James Setouchi

 

2024.6.9アンドレ・マルロー『征服者』渡辺一民 訳

    André Malraux“Les Conquérants”

 

1        アンドレ・マルロー(1901~1976)

 1901年パリに生まれる。家庭の事情は複雑。コンドルセ・リセを出て東洋語学校に学びつつ書店勤務。散文や批評を発表。1923年破産、アンコール・ワット近くの文化財の窃盗用具でプノン・ペンで逮捕される。一審は禁固3年。1925年サイゴンで雑誌発行。1926年『西欧の誘惑』、1928年『征服者』、1930年『王道』、1931年アジア旅行、1933年『人間の条件』(ゴンクール賞)、1934年ソヴィエト作家会議に出席、1935年反ファシズム運動推進、1936年スペイン市民戦争に義勇軍として参加、1937年『希望』、1939年大戦で動員、1940年捕虜となるが脱走、1942年『アルテンブルクのくるみの木』、反ナチス抵抗運動のマキの指導者に、1944年フランス国内軍の旅団長に、1945年ド・ゴール政府の情報大臣(翌年辞職)、1947年ド・ゴールの国民宣伝委員長に、1951年『沈黙の声』、1957年『神々の変貌』第1巻、ド・ゴール内閣成立で入閣、1959年第五共和国の文化大臣に(69年まで)、1960年来日し「フランスをして大和魂の受託者」たらしめよ、と発言、1974年来日し那智や伊勢を訪れ「日本的霊性は開かれている」と発言(注)、1976年死去。(集英社世界文学全集の巻末年表、竹本忠雄の2023年5月22日の日仏会館・フランス国立日本研究所での講演などを参照した。)

(注)「大和魂」「日本的霊性」の言葉にマルローが何を見ていたかは、別に論考が必要になろう。

 

2 『征服者』(舞台は、1925年、孫文が国共合作し広東に国民政府を作り3月に死去。その後の6~7月。)

(登場人物)

わたし:語り手。フランス人。リセの友人ガリーヌに招かれサイゴン経由で1925年夏の広東へ。

ガリーヌ(ピエール・ガラン):ジュネーヴ生まれ。(父はスイス人、母はユダヤ系列ロシア人。)広東で国民党宣伝部、警察を掌握している。思索的で孤独な人物。

ボロディン:広東の国民政府の政治顧問。コミンテルンから派遣された。(実在)

ジェラール:フランス人。インドシナ在住。ガリーヌの協力者。

ランベール:「わたし」とガリーヌのリセの先輩。国民党の孫文の協力者。ガリーヌをアジアに導く。

レベッチ:イタリア人。商人。ガリーヌの協力者。過去に児童人形の行商をしていた。テロリストの洪を育てた。

:貧困層出身のテロリスト。富裕層・エリートを憎み暴走する。

孫逸仙:孫文。国民党革命の中心人物。1923年以降「連ソ、容共、扶助工農」の政策。1925年3月死去。(実在)

蒋介石:ここでは広東の軍官学校校長。(実在)

ニコライエフ:広東の国民党政府の国家警察委員。肥った男。

クライン:ドイツ人。広東の広域ストライキの指導者の一人。

陳戴:国民党右派の指導者。中国の伝統的倫理観を有し私欲なき人として非常に尊敬されている。

陳チュンミン:軍閥。イギリスの資金で広東の国民党と敵対。(実在)

唐将軍:軍隊の総司令官。ガリーヌ、ボロディンらと敵対。広東の国民政府を制圧しようとする。

馮了東:軍隊の総司令官。同上。

毛霊武:国民党の演説者。

:労働組合の指導者。

ミロフ:医者。

 

(コメント)

 「わたし」はインドシナ経由で1925年夏の広東へ。広州・香港ではイギリス人資本家の支配に対し大ゼネストが行われている。国民党政府要人、コミンテルンの指導を受けた人、中国のナショナリスト、労働者、テロリスト、各種軍閥が錯綜する中で、「わたし」は友人のガリーヌの補佐をする。ガリーヌは広東で権力を行使するが内面は孤独だ。ガリーヌは政治的行動に身を置きつつも、悲惨な現実に引き裂かれる中で、自分は一生をかけて何をしたのか? と自問する。作者・マルローは本作を27歳で書いている。帝国主義支配のこの現実の中で、いかなる行動をすべきか? だが現実には様々な思惑の中で引き裂かれる。目指した自由はそこにあるのか? マルローの青春の問いかけがガリーヌの苦悩を通して描かれている、と私は思った。付言だが、冒頭のサイゴンの描写で『地獄の黙示録』冒頭を連想した。フランス人にとっては東南アジアや中国は異国だろう。また、マルローは政治や戦闘に参加する。ヘミングウェイとの異同を考えてみても面白いかもしれないと思った。