James Setouchi

 

2024.4.8 オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』

     (新潮文庫なら福田恒存(つねあり)訳がある)

Oscar Wilde“The Picture of Dorian Gray”

 

1 オスカー・ワイルド(1854~1900)

 イギリスの詩人・小説家・劇作家。代表作『幸福な王子』『パドゥア大公妃』『ドリアン・グレイの画像』『サロメ』『ウィンダミア夫人の扇』など。

 アイルランドのダブリンに生まれた。ダブリンのトリニティー・カレッジとオックスフォードのモードリン学寮で学ぶ。「芸術のための芸術」崇拝(すうはい)者を気取り、「唯美(ゆいび)主義の使徒」として文筆生活を行う。奇抜な服装で町を闊歩(かっぽ)したので有名。社交界の人気者、世紀末文学の寵児(ちょうじ)となった。アルフレッド・ダグラス卿との交友が原因で破滅した。(集英社世界文学事典による。)

 

2 『ドリアン・グレイの肖像』

 小説。1891年刊行。当時はヴィクトリア王朝時代であり、大英帝国は世界一の権力と繁栄を誇った。同時にその虚飾と欺瞞への反発も生まれる。

 

(登場人物)(ややネタバレ)

ドリアン・グレイ:美しい青年貴族。友人のヘンリー卿に快楽主義の思想を吹き込まれ人生遍歴をするが・・

ヘンリー卿:青年貴族。上流社会における皮肉屋。反道徳的な思想の持ち主で、冷笑的な言葉を乱発する。ドリアンに快楽主義思想を吹き込みドリアンを操ることに快感を覚える、言わば悪魔的存在。

バジル・ホールウォード:青年画家。ドリアンの美しさに魅了されその肖像画を完成させるが・・・ヘンリー卿の反道徳主義に対する批判者でもある。だが・・・

シビル・ヴェイン:若い女優。ドリアンの恋人になるが・・

ジェイムズ・ヴェイン:シビルの弟。水夫。

アラン・キャムベル:ドリアンの友人。科学者。

 

(コメント)(以下ネタバレ)

 ドリアンは美しい青年貴族だ。彼は社交界で華やかに暮らすが、その美貌が衰えることはない。彼には秘密があった。彼が悪行を犯し年老いても、その醜さと老いは、彼自身の容貌には表れず、代わりに肖像画が醜く変貌していくのだった。ドリアンは貧民街にも出かけ悪行を行う。その正体を隠し上流階級での社交も続ける。それを支えるのは、たぐいまれな美貌と、先祖譲りの莫大な財産と貴族の血筋だ。ドリアンの出生・生育歴に事情はあるが、かれは貴族で大金持ちなのだ。ドリアンは西洋の古典や歴史に詳しい。歴史上・物語上の悪徳に染まった人物に興味を持ち、自らも悪徳の深みに入っていく。ドリアンはイギリスの欺瞞的な上流階級の生んだ鬼子のような存在だ。

 

 ヘンリー卿はドリアンに背徳的で快楽主義的な思想を吹き込む。シニカルな言葉を連発する。だが、ヘンリー卿もまた特権階級の一員であり、その特権を手放すところまでは思想と行動を深めない。彼はただ冷笑的な言葉を撒き散らすだけだ。

 

 画家バジルはドリアンの美に魅了され見事な肖像画を描き上げるが、ヘンリー卿がドリアンに与える影響につては危惧している。ヘンリー卿やドリアンを相対化し批判する人物として描かれる。だが、戒めを述べるバジルに対し、ドリアンは思わず・・(マル秘)・・してしまう。

 

 ドリアンのせいで多くの人が死に至った。ドリアンは美しいままだが肖像画は極めて醜い姿へと変貌した。ドリアンは苦しみ始める。肖像画はドリアンの良心だったのか? だが、ドリアンは自己の良心とも言える肖像画を抹殺しようとする。そして・・

 

 作者オスカー・ワイルドは、なぜこの人物を造形し、破滅させたのか。悪徳の快楽への傾斜がワイルドにもあったのか。だがそれはいけないとの良心の声がワイルドの中にあり、最後は良心の勝利を描きたかったのか。作中繰り返されるのは、ヘンリー卿の冷笑的な言辞だ。当時の社交界の欺瞞に対しヘンリー卿は繰り返し皮肉を浴びせる。作者ワイルドは、イギリスの上流階級の欺瞞を暴いてやろうとしたのか。金持ち階級の欺瞞・・・? おや、これはどこか私たちの知っている国のような・・・

 

 新潮文庫は福田恒存の訳だ。知的で上品な訳文で、イギリス上流階級の雰囲気をよく伝えている、と見るべきか。だが、作者ワイルドがイギリス上流階級の文化に対する皮肉を本作に込めたのだとすれば、訳文も、これが皮肉だと読者にわかるものにすべきだったかもしれない。

 

 作者ワイルドは同性愛だった、同時代では受け入れられずそのために没落した、としばしば言われる。アイルランド出身の同性愛者が、ヴィクトリア朝時代の偏見に満ちた世界で自己を隠しながら生きていくのは、苦しかっただろうと想像に難くない。ドリアン・グレイの二重生活の着想は、ワイルド自身の二重生活から来ているのかも知れない。                            

 

 

(イギリス文学、アイルランド文学も含め)

 古くは『アーサー王物語』やチョーサー『カンタベリー物語』などもあり、世界史で学習する。ウィリアム・シェイクスピア(1600年頃)は『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『リヤ王』『マクベス』『ベニスの商人』『オセロ』『リチャード三世』『アントニーとクレオパトラ』などのほか『真夏の夜の夢』『お気に召すまま』『じゃじゃ馬ならし』『あらし』などもある。

 18世紀にはスウィフト『ガリバー旅行記』、デフォー『ロビンソン・クルーソー』、

 19世紀にはワーズワース、コールリッジ、バイロンらロマン派詩人、スコット『ケニルワースの城』、E・ブロンテ『嵐が丘』、C・ブロンテ『ジェーン・エア』、ディケンズ『デビッド・コパフィールド』『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』、スティーブンソン『宝島』、オスカー・ワイルド『サロメ』『ドリアン・グレイの肖像』、コナン・ドイル(医者でもある)『シャーロック・ホームズの冒険』、ウェルズ『タイムマシン』、

 20世紀にはコンラッド『闇の奥』『西欧の眼の下で』、クローニン(医者でもある)『人生の途上にて』、モーム『人間の絆』、ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』、ジョイス『ユリシーズ』、

 現代ではローリング『ハリー・ポッター』、カズオ・イシグロ『日の名残』などなど。

 イギリス文学に学んだ日本人は、北村透谷・坪内逍遥・夏目漱石・福田恒存・丸谷才一をはじめとして、多数。英米語を学校で全員が学ぶが、商売の道具としての英語学習にとどまるのか、それとも英米文学の魂の深いところまで学ぶのか、の決着はいまだついていない。