傾ける人もいる。

 

 ハットは格好をつけたがる。皮肉でしゃれた会話をする。子どもたちを大事にする。そのハットも、愛した女性に逃げられ、すっかり変わってしまう。ポポは大工だが「名前のないモノ」を作ることを夢見ている。バクーは機械いじりが大好きだ。車を見ては解体し修理しようとするが、必ず故障に終わる。このバクーはインド人で『ラーマーヤナ』を朗唱する。いつも女房にひどい目に遭わされる。B.ワーズワースは詩人だ。世界で一番素晴らしい詩を書こうとしているがうまくいかない。タイタス・ホイットは自称教養学士で、幼い「僕」の才能に目をつけ高度な勉強を教えようとする。だが・・・? ローラ(女)は父親の違う子どもを何人も産む。ジョージは何かと女房と子どもを殴る。殴られて育った息子のエリアスはタイタス・ホイットに才能を見いだされケンブリッジ高等学業検定合格を目指す。だが・・・ エドスはゴミ収集車の運転士で、ゴミの山から役に立つものを拾い出す。生まれてきた赤ん坊をプレジャーと名付け町のみんなで育てる。

 

 彼らは貧しいながらもたくましく生きている。だが、やはり悲しい。笑っていても根本には悲しみがある。幼い「僕」はこのミゲル・ストリートで育つ。やがて「僕」は18才になり、金を稼ぐ一人前の男になった。「僕」は大臣の紹介で奨学金を得てイギリス本国に留学することになった。この町と人々を愛しつつも、そこから別れ旅立つことを選ぶ。この話は、「僕」の旅立ちの話でもある。なおMiguelとは天使長ミカエル由来の人名。英語ならマイケル。Miguel Streetには、神に祝福された町、の含意があるかもしれない。

 

3 付言:トリニダード・トバゴは、カリブ海、ベネズエラに隣接する島国。2019年9月現在共和国で、人口は約140万人で滋賀県くらいか。面積は5000平方キロメートルで千葉県よりやや広い。首都はポート・オブ・スペイン。民族は、インド系、アフリカ系、混血が多い。公用語は英語だが、ヒンディー語、フランス語、スペイン語、トリニダード・クレオール語等。宗教はキリスト教、ヒンディー語、イスラム教など。(外務省のHPから) 

 

(中南米の文学)

ファン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』、フェンテス『アルテミオ・クルスの死』、ガルシア=マルケス『百年の孤独』『族長の秋』、バルガス=リョサ『緑の家』『密林の語り部』、イザベル・アジェンデ『精霊たちの家』、カルペンティエル『失われた足跡』、コルタサル『追い求める男』他