James Setouchi
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』
鴻巣友季子訳、河出書房新社 世界文学全集Ⅱ-01
Virginia Woolf 〝TO THE LIGHTHOUSE〟
1 ヴァージニア・ウルフ 1882~1941
ロンドン生まれ。家族は知的エリートだが複雑で兄弟姉妹が8人いた。文芸評論や翻訳を行う。ケインズを含むケンブリッジの若手文化人と交遊。レナード・ウルフと結婚。病と戦いながら執筆活動。第2次大戦中1941年没。代表作『船出』『夜と昼』『ジェイコブの部屋』『ダロウェイ夫人』『灯台へ』『オーランドー』『自分ひとりの部屋』『波』『歳月』『三ギニー』『幕間』など。
ヴィクトリア朝以前の英国文学の作風とは異なる新しい作風、と言われる。しばしばジョイスの『ユリシーズ』同様「意識の流れ文学」の中に位置づけられるが、ジョイスの直接的な内的独白とは異なり、ウルフはこの『灯台へ』で自由間接話法を採用している、と訳者の鴻巣友季子は言う(448~450頁)。
2 『灯台へ』1927年(作者45歳)
自伝的要素を持つ。第1部ラムジー夫人のモデルはウルフの母親、第3部リリーのモデルはおそらくウルフ自身だろう。舞台はスコットランド北西部のスカイ島の別荘だが、ウルフの少女時代、家族は似たような別荘を海岸(こちらはイギリス南西部だが)に持っていた。
構成・文体・内容とも独特で、新時代を画した作品と言われる。第1部は別荘の中の一日で、家族と多くの友人で行うディナーを中心に、人物たちの思いが延々と描かれる。第2部はその後の10年間に家族を襲う出来事を独特な文体で短く描く。第3部は苦難を経て再び同じ別荘に集まった人々の一日を描く。
第1部は、哲学者ラムジー氏とその家族、友人たちが出てくる。ラムジー氏は浮世離れしている。息子のジェイムズは父親に反発している。明日は皆で沖の灯台に行こうね、と楽しみにしているのに、父親は無下にこの天候では無理だ、と却下する。哲学者の友人や学生。絵を描くリリーは自分のビジョンがつかめずにいる。変わり者の老詩人オーガスタス・マイケル。8人の子供たち。彼らを包み込みその都度相手の立場をたてながらディナーをうまくやりくりするラムジー夫人は大変な美女だ。ラムジー夫人はまた夢想家でもある。心中には様々な想念が去来する。窓から灯台の光が見える。
第2部。10年の間に決定的なことが起きる。大切なものが失われる。読者は衝撃を受ける。ここではネタバレしない。文体も荘重だ。
第3部。10年後。リリーはこの家に戻ってきて、ラムジー夫人を思いながら絵を描こうとしている。老詩人オーガスタスがそばにいる。ラムジー氏と少し成長した息子のジェイムズらは船で灯台に行こうとしている。彼らは無事灯台にたどり着くのか。また、リリーは自分の描く絵画を完成させることができるのか。ここではネタバレしない。
なぜ『灯台へ』という題がついているのだろうか? 第1部で沖に見える灯台に行こうね、と息子のジェイソンは願うが、父親によって却下される。灯台にたどり着くことは、苦悩する家族の課題なのだ。父と子の和解も。また、リリーにとっては、自分の絵画を描くことが課題だ。灯台からの光は彼らを照らし続けている。そこにウルフは希望を感じようとしていたのかもしれない。
(イギリス文学)
古くは『アーサー王物語』やチョーサー『カンタベリー物語』などもあり、世界史で学習する。ウィリアム・シェイクスピア(1600年頃)は『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『リヤ王』『マクベス』『ベニスの商人』『オセロ』『リチャード三世』『アントニーとクレオパトラ』などのほか『真夏の夜の夢』『お気に召すまま』『じゃじゃ馬ならし』『あらし』などもある。18世紀にはスウィフト『ガリバー旅行記』、デフォー『ロビンソン・クルーソー』、19世紀にはワーズワース、コールリッジ、バイロンらロマン派詩人、E・ブロンテ『嵐が丘』、C・ブロンテ『ジェーン・エア』、ディケンズ『デビッド・コパフィールド』『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』、スティーブンソン『宝島』、オスカー・ワイルド『サロメ』『ドリアン・グレイの肖像』、コナン・ドイル(医者でもある)『シャーロック・ホームズの冒険』、ウェルズ『タイムマシン』、20世紀にはクローニン(医者でもある)『人生の途上にて』、モーム『人間の絆』、ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』、ジョイス『ユリシーズ』、ウルフ『灯台へ』、ミルン『くまのプーさん』、オーウェル『1984』、ボンド『くまのパディントン』、クリスティ『オリエント急行の殺人』、現代ではJKローリング『ハリー・ポッター』、カズオ・イシグロ『日の名残り』『私を離さないで』などなど。イ
ギリス文学に学んだ日本人は、北村透谷・坪内逍遥・上田敏・夏目漱石・芥川龍之介・上林暁・中野好夫・福田恒存・荒正人・江藤淳・丸谷才一・小田島雄志をはじめとして、多数。商売の道具としての英語学習にとどまるのではなく、敬意を持って英米文学の魂の深いところまで学んでみたい。