「船の旅リポート」(30)その1 | JBジャムのダンスブログ

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チャックからメールが届いていた。

5日分なので3つに分けます。


「航海記リポート」(30)その1 From Chuck


2月12日(金) 晴


 昨夜のカルロス・ガーデル劇場のアルゼンチン・タンゴは素晴らしかった。僕たちがレッスンを受けているコンティネンタル・タンゴとは異なる踊りだったが、身体の「きれ」はよく似ていた。いずれにしてもバンドネオンのリズムが小気味良かった。


 ステーキも美味しかった。特に、丸紅同期のⅠ氏が持ってきてくれた醤油をつけて食べたのが良かった。ステーキに醤油は合うのだ。それに赤ワイン。アルゼンチンのワインなんてあまり聞いたことがなかった。南米ではチリのワインが有名だが、アルゼンチンのワインも満更捨てたものではないことを発見した。ともかく飲み放題だったので二日酔いにならないように自重して飲むのに大変だった。


 今朝は、9時からのバス2台に分乗してのブエノスアイレス市内観光だった。ブエノスアイレスはスペインの統治下にあったのでヨーロッパ風の重厚な建物が沢山あって、一寸見にはヨーロッパの街並みに似ていた。午前中一杯の観光で、殆どが車窓からの観光になった。結局、下車して観光できたのは、大聖堂、カミニート地区、エビータの墓、フロリダ通りだった。あまりに大都会すぎて、観光の的を絞り難かったのだろう。


 昼食は昨夜に続いて又もやステーキだった。アサードと言うアルゼンチン風の焼き方と言われたが、普通のステーキの焼き方で、ここには醤油が無かったので一寸物足りなかった。しかし、今回も脂身の部分を除いて完食。完全に食べ過ぎだ。この3日間で2Kgは体重が増えた気がする。


 結局、本船には午後4時過ぎに戻った。こうして5日間のオーバーランドツアーは終了した。ともかく、イグアスの滝には圧倒された。ビクトリアの滝もナイアガラの滝もそのボリュームではイグアスにはかなわないだろう。


 ブエノスアイレスで日本から新たな乗客が90名ほど乗り込んできた。ここから横浜までの約50日ほどの航海を楽しもうということだ。特に南極遊覧航海は今回が最後ということなので乗客が増えたそうだ。明日は、ウルグアイのモンテビデオ入港だ。ブエノスアイレスの東150Kmに位置するので、今度は時差を1時間進めて、日本との時差が11時間に戻ることになると船内放送があった。


 今夜は夕食を抜いた。明日も寄港地プログラムではステーキを食べることになるから。





2月13日(土) 曇


 今朝はウルグアイ国のモンテビデオ港に予定より3時間半遅れて昼の12時半に接岸した。本船側の説明によれば、モンテビデオ港への航路が混んでいて順番待ちのため遅れたとのこと。実際接岸してみると、目の前に我が本船の2倍はありそうなCelebrity Infinityという客船が既に接岸していた。これは最近建造された客船で船室にバルコニーがついており、まるで動くビルディングと言った客船である。僕はむしろ接岸までの時間を使って昨日までのオーバーランドツアーで使った下着などの洗濯ができて良かった。少し未洗濯のものが残ったが、ハンガーが足りなくなったので、残りは明日以降にすることにした。


ともあれ、接岸が3時間半遅れたために多くの船客の選んだ寄港地プログラムの出発が1時間半は遅れるというハプニングになってしまった。僕の場合は、最初から午後4時出発の「ウルグアイの牧場訪問」を選んでいたので特に問題は無かった。むしろ、昼食後の時間を使って、徒歩でダウンタウンまで行ってくることができた。ダウンタウンまでは徒歩でも20分くらいで、街が碁盤の目のようにできているし、港の出口に待機していたタクシーの運転手が親切で、本船がくれた地図よりもっと観光客に判りやすい徒歩による推奨ルートマップをくれたので、それに従って歩いたら何も問題は無かった。


モンテビデオは昔要塞があった由で、スペイン語は判らないがそれらしき説明板があったのでそう類推した。1人で歩きまわると、余程事前に勉強して行かないと、何が何だか判らないままに、ただ歩き回ることになる。街はいかにも古そうなひなびた街で、土曜日の午後と言うこともあってまるで死んだような街だった。開いているのは観光客相手の露天や食べ物屋ばかりだった。ただ、要所に警官がいて観光客の安全に目を配っていたのが印象的だった。特に買う物も無かったので何も買わなかった。


今日、僕が選んでいた寄港地プログラムはモンテビデオ近郊の牧場を訪問して、そこで馬車に乗ったり、羊の毛を刈る様子を見学したり、牧童(ガウチョ)が馬を乗りこなす様子を見たり、乳牛の乳しぼりを体験したりした。さらにアサードと言って焼き肉料理を楽しむことだった。焼き肉には醤油がぴったりなので本船から卓上醤油の瓶を1本借りて行った。これが同じテーブルに座った人たちには大変好評だった。やはり、僕たちは日本人だ。醤油があれば、何でも美味しく食べられる。また、ウルグアイ産の赤ワインが飲み放題と言うことで、グラスに何杯もお変わりした。外が暑かったので、殆ど酔わなかったような気がする。そして、最後はタンゴ・ショーだ。牧童がそれなりの扮装でタンゴを踊ってくれた。この牧場は、あまりにも観光客用に演出されているのが気になったが、まあ、こんなものなのだろう。ご機嫌で本船に戻った。


その後が大変だった。僕たちの部屋にO氏、Ⅰ氏、隣室のSさん、斜め前のE氏などがお酒持参で集まってきて、酒盛りとなった。僕は、もうパジャマに着替えていたが、そのまま深夜まで。僕は既に牧場で赤ワインをしこたま飲んできていたので、Ⅰ氏がモンテビデオで購入してきた大瓶(960ml)のビールを少し飲む程度だった。


隣室のSさんからは、同室の2名(ヒロシマさんとシェーシェーさんと言う風にニックネームで呼んでいた)が現在南極へのオーバーランドツアーで不在なのでゆっくりしているとか、先日酔って頭を打って大変だったとか、面白おかしく話していた。


本船は予定通り23時すぎには、解纜離岸してゆっくりと動き出していた。狭いモンテビデオ港から出るのは時間がかかっただろうと思われたが、僕たちは酒盛りの最中だったのでどのように出港したか判らなかった。次の停泊地はウシュアイアで18日まで5日間の航海である。