James Setouchi

 

2024.6.7 曽野綾子『残照に立つ』文春文庫

 

1        曽野綾子(1931~)

 昭和6年(1931年)東京生まれ。聖心女子大出身。(戦時中一時金沢に疎開。)三浦朱門、山川方夫らと交わり文壇デビュー。カトリック信徒。一時日本財団の理事長も務めた。小説『遠来の客たち』『わが恋の墓標』『二十一歳の父』『ぜったい多数』『幸福という名の不幸』『太郎物語』『至福 現代小人伝』『虚構の家』『神の汚れた手』『この悲しみの世に』『哀歌』、沖縄戦没女学生を扱ったノンフィクション『生贄の島』、随筆『誰のために愛するか』『私を変えた聖書の言葉』『愛と許しを知る人々』『心に残るパウロの言葉』『夜明けの新聞の匂い』などなど、多数の著作がある。キリスト教信仰に基づく著作が多いが、保守的でシニカルな論も展開する。沖縄集団自決に関しても発言した。

 

2 『残照に立つ』1976年『週刊女性』連載、1977年主婦と生活社刊行、1979年文春文庫(文春文庫で読んだ)

 

 本作が連載された昭和51年に曽野綾子は45歳。語り手の家政婦・梅田文子は49歳「奥様」朧谷幹子(おぼろや みきこ)は60歳。幹子は昔憧れた人が戦死した(129頁)とあり、仮に幹子が1916年生まれ、舞台設定が1976年だとすると、終戦時幹子は29歳、梅田文子が18歳で、何とかつじつまが合う。(仮に幹子が1926年生まれだと、舞台設定は1986年になり、発表時点から見ると近未来小説になってしまうが、作家は詳細に計算して書いてはいないと思われる。)

 

 梅田文子が三浦半島の逗子の金持ち(ブルジョワ)の朧谷家に家政婦として住み込み見聞したことを語る、というスタイルになっている。朧谷家の主人は俊太郎65歳(銀行の取締役)、妻(専業主婦)幹子60歳、息子の駿30歳は銀行員で独身寮に住む、クリスチャン。娘の瞳35歳は夫の原科光一34歳(五井商事のエリートサラリーマン)、娘の麻子7歳と同じ敷地内の別館に住む。

 

 文子の話相手は主に「奥様」の幹子。幹子は心臓が弱いが鋭い観察眼を持っていて、様々なことを批評する。「奥様」の幹子は富裕層の専業主婦としていわゆる恵まれた豊かな生活をしており何の苦労もないように見えるが、自分には本当に生きるということがなかった、そうさせたのは夫だ、との思いがあり、家政婦の文子に語る。

 

 家政婦の文子は、生活のために働き様々な家庭を見てきた経験から、「奥様」の言い分に対して「奥様のお考え違いじゃございませんでしょうか。」などと控えめに意見を付け加えることもある。

 

 「奥様」幹子の生活は静かに見えて、周囲には様々なことが起こる。夫の妹の説子(幼稚園の園長)が倒れる。娘の夫・原科光一が海外赴任先で不倫をしているそうだ。娘の瞳は佐分利幸治という18歳の少年と交際しているようだ。近所の奥平家では弱視の娘を父親が溺愛しているらしい。息子の駿に縁談があるが他に言い寄る女性がいるらしい。近所の高木夏子は家が火事になり寝たきりの夫が焼死、向かいのドイツ文学者との不倫も想定できる、やがて高木夫人は東京に転居しフランス語講師となる、そこで知りあった五井商事の藤野に大金を貸すが返して貰えない、高木夫人はクーパーという知人ができた、クーパーはヨット乗りだ。これらの外界の刺激に対し「奥様」幹子は、うらやましいと感じたのか、自分には何もなかった、などと嘆く。・・・

 

 ・・・だが、病で死にかかり蘇生した日、(ここはもっと明確に書き込んでほしかったが、最終回で紙数不足か、書き込み不足だ、)幹子は「私は本当に、いい生活さして頂いたのよ」と語る(291頁)。幹子は生と死の極点を越えて、人生を達観したのだろうか。こうして「奥様」文子は死んでいく。家政婦・文子は、「奥様」は最後には「人生の残照に立って」様々なことが透徹したまなざしで見えたに違いない、「自分の人生は失敗だった」と感じても、同時に、「奥様」には「どんな一生を送っても失敗だったことも、恐らくよくおわかりだったに違いない」と言う(295頁)。

 

 『週刊女性』の連載で、軽いタッチで書いてある。様々な女性の姿がオムニバス的に並列されている。一つ一つの考察はさほど深くはない。所詮週刊誌の読みものとも言える。「奥様」幹子の、様々な女性に対する批評が一筋縄ではない点が面白い。曽野綾子は幹子の口を借りて様々な女性を批評しているのかもしれない。『週刊女性』の読者は自分や周囲を見回し「思い当たる節があるわね」と思いながら読んだに違いない。

 

 だが大枠としては、「富裕層の専業主婦」は冒険的な人生がなく本当に生きているとは言えない、これからの女性は社会に出て異性とも接触し冒険的な人生に挑んで見る方がよい、(逆に専業主婦でも物質的に苦労がないならそれはそれでいいではないか、)と言っている、と読めてしまう書き方だ。もちろん曽野綾子はそんなに単純なことを言うつもりはない、と言われるだろう。だが、1970年代の女性の社会進出の言論潮流(言論潮流は女性の社会進出、実態はまだまだ)に乗って安易に書いている感もある。なお家政婦の梅田文子の生活については、当時は、戦災で多くを失った結果「住み込みで働く」人は結構おられたので、その現実を想起しながら読者は読んだだろう。

 

 令和初年の現代、諸般の事情で否応なく物質的にも不安を抱えつつメンタルにも引きこもり人生を送っている人が沢山いる。「私は戦争もあって本当に苦労して歯を食いしばって頑張ってきたのよ。今の子は甘いわ」と語る人には、わかりにくい事態が起きている。その現代人の苦しみには、本作は届いていない。現代ではここが大事なポイントで、現代のキリストはそこにタッチするのではないか? と私は感じている。いかがですか。曽野先生?