「船の旅リポート」(30)その2 From Chuck
2月14日(日)曇のち晴
昨夜は遅くまで飲んで起きていたので、今朝は起きられず7時半まで寝ていた。風が強いせいか船が揺れていた。気温が低くなっているのを感じた。多分南極からの寒流のせいなのだろう。実際、この辺はフォークランド海流が北上していた。スーツケースから長袖のシャツを出して着た。朝食の時に東京都新島出身のTさんがチョコレートを同室のT2氏に渡していた。僕が同席していたので気が引けたのか、あとで部屋に僕の分として持ってきた。これが本当の義理チョコだ。僕は欲しくは無かったが、拒絶すると角が立つので仕方なく貰った。あげる方も貰う方も義理のような習慣はやめるべきだ。船内は狭い社会になっていて、バレンタイン・チョコレートが蔓延しているらしい。売店の在庫が売り切れたなどと言うまことしやかな噂まで飛んでいた。
ハウス・クリーニングのボーイが来たので、部屋を出て8階デッキに上がってみると、Ⅰさんと昨日の牧場訪問で一緒だったK江さんがタバコを吸いながら話をしていたので、僕も話に加わった。そこへサファリ・ツアーで一緒だったJ子さんが、僕を探していたと言ってネッスルのチョコレート入りバーを渡してくれた。これも義理チョコだがTさんのケースとは違って素直に「ありがとう」と言って貰った。
昼食後は、外は寒いし、何だか疲れていてベッドにもぐったら何と2時半まで熟睡してしまった。T2氏の声で起きて、こんな自堕落な生活では駄目だと自分で自分に活を入れ、久し振りに4時まで90分間のデッキ・ウォーキングをした。船が揺れて歩きにくかったが身体が疲れて、シャワーの熱い湯が気持ちが良かった。ところが、その湯がいつの間にか赤錆を含んだ赤い湯になってびっくりした。やはり本船は相当のボロ船で、パイプの内側に赤錆が浮いているらしい。あわてて冷水に切り替えてシャワーを終えた。
その後、5時半過ぎにⅠ氏の部屋に行き、先日ブエノスアイレスの酒屋で購入したビールとワインを飲んだ。それから本日で乗船後2回目のフォーマル・ディナーに参加した。Ⅰ氏の友人が中心だった。そこでもグラス・ワインが一杯だけ船会社費用で出たが物足りないので自分でもう一杯購入した。飲んでばかりで先が思いやられる。
その後は、8時半から本日のメイン・アトラクションの八木啓代(のぶよ)コンサートが開催された。彼女は、ラテンアメリカを舞台にラテンミュージックを歌っている人で、スペイン語が堪能である。年齢不詳。「黒いオルフェ(カーニバルの朝)」、「キサス、キサス、キサス」、「エル・チョクロ(トウモロコシ)」など8曲を歌った。彼女は「絹の声」と称えられているそうで、きれいな歌声だった。
本日正午の本船の位置: 南緯36度30分 西経54度30分 水深75m (たったの75mでまだ岸に近い) 速度15.34Kts 気温19℃ 海水温19℃
風速24Kts (船の速度より早い風が吹いている) 波高9Feet (波も高くなってきた) 気圧1,019hPa 磁針201度(南西方向に航行中) 日の出07:11 日の入20:43
2月15日 (月) 晴
ようやく通常の生活に戻って、朝5時半 起床 6時 太極拳 6時半 ラジオ体操 6時50分 真向法 9時 ヨガ体操を行った。
今日最終的にマチュピチュ訪問がペルー政府の訪問禁止命令により中止され、その代替寄港地プログラムが発表された。僕の場合、マチュピチュ訪問が無くなっただけで、ウユニ塩湖、チチカカ湖、クスコ、リマ訪問などは最初の旅程通りで変更無かった。結果的に1日短くなって11日間のオーバーランドツアーが10日間に短縮された。その分25,000円を返してくれることになったが、マチュピチュへ行くことをこの旅の目的の一つにしていた僕としては複雑な心境だ。代替案としてナスカの地上絵を訪問する案も出たが、既に行った人から、セスナ機による上空からの観光では、地上絵はよく見えないのであまりお勧めしないと言われた。確かに、ヘリコプターなら小回りもきくけれど、セスナ機では難しいだろう。NHKの世界遺産のハイビジョンテレビで見た方が良いらしい。
ウユニ塩湖、チチカカ湖、クスコとも4,000m前後の海抜高度に位置するので、所謂「高山病」が心配である。それを防ぐためには、何でもゆっくりやることで、決して急いでしてはいけない。例えば、急いで歩いたり、大声でしゃべったりしてはいけない。また、風呂に入ったり、酒を飲んだりしてもいけない。血管が広がるようなことは絶対にしてはいけないと言う。高山病の原因は、酸素不足だ。酸素が不足してくると、頭痛が始まるらしい。そうなったら、すぐ酸素を吸うことだそうだ。ひどい時には、点滴もすると良いと言う。なんとかそうならないように、何でもゆっくりやって、深呼吸をして酸素不足を補うように努力しよう。
今日の海は相当荒れている。午前中から本船はピッチングを繰り返している。午後2時半から4時までデッキ・ウォーキングをしたが、本船の揺れに合わせて歩くのは一寸つらかったが、それでも90分は歩いた。本船のブリッジからの船内放送によれば、今夜は天候の悪化が予想されるので、一部のデッキを閉鎖するし、船内歩行には手すりなどを利用せよとのことであった。
本日正午の本船の位置: 南緯42度11分 西経57度23分 水深1,701m 速度15.28Kts 気温13℃ 海水温9℃ (間違いではない。ここまで下がってきているのだ) 風速22Kts 波高12Feet (大きな波になってきており、今夜はさらに波が高くなりそうだ) 気圧1,021hPa 日の出07:11 日の入20:59
今夜、時差が1時間発生して、日本との時差が丁度12時間になる。
夕食後、8時過ぎから社交ダンスのS先生を僕たちの船室にお呼びして一杯飲んだ。先生によれば、体調も芳しくなく、その原因が血圧降下剤が身体に合わないことと、ストレスからきているので、ペルーのカヤオで下船して飛行機で帰国されるとのことだった。せっかく高い船賃を払って1人部屋を取ったのだが、窓の外は救命ボートが吊ってあって海が見えないし、ベッドもキングサイズではなくツインだったのも気に食わなかった原因の一つだった模様。さらに社交ダンスを教えようにもパートナーになって踊れる女性が居なかったのも困ったと言われていた。あれやこれやで、これ以上この船に乗って横浜まで帰る気がしなくなったが、せっかくここまで来たので南極の遊覧航行だけは見て帰国することにしたそうだ。慰める言葉も無かったが、身体のことなのでそれ以上は慰留しなかった。
S先生が自室に戻られたあと、僕たち同室のT氏、T2氏にI氏が加わって、急にマージャンをやることになって、カードルームで半荘を2回だけやった。時差が1時間あったので結局時差調整後の真夜中12時までやって寝た。賭けないマージャンなので気が楽だった。
気温はだいぶ寒くなってきているようだ。
日が沈むのが遅い分、風邪など引かぬように祈りたい。