James Setouchi 

ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』(平井正穂・訳、集英社文庫)

William Golding  〝Lord of the Flies〟 

 

1      ウィリアム・ゴールディング1911~1993

 イギリス、コーンウォール生まれ。オックスフォードに学ぶ。第二次大戦に海軍士官として参加、ノルマンディ上陸にも参加。『詩集』『蠅の王』『後継者たち』『ピンチャー・マーティン』『自由な顚落』『尖塔』『ピラミッド』など。1983年ノーベル文学賞。(集英社文庫のカバーの著者紹介などから。)

 

2 『蠅の王』1954年出版。当時の読者に衝撃を与える。邦訳初公開は1965年。

 

 (ネタバレあり)大戦中。大海の孤島に飛行機が不時着し、少年たちが取り残される。なんとかのろしを上げて救助を待たなければならないが、食糧を確保する必要もある。少年たちは分裂し戦い悲劇が次々と襲う。少年たちは助かるのか? 少年たちの海洋冒険小説の体裁を取っているが、全く違う。人間の悪意(悪魔性)を描いた、恐るべき小説だ。主な登場人物は次の通り。

 

ラーフ:勇気ある少年。ほら貝を吹き仲間を集め最初のリーダーとなる。のろしを上げ救助を待ち続けようとする。が、ジャックと対立し追い詰められる。

ピギー:ぜんそく持ちで小肥りで気弱だが、良識のある少年。彼の眼鏡で火をおこすことが出来た。ラーフと行動を共にする。が…

ジャック:もと合唱隊の隊長。合唱隊を狩猟隊に組織し、発言力を強化。権力意志が強く、ラーフと対立。顔を塗料で塗って異形の存在となる。

ロジャー:ジャックの取り巻き。

サイモン:宗教的な感性を持った少年。一人で過ごし、予知(霊感)を持つ。ラーフに協力する。山頂の魔物の正体(実は落下傘で不時着した兵士の死骸)を見極めるが…

サム・エリック:幼い双子。ラーフやピギーと行動を共にするが…

 

「蠅の王」:聖書に出てくる悪魔・ベルゼブル。この作品中では、島の平坦な場所に置かれた、棒の上に掲げられた豚の頭の骨。そこに蠅がたかる。これが「蠅の王」だ。蠅の王は敬虔なサイモンに語りかける。「わたしはお前たちの一部なんだよ。おまえたちのずっと奥のほうにいるんだよ!」「わたしらはおまえをひどい目にあわせてやる。」そして、その通りになる。

 

 恐ろしい小説だ。「蠅の王」が支配する島。狩りをし肉を喰らい顔に絵の具を塗りつけて異形の者となって狂気の踊りを踊る少年たち。かれらは熱狂の中で良心あるサイモンを殺害し、良識あるピギーを殺害し、勇気あるラーフを追い詰める。彼らは「蠅の王」に魂を支配されていたのだ。そしてこの話は、無人島の少年たちの話にとどまるのではなく、狂気と戦争にとりつかれた世界の大人たちの話であるに違いない。ラスト、ラーフは辛うじて海軍士官により救出される。救済は突如として外部から来る。そう、キリストの再臨のように。だが、解説の平井正穂氏は言う、「小さな『島』における少年たちの悲劇は終わった。だが大きな『島』における大人たちの悲劇は…まだ終わってはいない。」大人たちは大戦中なのだ。そして、大戦が終わった今もなお…                  

                                                       

(イギリス文学)古くは『アーサー王物語』やチョーサー『カンタベリー物語』などもあり、世界史で学習する。ウィリアム・シェイクスピア(1600年頃)は『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『リヤ王』『マクベス』『ベニスの商人』『オセロ』『リチャード三世』『アントニーとクレオパトラ』などのほか『真夏の夜の夢』『お気に召すまま』『じゃじゃ馬ならし』『あらし』などもある。18世紀にはスウィフト『ガリバー旅行記』、デフォー『ロビンソン・クルーソー』、19世紀にはワーズワース、コールリッジ、バイロンらロマン派詩人、E・ブロンテ『嵐が丘』、C・ブロンテ『ジェーン・エア』、ディケンズ『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』『デビッド・コパフィールド』『大いなる遺産』、スティーブンソン『宝島』、オスカー・ワイルド『サロメ』『ドリアン・グレイの肖像』、コナン・ドイル(医者でもある)『シャーロック・ホームズの冒険』、ウェルズ『タイムマシン』、20世紀にはクローニン(医者でもある)『人生の途上にて』、モーム『人間の絆』『月と六ペンス』、ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』、ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』『灯台へ』、ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』、ジョイス『ユリシーズ』、オーウェル『1984』、リース『サルガッソーの広い海』、現代ではローリング『ハリー・ポッター』、カズオ・イシグロ『日の名残り』『忘れられた巨人』『私を離さないで』などなど。イギリス文学に学んだ日本人は、北村透谷・坪内逍遥・夏目漱石・上林暁・丸谷才一をはじめとして、多数。商売の道具としての英語学習にとどまるのではなく、敬意を持って英米文学の魂の深いところまで学んでみたい。