James Setouchi

 

R6.4.23

 

薦めてみる本 マーガレット・ミッチェル『風とともに去りぬ』

       Margaret Mitchell“GONE WITH THE WIND

         (集英社世界文学全集、大久保康雄・訳、1968年 で読んだ。)

 

1 マーガレット・ミッチェルMargaret Mitchell 1900-1949(以下MMと略記)    

 アメリカの作家。ジョージア州アトランタに生まれる。父は弁護士、母は南軍の大尉の娘。医学を志し北部のカレッジに入学するが母の死去により家に戻り家事に従事。一度結婚するが離婚。アトランタ・ジャーナル誌に入社し雑誌編集、執筆。同僚と再婚。26才で会社を辞す。二十代後半から三十代にかけて『GWTW』を書く。1936年出版、大ベストセラーとなる。世界各国語にも翻訳された。1949年交通事故で死去。(集英社世界文学全集の巻末の竹内道之助編の年譜を参照した。)

 

2 『風とともに去りぬ』“GONE WITH THE WIND ”(以下WWTWと略記)

 (かなりネタバレを含む)

 世界的ベストセラー。「聖書の次に売れた本」とも。日本語訳で入手しやすいのは荒このみ訳(岩波文庫)、鴻巣友季子訳(新潮文庫)だが、私は昔の大久保康雄訳が家にあったのでそれを読んだ。訳者によって味わいが違うだろうが訳本同士の比較はしていない。

 

 大衆・通俗小説ではある。ドストエフスキーのように神や罪を問う内容はない。または乏しい。プルーストやフォークナーのような、語り手が過去を想起する中で現在と過去が重層的に語られる文体でもない。(英文で読んでないので何とも言えないが。)この点読みやすい。長くて何日もかかるが、面白いことは面白いのだ。途中からは目が離せなくなる。終盤はずしりと重い。読んで損はない。但し長いので、忙しい人には難しいかも知れない。

 

 スカーレット・オハラは、南部の豊かな農場主の娘。美人ではないが魅力的だ、という設定だ。情熱的で男を魅了する。自己中心的でプライドが高く金のために妹の婚約者を奪うことまでする。それも家族を養い故郷タラ(ジョージア州のアトランタ以南の架空の土地)の農場を守るためという大義名分が本人にはある。スカーレットにはただ一人心に決めた思い人がある。アシュレ・ウィルクス。静かで読書と芸術を好む青年だ。だが、アシュレは大人しいメラニーと結婚してしまう。スカーレットは腹いせに大人しい金持ちのチャールズと結婚してしまう。しかも略奪婚。その後もスカーレットはアシュレを思い続けるが・・

 

 メラニー・ハミルトン・ウィルクスは聖女に近い女性だ。穏やかで、他の人の長所しか見ない。誰からも尊敬されている。スカーレットにはメラニーの善さが見えない。それでも、南北戦争の混乱のさなか、アシュレのために、メラニーとそのお腹の子を守るべく、スカーレットは命がけで奮闘努力する。メラニはスカーレットを命の恩人とし、スカーレットを傍らで支え続ける。まるでスカーレットの母親のように。アシュレとメラニーの子がボン(男児)。

 

 アシュレ・ウィルクスはスカーレットの思いに応えない。アシュレはメラニーと結婚しており、アシュレは南部の古き良き道徳倫理を守っているのだから。それでもスカーレットはアシュレを追いかけ続ける。すでに夫がいて子どももいるのに、スカーレットはアシュレのことばかり考えている。アシュレはスカーレットの目には理想の男性であり続けた。だが・・

 

 すべてを目撃していた男がいる。レット・バトラー。スカーレットより17才も年上だ。海岸地方の良家の出だが、事情があって故郷を出て海賊まがいのことをしている。アウトローとみなされており、上流社会ではすこぶる評判が悪い。レットはなぜかスカーレットを気に入り、何かと彼女の周りに出没し、からかいながらも助けてくれる。短気なスカーレットはレットに腹を立てながらも、かなわない。レットにはすでに心の秘密を見抜かれており、何でも打ち明けられる。レットはやさしいお父さんのような存在なのか。だがレットは実はスカーレットを愛しておりアシュレに嫉妬している。

 変遷を経て、スカーレットは大金持ちのレットとついに結婚する。ここからが重い。二人の間にできた子ども、ボニー(女児)をレットはかわいがる。スカーレットは子どもをかわいがる習慣がない。スカーレットは金のため事業のために家庭を顧みず働いてきたのだ。やがて悲劇が起こる。ここから先は言わない。読者が各自考えて受け止めるべきところだろう。

 

 私自身は、スカーレットの思い込みの激しさと短慮が悲劇を生んだと考える。それでもスカーレットは言う。「明日はまた違う日なのよ」(大久保訳では「明日はまた明日の陽が照るのだ」)と。スカーレットは性懲りもなく同じ事を繰り返すのか、それとも新しく生まれ変わるのか。後者であってほしいが、私は前者のような気がする。彼女は懲りない女なのだ。

 

 本作は、ただの恋愛小説ではない。背景を南北戦争時代にとり、様々な社会問題が書き込まれているので、アメリカ社会とは何なのかを考える材料になる。

 

 南北戦争は悲惨な内戦だった。南部は敗者であり、この点、幕末の戊辰戦争における幕府および東北地方、あるいは、日米戦争における日本の立場と近い。敗戦後も占領政策で南部は痛めつけられる(と本文にある)。敗者としての南部と東北と日本を比較してみるのもよい。よく読むと、スカーレットたちが愛しているのは故郷であり、その心情はナショナリズム(愛国心)と言うよりはパトリオティズム(愛郷心)と言うべきだ。だが、本作ではその区別はあいまいなまま、故郷への思いは南部同盟という戦争主体への忠誠にたやすくからめとられる。MMはこの区別がついてないのか。さらには、国家だけが人の拠り所であるべきか? とも問うべきだ。ローマ市民・パウロは「私の国籍は天国にある」と言った。南部も北部もない所に立つのはレットだが、彼もまた南部の情熱に絡め取られる。

 

 原作者MM自身は南部びいきで、黒人奴隷解放に対しても批判的な印象が本作からはうかがえる。この点普遍的な人間平等の精神に立つ今日の我々の立場から言えば、差別小説と言える。ただしMMは、「北部から来たヤンキーたちは、南部での黒人奴隷のあり方について偏見しか持っていない、ヤンキーは理念では黒人奴隷を解放すると言いながら実際には黒人と暮らすのを嫌がる、南部では家庭内の黒人奴隷は家族のような存在だった」と繰り返し描写し、ヤンキーを批判する。田舎のマミーやアトランタのピーターじいさんなどはたしかに家族的な存在だ。いろいろと「やらかす」スカーレットの尻拭いもしてくれる。だが、だからといって奴隷制度を残していいはずはない。解放された黒人奴隷が都市に集まって仕事もなくぶらぶらしているのなら、教育と仕事を提供すればいいのだ。(アシュレはこれに気付き本作末尾のあたりで「工場で解放黒人を雇う」と言っている(57章)。MMは一応これを書き込んでいる。だが、詳しくはない。多くの読者は読み落とすのではないか。)

 

 (ほぼ同時代、ロシアでは1861年に農奴解放があった。解放された農奴たちはたちまち資金を失ってペテルブルクなどの大都会に流入。『罪と罰』の事件はペテルブルクの下町で起こった。但し起こしたのは解放農奴ではなく白人の、もと学生ラスコーリニコフだ。)

 

 ク・クラックス・クラン(KKKも出てくる。物語はKKKについて何度もほのめかし、やがて大事件に発展するので、MMはKKKについて意図的に書き込んでいると言える。ネタバレだが、アシュレも含めアトランタの南部の男たちはKKKに加担していた! それは一つには流れ者のヤンキーや解放奴隷たちの暴力から婦女子を守るためだった。スカーレットも危ない場面があった。本作の言い分では、ヤンキーたちの作った政府が腐敗しているので、南部の者たちはひどい目に遭っている。実力で自衛するしかない。ここにも日本とは違うアメリカがある。彼らは銃で武装し自警団を作り場合によっては非合法の手段を行使する。日本では、昔の武士ならいざ知らず現代の大多数の日本人にそれはない。日本はおおむね治安が良く、警察組織が信頼できる、ということだ。(アメリカでは、21世紀初めにもトランプ支持の一派が国会に突入した。)スカーレットを襲ったのは流れ者の白人と黒人。その時スカーレットを守ったのは旧知の黒人ビッグ・サムだった。話は白人対黒人という単純な図式ではない。だが、それでも、暴力はいけない。アシュレとレットはそれに気がついたのでKKKを解散させた、と末尾近くで明かされる(58章)。

 

 スカーレットは(家族と故郷を守るためとはいえ)金のために金持ちのフランク・ケネディと再婚し(しかも妹から婚約者を奪う略奪婚)、製材所では良質な材料を安く買い粗悪な製品を高く売り囚人を使役して金持ちになる。彼女は世俗的で、即物的だ。現代の強欲な資本主義者たちの原型を見るようだ。メイウェザー夫人はアトランタの誇り高い貴婦人だが戦後は生活のためにパイを売って成功。そのやり方はスカーレットのように悪どくはない。メラニーは体が弱く精力的に働くことはできないが思いやりがあり困っている人を助け続け大変人望がある。スカーレットは子どもをかわいがらない。代わりにメラニーが大切に養育してくれる。

 

 スカーレットは(旧弊な人々の反発を受けながらも)新時代のアメリカの働く女としての生き方を切り開いたのかもしれないが、メラニー時代・社会を越えて存在する普遍的な人間としての尊いあり方(に近いあり方)を示したと言えるのかも知れない。但し略奪に来たヤンキーの兵士をスカーレットが射殺したとき死体を埋める手伝いをしたりしたので、聖女そのものとは言えない。アシュレとスカーレットの微妙な関係を知りつつスカーレットを守りぬくなど、聖女と言うよりもほとんどバディのような存在になる。

 

 スカーレットの妹のスエレンはウィルという貧しい農民出身の南部兵と(これも戦前の常識では考えられないことだったが)結婚し、故郷で農場を経営する。末の妹のキャロラインは修道院に入る。(但しキャロラインについてはあまり語られていない。)敗戦後の南部女性(白人だが)の様々な生き方が示されている。それが現代のアメリカの女性の生き方の多様性につながっているのだろう。

 

 題名GWTWは、何が風とともに去ったのか? 南北戦争を経て、南部の美しく豊かで安心できる世界が去った、スカーレットの少女時代が去った、いや、それだけではない、スカーレットの奮闘努力の人生の果てに、スカーレットが追い求めてきたアシュレのまぼろしやレットの愛が去った、・・・では、明日はどういう風が吹きどういう太陽が昇るのだろうか?

 

補足:

 北部対南部の図式だけでなく、南部における都市アトランタ対田舎(タラ牧場)の図式もある。アトランタは南北戦争で変貌する。タラは搾取され荒廃する。アトランタは今はコカ・コーラの町だ。あの五輪を想起したい。

 

 同じく南部出身で南部を舞台にした、フォークナー(MMとほぼ同世代)の『八月の光』『アブサロム、アブサロム!』と比べたらどうか。

 

 本作では南部が民主党、北部が共和党になっている。リンカーンは北部共和党。共和党が黒人奴隷を解放した。但し普遍的な人権意識と言うよりも政略的な「解放宣言」だったことは今日では知られている。現代ではトランプが共和党、バイデンが民主党。民主党支持は東海岸や西海岸に多く、まんなかあたりは共和党だ、とトランプVSヒラリーの時は言われたものだが・・?                 

 

そのほかの登場人物:(読むための手引き)

(故郷タラとその周辺)

ジェラルド・オハラ:スカーレットの父。アイルランドからの移民で、一文無しから今の農場を作り上げた。

エレン:スカーレットの母。東海岸サヴァナの、フランス系の名門ロビヤール家の子女。フィリップという思い人に捨てられ、ジェラルドと結婚。やさしく上品で黒人奴隷たちをも大切にする。南部の夫人の理想のような女性。

スエレン:スカーレットの妹。婚約者のフランク・ケネディを姉に奪われるが、のちウィルと結婚し農場を経営する。

キャリーン:スカーレットの末の妹。婚約者が戦死、のち修道院へ。

マミー:オハラ家の黒人奴隷。エレンの少女時代からずっと仕えている。

ポーク:オハラ家の黒人奴隷。ジェラルドに忠実に仕える。

ディルシー:オハラ家の黒人奴隷。その娘がプリシー。

チャールズ・ハミルトン:大農場主ハミルトン家の子。ハネー・アシュレとの婚約発表目前に、スカーレットに誘惑され結婚。すぐ南北戦争で戦死。男児ウェードが残された。

ハネー・ウィルクス:アシュレの妹。婚約者チャールズをスカーレットに奪われる。

インディア・ウィルクス:アシュレの妹。恋人のスチュアートをスカーレットに奪われる。

キャスリーン・カルヴァート:南部カルヴァート家の娘。金髪。母親は北部出身。のち白人ヒルトンと結婚。

ヒルトン:カルヴァート家の農場監督者。ヤンキー。

ビアトリス夫人:大農場主タールトン家の夫人。馬を愛している。

トニー・フォンテーン:フォンテーン家の子。のちKKKがらみの事件で出奔。

スラッタリー家:南部のプアホワイト。

ジョナス・ウィルカースン:オハラ家の農場監督。北部生れの白人で不品行により追放されるが・・・

 

(アトランタ)

ピティパット叔母:アトランタ在住。チャールズの叔母。そこのじいやがピーター。

ヘンリー・ハミルトン:アトランタ在住。ピティパット叔母の兄。

メリーウエザー夫人エルシング夫人ワイティング夫人:アトランタの上流夫人。

ミード医師:アトランタの医師。

ベル・ワットリング:アトランタの派手な女。売春宿を経営。

フランク・ケネディ:中年男。アトランタの材木商店主でスエレンの婚約者だったが、金に目をつけたスカーレットが誘惑し結婚。二人の間にはエラ・ロレーナという女児が生まれた。KKKの事件に関連して死亡。

アーチー:謎の男。実は妻殺しの罪で40年間服役してきた。メラニーには忠実で、婦人たちの用心棒を務める。

ブロック知事:北軍サイドの知事。

 

(東海岸のサヴァナ)

ポーリン伯母、ユレーリ伯母:エレナの姉たち。フランス系上流婦人。

 

(東海岸のチャールストン)

バトラー大奥さま:レットの母親。上流婦人。

 

(アメリカ文学)エドガー・アラン・ポー、ラルフ・ワルド・エマソン、ソロー、ストウ夫人、ホーソン、メルヴィル、ホイットマン、M・トゥエイン、オー・ヘンリー、ドライサー、ジャック・ロンドン、T.S.エリオット、パール・バック、フィッツジェラルド、ウィリアム・フォークナー、アーネスト・ヘミングウェイ、マーガレット・ミッチェル、ジョン・スタインベック、トルーマン・カポーティ、ヘンリー・ミラー、サリンジャー、ノーマン・メイラー、ジョン・アップダイク、フィリップ・ロス、レイモンド・カーヴァー、ティム・オブライエンなどなどがある。