「船の旅リポート」(30)その3 | JBジャムのダンスブログ

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「船の旅リポート」(30)その3 From Chuck


2月16日 (火) 曇後晴


 昨夜から本船は大揺れに揺れ続けていた。今朝も揺れていたが5時半には起床していつもの太極拳、ラジオ体操、真向法、ヨガをこなしたが、さすがに昨夜のお酒と本船の揺れによる船酔い気味が作用して、午前10時から11時半まで寝てしまった。今日も海は荒れていたが、昨日ほどではなかった。


 昼食後、コンサルタントで水先案内人の中西武志氏による「ロジカルシンキング」についての講演を聞いた。1984年に、ハーバード大学のビジネス・スクールで勉強したことを思い出して懐かしかった。SWOT分析、X軸・Y軸によるPosition分析や、ブランディングなど経営学で勉強したことが次々に出てきた。ああ、最近は経営学の勉強から随分遠ざかっているなあと少し反省する気になった。中西氏は当分乗船されるので、引き続きセミナーには出ようと思った。


 今日はブエノスアイレスからフライ&クルーズで乗船してきた約90名の新しい船客も含めて、第2回目の南米航路説明会が開催された。いよいよ南極遊覧航行が近付いてきて、220日午後から222日朝まで約3日間、南極の島々や大陸を見て回ることになる。明後日には、南極大陸への出入り口に相当するアルゼンチンのウシュアイアに入港するが、船客の気持ちは既にまだ見ぬ南極大陸に飛んでいるようだ。それは、僕も同じで期待に胸が膨らむ。南極への航路は、流氷などもあって予定している航路通りに行けるかどうかはその時になってみないと判らないらしい。ピースボートは本船を南極に持ち込むのは今回が3回目でかつ最後になるそうだ。毎回、Expedition Director と言う役割の人間が別に乗船している。Y氏がそれでピースボートでNo.2の地位の人だ。さらにIce Pilotと言う南極の流氷関係専門の水先案内人も乗り込んでくるそうだ。


 実際の南極航路は、220日午後にキングジョージ島沖、夕方にデセプション島。夜は危険なのでそこで停泊。投錨するかどうかは聞き洩らした。21日昼ごろゲイラッシュ海峡通過で、この時にクジラ・シャチ・ペンギンなどが沢山見えるらしい。この日はパラダイス湾で南極の夕日を見て停泊。22日の朝、南緯64度のエレラ岬まで行って引き返すとのこと。午後から23日一杯かけてアルゼンチンへ戻り、24日早朝には南米大陸最南端のホーン岬を見て、その後、ビーグル水道、マゼラン海峡を通り、帰りはウシュアイアには寄らず25日の早朝にプンタアレナスに戻るという航海プランだ。今回僕たちは、南極大陸には上陸はしない。すべて船上からの観光だ。ジャパングレース(旅行業者)は、International Association of Antarctica Tour Operators (IAATO)の日本で唯一のメンバーで、その厳しい規則にコントロールされており、南極に何も持ち込まず、何も残さない方針を貫いている。従って、南極圏に入ると給水制限が始まり汚水などもすべて本船のタンクに溜めておくそうだ。素晴らしい考えだと思う。南極大陸が人類に汚染されない自然を永久に保てるように環境を保護していかねばならない。なお、21日のゲイラッシュ海峡航行の日には丸紅同期のI氏の特別船室に招待されて、他の招待客と一緒にいろいろな海性動物を見ることになったので、今のうちから楽しみだ。


 今日も午後は海が荒れていたが昨日ほどではなかったので8階デッキで90分間のウォーキングをした。やはり、一日に一度は汗をかいて疲れるくらいに身体を動かさないと気持ちが悪い。その後、シャワーを浴びながら洗濯もした。最近、赤錆の浮いた水が出るので白い衣類の洗濯は注意する必要がある。先日来、紺か灰色の長袖の下着を着ているので、取り敢えずはこの赤錆は目立たないで済んでいる。


 夜は上記のExpedition DirectorのY氏による南極物語シリーズの第一話として「南極が壊れる~地球温暖化のシナリオは回避できるのか?~」と題したレクチャーがあったが、話が冗長で、昼間のウォーキングによる心地よい疲れと夕食の満腹感で半分以上夢うつつの中で聞いていた。


 その後、「波へい」でサファリ・ツアーのメンバーによる飲み会があったのでそれに参加し、11時過ぎに就寝。


 本日正午の本船の位置: 南緯486分 西経6043分 速度15.5Kts 気温9℃ 海水温9℃ 風速20Kts 波高10Feet 気圧1023hPa 日の出06:14 日の入20:24





船はアルゼンチン南米大陸を南へ下りきったところを航行中のようだ。

この近くには1980年代にイギリスとアルゼンチンが戦ったフオークランド諸島がある。