日曜日の妹の遅刻からずっと苛々している。久々にえらく引きずるなと思う。
理由は下記。
①前日、患者会の勉強会で頭が戦闘モード(闘うという意味でなく、情報収集の為にエネルギーを使ったという意味で)
だったから、それに影響された。
②自分の時間が作れず、疲れていた。
③母の検査結果のために会社を休み伯父を誘導する必要があったため、ナーバスになっていた
これら以外に、母は、私の思う「お母さん」ではなく、戦後間もない機能不全の家庭で育った、
一人の人間であることに気づき始めたからかもしれない。というのがある。
母の料理は美味しいものではなかったが、栄養バランスはほぼ完璧であった。
母は幼い頃に貧しさで、お友達が紙芝居でおやつを買うのに参加できず、少し離れた場所から見ていた。
そしてそれを私や妹にも強いた。一度、自販機でジュースを買ったのがばれた時、
いくら呼んでも歩幅を変えずにふり向いてもらえなかった時があった。
大人になり頭にきて理由を聞いたら「怖かった」と言った。
お菓子はちゃんと買い与えたから不自由はさせていないとも言った。
誕生ケーキは手作りで、妹が小さいとき「買ったケーキを食べたい」と言った
(自分で選択して友達とお菓子を買いたかったし、私も綺麗なケーキを買ってほしかった)
自己流で自分の殻を作り、ちゃんとしているように見えて、こじれながら生きてきたのだ。
母方の祖父は、家にお金を入れない人でその割にお妾を作り、
お嬢様の祖母はただ耐えて離婚もせず、仏教系列の聞いたことのない宗教にはまり、でかい仏壇が家にある。
母はその祖母を神のように思っており、祖母のお祈りで天国に行けると無条件に信じている。
妹が遅刻をしても、それでもあの子が大好きだしいいところがある、と笑う。
私は、いまだに買い食いがのばれたあの日、お母さん聞いてよ!と言い訳をしようと、
振り向いてくれない母の歩幅に追いつけない時のままなのかもしれない。
お母さんなら、妹を叱って私に味方をしてよ。お母さんの言う通り、私は正しくあろうとしているのだから、と。
母は、私の理想の立派な母ではなかった。頭ではわかっている。だから成人式も随分と経ってから自分で行った。
わかってはいるのに、今更、まだ「お母さんは完璧じゃない」と狼狽するのだ。
もし母が、妹にきつく注意したら「まぁまぁ色々あるよね」と私は寝返る気がする。
母親の娘であり、妹の姉であり、他人軸で生きてきた私の、今までのコロコロ変わる立場のように。
私は、遅刻をする妹への苛立ちと、いけずなパリジェンヌのようなただの高齢女性が、
私の、逆らえない母であることの認知が乱して整理できていないのかもしれない。
母はもう子供を叱る年ではない。私を守る年でもない。
じゃあ、私をだれが守るの?私のまだ幼いときに置き去りにした心が、
律子さんを育て、一人で生きていこうと努力させているのではないか?まだわからない。
母が、母を構築したように、それ以上に私はちぐはぐに構築しながら生きてきたのかもしれない。