James Setouchi

 

2024.6.10アンドレ・マルロー『王道』安東次男 訳 

     André Malraux“La Voie Royale”

 

1        アンドレ・マルロー(1901~1976)

 1901年パリに生まれる。家庭の事情は複雑。コンドルセ・リセを出て東洋語学校に学びつつ書店勤務。散文や批評を発表。1923年破産、アンコール・ワット近くの文化財の窃盗容疑でプノン・ペンで逮捕される。一審は禁固3年。1925年サイゴンで雑誌発行。1926年『西欧の誘惑』、1928年『征服者』、1930年『王道』、1931年アジア旅行、1933年『人間の条件』(ゴンクール賞)、1934年ソヴィエト作家会議に出席、1935年反ファシズム運動推進、1936年スペイン市民戦争に義勇軍として参加、1937年『希望』、1939年大戦で動員、1940年捕虜となるが脱走、1942年『アルテンブルクのくるみの木』、反ナチス抵抗運動のマキの指導者に、1944年フランス国内軍の旅団長に、1945年ド・ゴール政府の情報大臣(翌年辞職)、1947年ド・ゴールの国民宣伝委員長に、1951年『沈黙の声』、1957年『神々の変貌』第1巻、ド・ゴール内閣成立で入閣、1959年第五共和国の文化大臣に(69年まで)、1960年来日し「フランスをして大和魂の受託者」たらしめよ、と発言、1974年来日し那智や伊勢を訪れ「日本的霊性は開かれている」と発言(注)、1976年死去。(集英社世界文学全集の巻末年表、竹本忠雄の2023年5月22日の日仏会館・フランス国立日本研究所での講演などを参照した。)

(注)「大和魂」「日本的霊性」の言葉にマルローが何を見ていたかは、別に論考が必要になろう。

 

2 『王道』(舞台は、主にカンボジア奥地の密林。1920年代と思われる。)

(登場人物)

クロード・ヴァネック:フランス人。フランス領インドシナのカンボジアの密林に文化財の発掘(盗掘)に行く。

ペルケン:年老いたフランス人冒険家。過去にカンボジアの密林に一大勢力圏を築いた、伝説の男。

ラメージュ:シンガポールにいるフランス学士院長。クロードとペルケンを警戒する。

グラボ:脱走兵。カンボジアの奥地に入り、行方不明となった。

スヴァイ:カンボジア人。クロードたちを監視する。

グザ:現地でクロードが雇うボーイ。役人からは前科者とみなされるが、クロードに信頼され従う。

スティエングの部落の酋長:密林の奥に暮らす現地人の酋長。

モイ族:密林の奥に暮らす現地人。

サヴァン:ラオス人。密林の奥に勢力圏を持つ。

 

(コメント)

 マルローは二十代前半にアンコール・ワット近くで文化財窃盗に関わった。その時の経験をもとにして書いてあると思われる。

 

 クロード冒険家だった祖父の影響を受けカンボジアにやってくる。ペルケンという老人の冒険家と出会い、行動を共にする。ペルケンはカンボジア奥地の密林に現地人を従えた一大王国を築いたと言われる伝説の人物だ。フランス政府の了解も微妙なまま、しかし二人は密林へと足を踏み入れる。密林には、アンコール・ワット近くの、かつて王の通った道(王道)があり、そこを辿れば寺院や文化財に出会うはずだ、それを売れば大金も手に入る。クロードはそう考えた。(これは完全に盗掘であり、文化破壊である。マルローは裁判にかけられた。だが本作では裁判の話は出てこない。)

 

 本作では、クロードたちは、熱帯の密林を難渋しながら進み、ジャングルを切り開いて発掘、かつ現地人に囚われていた白人を救出するも現地人に囲まれ生命の危機に陥る。緊迫した場面が続く。死と隣り合わせの状況に自ら飛び込み、極限状況で、ペルケン(クロードもだが)は、生と死について形而上的な自問自答を繰り返す

 

 ラストも劇的だ。ラストでは、シャム(タイ)王国軍が密林に進軍し現地人の部落を破壊、また近代的な鉄道が敷設される、その中でペルケンが死んでいく。英雄の時代の終わりを象徴しているのか。マルローは若くしてこれを書いており、マルロー自身が英雄的な生き方に憧れ生と死の意味を問おうとしたのかもしれない。

 

 但し現地人を蛮族と見なし、殺人や盗掘に対する罪の意識も乏しく、帝国主義的支配に対する根本的な問いかけはそもそも欠落している。西洋人のアジアに対する優越感を背景としてのアジアへの関心でしかない。植民地支配が当たり前とされた時代だからマルローには限界があったということか。

 

 のちマルローはスペイン内戦に参加し第2次大戦でソ連(スターリン)の裏切りを目にし、何が正義か? 進歩とは、文明とは何か? をさらに問い直すことになったはずだ。後年ド・ゴール内閣の文化大臣になったマルローは、若い頃に書いた本作をどう捉えていただろうか。 

 

 付言ながら、もしあなたが熱帯の密林の旅をするなら、カンボジア(『王道』)、コンゴ(『闇の奥』)、アマゾン(『緑の家』)、どれがお好みでしょうか・・?