James Setouchi
2024.6.26マーク・トゥエイン『ハックルベリイ・フィンの冒険』村岡花子・訳 新潮文庫
Mark Twain“The Adventure of Huckleberry Finn”
1 マーク・トウェイン(1835~1910)
本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズSamuel Langhorne Clemens。アメリカのミズーリ州に生まれる。実家は旧家だが没落していた。父親の死去により植字工やミシシッピ川の汽船の水先案内人として働く。やがてネヴァダでの銀探し、新聞記者を経て作家に。結婚しコネティカットに住む。作家として成功。無謀な投資で破産もしたが世界中で講演を行い成功。代表作に、旅行見聞録『ハワイ通信』(1866)、『地中海遊覧記』(1869)、『金ぴか時代』(1873)『トム・ソーヤーの冒険』(1876)、『王子と乞食』(1881)、『ミシシッピ川の生活』(1883)、『ハックルベリイ・フィンの冒険』(1884)など。(ジェイムズ・キャントン他『世界文学大図鑑』(三省堂、2017年)などを参照した。)
2 『ハックルベリイ・フィンの冒険』1884年
南北戦争(1861~1865)と奴隷解放宣言よりあとに書かれているが、扱われている時代はそれより以前、19世紀前半のミシシッピ川流域で、南部では奴隷制度が存続している。
(あらすじ)(ネタバレ)ハックは無教育な浮浪児(野生児)で、大人たちのお上品でキリスト教的な町の文化の欺瞞に納得がいかない。トム・ソーヤーの空想癖(物語の読み過ぎから出てくる)にも付き合いはするがハックは何だかおかしいと感じている。実父は酒乱でDV。森でおやじと暮らすが、このままでは殺されると思い、自分が賊に殺されたように偽装して逃亡、筏(いかだ)でミシシッピ川を下る。逃亡黒人奴隷のジムと仲良くなる。難破船から賊が奪った物を頂き、ジムと交流する。ミシシッピ川の美しい自然の中を筏で南に流れていく暮らしは、何の気苦労もなく、本当によかったが、商船と衝突し筏が壊れジムともはぐれ上陸。良家の家族が怨敵と殺し合う様を見る。ジムと再会するが逃亡黒人奴隷として追われる立場であることがはっきりする。自称王様・侯爵という白人いかさま師二人が筏に乗り込んでくる。いかさま師はジムを捕虜にし、川岸の村の人々を騙す。騙される家族の善良な心に打たれ、ハックはいかさま師から金を取り戻そうとする。いかさま師がジムを売り飛ばしてしまう。ハックは法律を犯してでも親友ジムを救出しようとする。トム・ソーヤが出現し、トムの協力を得てジムを逃がすが、それは随分芝居がかった作業だった。結局はすべてうまく収まる。ハックはまたクリスチャンホームの養子にされそうになるので、どうやって逃げ出そうかと考えている。
決して子ども向けの話ではない。大人向けの話だ。ハックは無教育であるがゆえに大人たちの欺瞞を見抜く。ハックの答が正解というわけではないが、時々真実をついている。子どものハックが見聞するのは、大人たちの偽善、いかさま、リンチ、殺し合い、集団ヒステリー、残虐などなど。アメリカ草創期(時代設定は19世紀前半、南北戦争以前)の暴力的な側面を書き込んである。子どもの目というフィルターで薄められているが、これは紛れもなく残虐で悪辣なアメリカの現実だ。(南部のフォークナーはそれを大人の小説として描いた。)黒人奴隷のジムとの友情は大切だ。南部の法律を破りハックはジムを助けようとする。歪んだ法よりも大事なものがある。他の黒人奴隷も協力する。白人の大人や子どもにも善良で愛情のある人びとがいる。肌の色ではない、いい人はいい人なのだ。ハックは、彼らに打たれて動き、彼らに許されて生きる。最後はいい話だった。トムのやることがおかしい。中2病のハシリだ。声を立てて笑ってしまった。但し、「おやじやいかさま師=悪、ジムやメアリーたち=善」など善玉悪玉がはっきりしていて単純だ。ドストエフスキーやフォークナーとの違いだ。
ヘミングウェイが本作を高く評価したそうだ。ヘミングウェイの初期短編にも、湖で魚を捕る、少年が旅立ち見知らぬ大人たちの悪意や暴力に遭遇する、などの話があり、明らかに影響を受けている。『武器よさらば』ではボートで移動する。アウトドア(自然の中)で肉体と知恵を使ってサバイバルするのはハックの系譜と言える。フォークナーは南部の暴力的な現実をシリアスに描く。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』でホールデン君が大人たちのインチキに傷つき毒舌を吐くのはハックと同じ。但しハックは野生児だがホールデン君は東部の都会の子で十代後半だ。大江健三郎『芽むしり 仔撃ち』も大人の欺瞞と野生児が戦う。
(登場人物)
ハック:野生児。町とおやじから筏で逃げ出す。賢く、巧みな作り話をしては窮地を切り抜ける。ジム:黒人逃亡奴隷。妻子を思う。ハックの親友。トム:ハックの友だち。本の読み過ぎで空想癖のある、ドン・キホーテのような人物。王様と公爵:いかさま師。グレンジャーフォード家:川沿いの立派な一族。仇敵の一家と代々殺し合う。メアリー・ジェーン:いかさま師が騙そうとした家の娘。善良でハックの心を打つ。サイラス叔父さんとサリー叔母さん:トムの親戚。ハックをトムと勘違いする。逃亡奴隷のジムを買い取っている。