日本GPは、昨年から再び鈴鹿サーキットで開催されるようになりましたニコニコ


鈴鹿サーキットは非常にテクニカルなコースであり“お気に入りのサーキット”として挙げるドライバーは多い。


あごがフランスパンのM.シューマッハは「鈴鹿はスパと並んで好きなサーキット」。フェラーリのF.アロンソは「1度は勝ちたいコース」といい、ルノーのR.クビサ、レッドブルのS.ベッテルは「世界で最高のコース」、チームメイトのM.ウェバーは「世界一男を決めるサーキット」といい切ります。


アンジュレイション(路面のうねり、アップダウン)があるだけでなく、あらゆるタイプのコーナーがありドライバーにとっては攻め甲斐のあるレイアウトになっております。
もっとも、エスケープゾーンが少ないクラシックなコースで、ワンミスが大きな事故につながるスリルという名の緊張感を楽しむという、マクラーレンのL.ハミルトンのよーな意見もありんす。




この世界的にも珍しい立体交差による8の字サーキットは、エンジニアにとってもチャレンジングなコースです。
セッティング、特に空力的なセッティングは非常に高いレベルでの妥協が求められています。

鈴鹿サーキットの平均スピード230km/hほどと高速だが、トップスピードは298km/hほどとイマイチ伸びない。これは中高速コーナーが多いためで、必然とダウンフォース・レベルは大きめになります。

その数値は、シルバーストーンとほぼ同等で、たいていの場合シルバーストーンで速いクルマは鈴鹿でも速く走れます。

タイヤへの負担もシルバーストーンと並んで高く、ブリヂストンが用意するタイヤはハードとソフトでイギリスGPと同じです。

09年のグランプリ前に東コースは全面再舗装されて、非常にグリップが良くなっているので体力的にもキビシイコースでもあります。


給油があった昨年までは、フューエル・エフェクトの高さ、タイヤのタレの大きさもあって、マルチストップが当たり前だった鈴鹿でのピットストップ戦略ですが、現在のルールでは、1ストップとなります。


持ち込まれるタイヤはハードとソフトだが、コースにラバーがのれば、ある程度ソフトのタレも少なくなるだろうが、序盤の重い状態だと辛いはずなので、ピットストップは上位陣だと12周目前後になると思われます。




コース概要

メインストレートから右回りに1~2コーナー、S字コーナー、逆バンク、ダンロップコーナー、デグナーカーブの後に、立体交差を潜って左回りに変わる。

ヘアピンカーブ、スプーンカーブ、バックストレッチ(西ストレート)、立体交差橋を渡って130Rを抜けると再び右回りになり、シケイン、最終コーナーを経て再びメインストレートになる。


※逆バンク(傾斜角が緩いため外へ傾斜しているように錯覚する)


※デグナーカーブ(1962年11月、鈴鹿サーキット・オープニングレース「第1回全日本選手権ロードレース」でトップ走行中のエルンスト・デグナーが転倒。その転倒したコーナーがデグナーカーブと呼ばれる)
※130R(コース改修で、現在は85Rと340Rの複合カーブになり若干緩くなり、V8エンジンなら楽に全開でいけます)


ポイント

2コーナーを抜けてからのS字セクションは、「S字を制する者は鈴鹿を制す」とまで言われるほどです。
ここをいかに早く抜けるかが、タイムにひいてはレースの明暗を左右する重要なポイントになっています。


「F1マシンはこういうコーナーを攻めるために作られているんだ」と、レッドブルのS.ベッテルは興奮気味に話す。




予選の見所


コースレコードが出るかどうか。
レッドブルがそのポテンシャルを遺憾無く発揮出来れば、第1セクターだけで、1秒以上タイムアップするはずだそうでニコニコ
上位陣以外の中堅チームとは3秒以外ぶっちぎるのではないだろうかDASH!

ということで、
06年にM.シューマッハが出した1秒28"954を上回る可能性は高いです。



日本GP予選は雨天順延!!
10日10時からに延期されました。決勝は変わらず15時スタート


日本GPは、たとえコース上がクリアーでも、上空が濃霧などでドクターヘリが飛べない状況下ではレース走行は行われないそうです。
第15戦シンガポールGP決勝結果

王冠2位 F.アロンソ/フェラーリ
2位 S.フェッテル/レッドブル
3位 M.ウェバー/レッドブル
4位 J.バトン/マクラーレン
5位 N.ロズベルグ/メルセデス
6位 R.バリチェロ/ウィリアムズ
7位 R.クビツァ/ルノー
8位 A.スーティル/フォースインディア
9位 N.フルケンベルク/ウィリアムズ
10位 F.マッサ/フェラーリ

F.アロンソ/1h57m579s



ポールポジョンからスタートしたアロンソが長いレースをミスのない走りで、リードを守り続け、前戦イタリアGPに続く今季4回目(自身通算25回目)の優勝を飾った。2戦連続でのポール・トゥ・ウィンニコニコチョキキラキラチームメイトのマッサも最後尾から追い上げ10位入賞。



2位は終始アロンソを追撃し、ハンガリーGP以来の表彰台を獲得したベッテル。チームメイトのウェバーも早めのピットストップが巧を奏し3位に入った。



4位は前戦2位のバトン。5位は2戦連続で5位のロズベルク。シンガポールに新しいコンポーネンツを持ち込んだウィリアムズも6位にバリチェロ、9位にフルケンベルクが入り2戦連続で2台揃ってのポイント獲得となった。



7位には、レース終盤のパンクで予定外のピットストップを強いられ12位まで後退したものの、残り10周で5台抜きの見事なオーバーテイクショーを披露して観客を沸かせたルノーのクビサが入った。


また、フォースインディアのA.スーティルは予選16位(15位スタート)からじりじりと順位を上げ8位入賞を果たしている。

もし、実況がフルタチさんだったら『振り向けばスーティル』と言われているだろうニコニコ



タイトル争いはM.ウェバーが202pで首位を守り、優勝して25pを獲得したF.アロンソが191pで2位に浮上した。2戦連続0pに終わったL.ハミルトンは182pのまんまで3位。ベッテル181p、バトン177pとなっております。
バトンがやや離され気味になっているが、まだ25ポイント差は維持している。残り4戦あれば追いつくことは可能。

韓国GPが中止との噂が現実のものとなれば、残り3戦となりかなり厳しい。




ベッテルがアロンソと同時にピットストップに入ったことは、追い抜くチャンスをみすみす捨てたのではないか?の疑問に、


ベッテル『オプションタイヤではみんなスティントの最後はとても苦労していた。僕は目の前のアロンソをはっきり見ていた。彼はあちこちで滑りまくっていたし僕もそうだった。リヤタイヤの寿命が尽きかけていたんだ。
1周長く走ったり、1周早めに入る手もあった。でも結局、新品のプライムを履いた方が速かった。だから1周長く走ってもむしろフェルナンドとの差を広げられただけだろう。』


小林可夢偉はシューマッハの後を中盤までずっとついて走っていた。ようやく29周目にシューマッハをオーバーテイクすると、可夢偉は後続の事を考えプッシュした。しかしオプションタイヤの寿命が尽きていたために、ウォールにクラッシュしてリタイアとなった。


同時にピットストップに入ったベッテルの判断は間違いだったとは必ずしも言えない様です。
第15戦シンガポールGP予選結果

1位 F.アロンソ/フェラーリ
2位 S.フェッテル/レッドブル
3位 L.ハミルトン/マクラーレン
4位 J.バトン/マクラーレン
5位 M.ウェバー/レッドブル
6位 R.バリチェロ/ウィリアムズ
7位 N.ロズベルグ/メルセデス
8位 R.クビツァ/ルノー
9位 M.シューマッハ/メルセデス
10位 小林可夢偉/ザウバー


レッドブル、マクラーレン、メルセデス、の3チーム6台とF.アロンソ、R.バリチェロ、R.クビサ、小林可夢偉がQ3進出。

1回目のアタックを終えてフェラーリのアロンソとマクラーレンのハミルトンが1分45秒台に突入、アロンソが暫定トップにたった。2回目のアタックでは、選手権を争う5人による激しいポールポジョン争いが展開された。


最終的にトップにたったのはフェラーリのF.アロンソ。
Q1をトップで通過し、Q3の1回目のアタックで暫定トップにたったアロンソがそのまま1分45秒390のタイムで2戦連続となる今季2回目(自身通算20回目)のポールポジョンを獲得した。


2位は2回目のアタックで途中までアロンソを上回りながらセクター2で僅かに遅れ、最終的に0.067秒及ばなかったレッドブルのS.ベッテル。3位にはハミルトン。

4位は2回目のアタックでウェバーを逆転したマクラーレンのバトン。

ポイントリーダーであるレッドブルのM.ウェバーはライバルの後方となる5番グリッドから決勝レースに臨むこととなった。


初めてのサーキットでQ3まで進出した、メルセデスのM.シューマッハとザウバーの小林可夢偉はそれぞれ9位と10位。



F.アロンソ /1'45"390
S.ベッテル/1'45"457
L.ハミルトン/1'45"571
J.バトン /1'45"944
M.ウェバー/1'45"977
jamcrackerさんのブログ May the Force be with you!!-100925_205856.jpg
まだ月が綺麗ですねニコニコ


月がとっても青いから



青い=黄色い、お月様は綺麗な色ですね。





かつて、京に都(みやこ)があった平安の世には色がたくさんありました。


明治になり、江戸が東京にかわった頃、大正、昭和のはじめもまだ街はカラフルでした。


しかし、

そのあとほんのちょっとのあいだは、白、黒、赤、青。この4色でこと足りました。


そして、現在。

またたくさんの色があふれているはずですが…あなたのまわりはどうですか?


おまけ
暮れていく空は