James Setouchi

 

ウォルター・スコット『ケニルワースの城』朱牟田夏雄・訳

Walter Scott 〝Kenilworth〟 

 

1 ウォルター・スコット 1772~1832

 三省堂『世界文学大事典』および集英社世界文学全集6『ケニルワースの城』の朱牟田夏雄の解説によれば、エジンバラ生まれ、12歳でエディンバラ大学古典学科に入るほどの秀才。法律家・法廷弁護士・民事裁判所の法廷書記などとして働いた。作品の多くはスコットランドが舞台。歴史小説という類型を作りだした。「詩と文章に伝奇と歴史を編みこんだスコットの物語は、故郷への熱い思いをこめた描写が基調になって」いる(三省堂『世界文学大事典』150頁)。スコットの歴史小説は、バルザック、デュマ、ユゴーらに影響を与えた。代表作は、物語詩『湖上の美人』、歴史小説『ウェイヴァリー』『アイヴァンホウ』『ケニルワースの城』など。49歳の時ナイトに叙せられ、サーの称号を賜った。

 

2 『ケニルワースの城』

 1821年に出た。史実にヒントを得て虚構を交えた歴史小説。時代設定はエリザベス1世時代(16世紀後半)。どこまでが史実でどこからが虚構か? は正確には知らない。エリザベス1世とレスター伯爵ロバート・ダドリーの恋愛、ダドリーの最初の妻エイミーの事故死は、史実のようだ。これに対し、作中に登場し活躍する錬金術師のデミートーリアスやウェイランド鍛冶屋などはスコットが創作した人物であるに違いない。ウェイランド鍛冶屋の伝説はスコットランドには存在しており(ウィーランド、ヴォーランドとも)原ゲルマン民族の伝説の鍛冶屋として語り続けられていた。ゆかりの古墳は、ケルト人やローマ人が渡来する以前、紀元前35世紀以前のものと言われる(バークシャー丘陵にある)。これらの伝承や古墳を小説の中に取り込みながら、スコットは歴史伝奇ロマン『ケニルワースの城』を書いた。

 

 主な登場人物

エリザベス1:女王。聡明で理性的であるが、激しい一面もある。女性としてハンサムで優雅な身のこなしの臣下を寵愛する面もある。国民の人気が絶大であるが、周囲は女王に迎合する者ばかり。読んでいると、独裁の弊害をスコットはこっそりと書き込んでいるようにも見えるが?

レスター伯爵ダドリー:ケニルワース城の主人。若くしてエミーと結婚するが、出世のため既婚の事実を隠してエリザベス女王の寵愛を受けようとする。一方でエミーを愛してもいる。謀臣のヴァーニーに振り回され、悲劇を招く。

ヴァーニー:レスター伯爵の謀臣。伯爵と自分の立身出世のために、平気でウソをつき、言葉巧みに人に取り入り、人を殺すことも厭わない。

トニー・フォスター:ヴァーニーの手下。エミーをカムナー館に軟禁する。

ジャネット:フォスターの娘。エミーの世話係。純粋で聡明な娘。

サセックス伯爵ラトクリフ:武人。レスター伯爵のライバル。

エミー・ロブサート:レスター伯爵の妻。公表する前にカムナー館に軟禁されてしまう。

トレシリアン:エミーのもと婚約者。エミーに捨てられてもエミーに尽くそうとするが…

マイケル・ラムボン:ヴァーニーの手下。酒飲みのならず者。根は悪人ではないのだが…

ウェイランド鍛冶屋:錬金術師。トレシリアンのために秘術を尽くす。

デミートリアス(変名してアラスコ):錬金術師。ウェイランド鍛冶屋の師匠。ヴァーニーと手を組む。

ローレイ:サセックス伯爵の臣下。女王に気に入られる。

 

3 コメント(ネタバレあり)

 歴史ロマン、エンタメとして読めば面白い。日本で言えば『南総里見八犬伝』のようなものか。特にウェイランドとデミートリアスが出てきてからは面白い。また、軟禁されていたエミーがケニルワース城(女王とレスター伯爵の結婚を期待して全国民が祝賀ムードの)に潜り込み、偶然エリザベス女王と直接対決してしまうシーンは面白い。

 だが、エミーは夫を愛するあまり何も言えず、そこから急転直下ヴァーニーたちの手にかかって命を落としてしまう。悪意もなく純情なだけの若い女性が、悪党のヴァーニーやデミートリアスにより監禁され、排除され、殺される。エミーの死は史実なので仕方がないとは言え、読者は地団駄踏むところだろう。味方は駆けつけるがあと一歩で間に合わない。作者スコットは、悪人たちに悲惨な末路を用意してはいるが、エミーやその老いた父親、またもと婚約者のトレシリアンの無念がそれで晴らされるわけではない。 

                                              

(イギリス文学)

 古くは『アーサー王物語』やチョーサー『カンタベリー物語』など。シェイクスピア(1600年頃)『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『リヤ王』『マクベス』『ベニスの商人』『オセロ』『リチャード三世』『アントニーとクレオパトラ』『真夏の夜の夢』『お気に召すまま』『じゃじゃ馬ならし』『あらし』。18世紀スウィフト『ガリバー旅行記』、デフォー『ロビンソン・クルーソー』、19世紀ワーズワース、コールリッジ、バイロンらロマン派詩人、E・ブロンテ『嵐が丘』、C・ブロンテ『ジェーン・エア』、ディケンズ『デビッド・コパフィールド』『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』、スティーブンソン『宝島』、オスカー・ワイルド『サロメ』『ドリアン・グレイの肖像』、コナン・ドイル(医者でもある)『シャーロック・ホームズの冒険』、ウェルズ『タイムマシン』、コンラッド『青春』、20世紀にはクローニン(医者でもある)『人生の途上にて』、モーム『人間の絆』、ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』、ジョイス『ユリシーズ』、ミルン『くまのプーさん』、オーウェル『1984』、ゴールディング『蠅の王』、ボンド『くまのパディントン』、クリスティ『オリエント急行の殺人』、現代ではローリング『ハリー・ポッター』、カズオ・イシグロ『日の名残り』『私を離さないで』などなど。

 イギリス文学に学んだ日本人は、北村透谷・坪内逍遥・上田敏・夏目漱石・芥川龍之介・中野好夫・福田恒存・荒正人・江藤淳・丸谷才一・小田島雄志をはじめとして、多数。商売の道具としての英語学習にとどまるのではなく、敬意を持って英米文学の魂の深いところまで学んでみたい。