James Setouchi

 

バルザック『ゴリオ爺さん』  

Honoré  de Balzac  〝Le Perè Goriot〟

 

1 オノレ・ド・バルザック 1799~1850

 フランスの作家。トゥール市生まれ。パリ大学法学部に学び、見習い書記の仕事などをする。創作を行う傍ら出版業、印刷業、活字鋳造業などに手を出すが失敗。銀鉱開発や雑誌経営も試みるが失敗。債権者に追われる。その中で多くの傑作を残した。1850年没。代表作『ピラーグの女相続人』『ふくろう党』『結婚の生理学』『ウージェニー・グランデ』『ゴリオ爺さん』『谷間のゆり』『老嬢』『幻滅』『従妹ベット』『従兄ポンス』『現代史の裏面』などなど。彼の主な作品は『人間喜劇』という全集に収められる。(集英社世界文学事典の高山鉄男の解説などを参考にした。)

 

2 『ゴリオ爺さん』

 1835年刊行。作者36歳。当時は1830年の7月革命後である。モームが「世界の十大小説」の一つに選んだ。非常に面白いことは間違いない。

 

 時代の設定は1819年。つまりナポレオンがワーテルローで敗退して数年後でありウィーン体制下である。パリには古い貴族、新興の金持ち、貧しい一般庶民らがいた。フランス革命のとき暴威を振るった革命派は今は没落している。

 

 場所はパリ。ナポレオン三世がパリを改造する前のパリだ。舞台となる下宿屋は、ヌーヴ・サント・ジュヌヴィエーヴ通りの下手で、ヴァル・ド・グラース(今は陸軍病院がある)とパンテオン(今は墓地がある)の間の街々が密集している場所にある、と本文にある。セーヌ川南岸のリュクサンブール公園より東、植物園より西のどこかであろうか。気の滅入る陰鬱な場所だった、と作品は描写する。社交界の華やかさの対極にある場所だ。「花の都パリ」という言葉に幻惑されてはいけない。大都会で華やかなのは一部で、一方にはこういう場所が沢山あると考えた方がいい。

 

 社交界の人々の豪華な邸宅も描写される。ボーセアン子爵夫人の邸宅はサンジェルマン通りにあり、セーヌ川南岸の高級住宅街で名門の貴族の住むところのようだ。皆が憧れる。レストー伯爵夫人の邸宅はショセ・ダンタン地区で、セーヌ川北岸で今のオペラ座の近く。邸宅街だがブルジョワ的だった、と注釈にあった。つまり「成り上がり」色が強い。ニュシンゲール男爵夫人の邸宅はサン・ラザール通りで、これもセーヌ川北岸でオペラ座の近く。男爵はドイツ系銀行家なのでより「成り上がり」色が強いのか。

 

 登場人物は(極力ネタバレを抑えた)

 

(1)下宿屋の人々・・・ゴリオ爺さん:下宿の4階に住む貧しい老人。おとなしく善良。年若い愛人がいると誤解されたが、実は美しい娘が二人いた。娘たちを溺愛。若いころは実業で巨富を築いたが財産はすべて娘につぎ込んだ。/ヴォケェ夫人:下宿屋の主人。/クーチュール夫人とヴィクトリーヌ・タイユフェル:下宿屋の2階に住む。ここの住人の中では比較的金持ち。若い娘ヴィクトリーヌは父との関係で悩んでいる。/ポワレ老人:3階に住む。/ヴォートラン:3階に住む。魅力的でもあるが得体のしれない人物でもある。ラスティニャックに世間というものを教えようとするが…/ミショノー嬢:4階に住む老嬢。/ウージェーヌ・ラスティニャック:4階に住む学生。一家の期待を背負って地方から出てきた。社交界に憧れ出世しようとする野心家。/クリストフ:下男。/シルヴィー:料理をする女。

 

(2)社交界の人々・・・ボーセアン子爵夫人:ラスティニャックの親戚でパリ社交界の花形。ラスティニャックを社交界に導く。/アナスタジー・ド・レストー伯爵夫人:ゴリオ爺さんの上の娘。華やかな女性。/デルフィーヌ・ニュシンゲーヌ男爵夫人:ゴリオ爺さんの下の娘。華やかな女性。夫はドイツ系銀行家。/アジュダ・ビント侯爵:ポルトガルの貴族。ボーセアン子爵夫人の愛人。/マクシム・ド・トラーユ:レストー伯爵夫人の愛人。/ド・マルセー:ニュシンゲーヌ男爵夫人の愛人。

 

(3)その他・・・ビアンション:ラスティニャックの友人。医学生。

 

 ゴリオ爺さんは娘を溺愛する。フランス語のLe Perèは「父」なので『ゴリオ父さん』『父ゴリオ』と呼ぶべきでは? 妻が早世した後残された美しい娘二人を溺愛するのが「父・ゴリオ」の生き甲斐だった。娘を持つ父親なら多少とも思い当たる節があるだろう。だが、父ゴリオは、果たしていい父親なのか、偏愛した挙げ句娘を損ねた父親なのか。娘二人は社交界の花形となるが…その裏では何が起こっているのか? その結果は? 

 

  若きラスティニャックは社交界にデビューしその華やかさに幻惑されつつも同時にその欺瞞性を体験していく。社交界の華やかさを支えているのは金だった。下宿屋の人々も貧しく、金に追われる。無責任な噂話。社交界も下宿屋も結局同じ。その中で善良な人は押しつぶされていく。嘘をついて他人を利用し踏みつけにする人間がのさばる。19世紀パリにおいてものを言うのは、家格、金、噂話、巧みな会話術、見た目の美しさ。おや? 21世紀のどこかの国のことのような…?

 

(フランス文学)ラブレー、モンテーニュ、モリエール、ユゴー、スタンダール、バルザック、フローベール、ゾラ、ボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、マラルメ、カミュ、サルトル、マルロー、テグジュペリ、ベケット、イヨネスコ、プルースト、ジッド、サガンなどなど多くの作家・詩人がいる。中江兆民、永井荷風、萩原朔太郎、堀口大学、島崎藤村、与謝野晶子、高村光太郎、小林秀雄、横光利一、岡本かの子・太郎、遠藤周作、渡辺一夫、大江健三郎、内田樹らもフランスの文学・思想に学び、多くを得た。