James Setouchi

 

R6.4.14  

マルセル・プルースト『失われた時を求めて』から『コンブレー』『スワンの恋』

    Marcel Proust 〝Combray〟〝Un Amour de Swan〟

 

1        マルセル・プルースト1871~1922

 フランスの作家。『失われた時を求めて』で有名。パリ近郊の生まれ、父親は医学者でパリ大学教授。母親は株式仲買人の娘で、ユダヤ系。(プルーストはカトリックの幼児洗礼を受けた。)病弱で、父親の故郷イリエ(パリの西方100キロメートルほどのところにある田舎町)にしばしば滞在。そこには父親の親族である伯母らがいた。青年期には文学、ブルジョワ、貴族など各種サロンに出入りした。ロベール・ド・モンテスキウ伯爵とも交わる。ラスキンの翻訳やサント=ブーヴ批判の文章を書いたりしていたが、1913年から『失われた時を求めて』の執筆・出版を行う。大幅な加筆・訂正を試み、1922年未完のまま永眠。(集英社世界文学全集巻末の鈴木道彦の解説ほかによる。)

 

2 『コンブレー』『スワンの恋』(長編小説『失われた時を求めて』の冒頭部分)(ややネタバレ)(鈴木道彦の訳で読んだ。)

 プルーストの『失われた時を求めて』は20世紀最高の小説の一つと謳われているが、とにかく長く(世界一長いそうだ)、読めたものではないと考えていたので、今まで手を出さずにいた。今回初めて試みる。家に鈴木道彦による縮約版があったのでこれを用いた。すなわち、『失われた時を求めて』全編を通読してはいない段階でこれを書いている。長編『失われた時を求めて』のうちなぜ上記二編を縮約したかについては、鈴木道彦が「『コンブレー』は冒頭部分であって『失われた時を求めて』全編を支える構造が集約的に示されている」「『スワンの恋』は独立した一編の小説の体を成し、『失われた時を求めて』のひな形とも見える部分だ」とする旨述べている。

 

 『失われた時を求めて』の全体の構成は、第一編スワンの家の方へ(第一部 コンブレー、第二部 スワンの恋、第三部 土地の名・名)、第二編花咲く乙女のかげに(第一部 スワン夫人をめぐって、第二部 土地の名・土地)、第Ⅲ編ゲルマントの方、第四編ソドムとゴモラ、第五編囚われの女、第六編逃去る女、第七編見出された時、となっている。辞書的知識によれば、末尾は冒頭と呼応している。

 

 『コンブレー』は、語り手「ぼく」が夢うつつで過去を回想するシーンから始まる。当初は何を書いているのかわからない。読み進めば、どうやら語り手は現在大人で、コンブレーという田舎町(架空の町。父の故郷イリエがモデル。今はプルーストにちなみイリエ=コンブレーと改名している)での幼年時代を回想して描写していく。当時は19世紀末頃(いわゆるベル・エポックの時代)だろうか? 「ぼく」は幼く、ママの愛情を欲している。大叔母や叔母たち、使用人たちがいる。近隣のスワンさんがやってくる。何か家庭の事情がありそうだが子どもの「ぼく」にはよくわからない。家からは「スワンの家の方」と「ゲルマントの方」という二つの道が延びている。家族で散歩をする。季節の花の描写が実に美しい。作者は視覚と色彩に強い人に違いない。

 

 『スワンの恋』は、『コンブレー』よりも時代を遡る。上記の隣人シャルル・スワン(ユダヤ人の金持ち)が若い頃パリの社交界でオデットという女性に恋をし、振り回され、失恋する経過を描く。かなり面白い。富裕なヴェルデュラン夫妻の主催するサロンに出入りする面々との関わり、自称上流・中産階級の社交の虚栄心といやらしさ、スワンのオデットに対する狂熱ぶりなどが詳細に描き込まれる。スワンの不幸な愛情は、しかし社交界の虚しさに比べればよほど意義あるものなのかもしれないと思えてきた。スワンは多くを失う。過程で芸術論も展開される。同性愛についても触れてある。作者プルースト自身が同性愛だったという。(当時の西欧では同性愛は禁忌。)

 

 一文一文が極めて長い。訳者は努力しているが、それでも今の若い読者にはついていけないだろう。もっと簡単な訳文にするべきなのかもしれない。だが、語り手の繊細な感覚で捉えた外界や語り手自身の複雑な思念を描きこむにはこれくらいの文書の長さが要るのかもしれない。騒がしくない環境で読みふけるべき本。読んでいるうちに、外国の上流階級の話ではない、自分のことでもある、と思えてくる。今後『失われた時を求めて』全編に挑戦してもいいという気にはなっている。  

                    

(フランス文学)ラブレー、モンテーニュ、モリエール、ユゴー、スタンダール、バルザック、フローベール、ゾラ、ボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、マラルメ、カミュ、サルトル、マルロー、テグジュペリ、ベケット、イヨネスコ、プルースト、ジッド、サガンなどなど多くの作家・詩人がいる。中江兆民、永井荷風、萩原朔太郎、堀口大学、島崎藤村、与謝野晶子、高村光太郎、小林秀雄、横光利一、岡本かの子・太郎、遠藤周作、渡辺一夫、大江健三郎、内田樹らもフランスの文学・思想に学び多くを得た。