202GO

母の宗教について考えていた。
私が小さいとき、母方の祖母は市内の距離で、
わたしにとってのおばあちゃんは母方の祖母であった。

私が小学校を卒業する頃、祖母が痴呆気味になり私達4人家族は
介護要因で祖母の家にあがりこみ、結果、祖母の家は私の実家となる。

まだそうなる前、両親と妹と文鳥と金魚とアパートで暮らしていた。
小さい頃、週末に祖母の家に遊びに行っていた。父は時々一緒に来たが
基本的には母と私達姉妹3人で行き、やる事もないのでテレビを見て、

祖母の頼んだお寿司やウナギや、近所のパン屋で買ったパンを昼食にしていた。
(祖母の家での昼食と、終業式だけ野菜がない唯一の昼食であった)
 

当時、あなたの知らない世界というオカルト番組が流行っており、祖母と一緒に見ていた。
おばあちゃんは怖くないの?・・怖くないよ。おばけは○○(私の名)にはとりつけないんだよ
なんで?・・お化けが近寄れないくらい、位が高いからだよ。
お母さんは?・・お母さんも。仏さまが守ってるから、大丈夫なんだよ。
こんな会話をしていた。そういうスピ系の話が大好きだったから、よく話をせがんだ。
勿論母にも。父の前で質問したら、この話はおしまいとなってしまうし父も嫌がるから
アパートでは聞けなかった。
 

祖母の家で、でかい仏壇にお仏飯をお供えする。
仏さまはご飯食べるの?カレーもかけた方が喜ぶんじゃない?
・・仏さまは匂いだけでお腹がいっぱいになるんだよ。(答えになっていない)
仏さまはどこにいるの?・・祖母は上を指さした気がする

 

私は地獄に落ちないこと。霊が憑りつけないこと(霊も見えないと言われた。それは本当)
念仏を唱えて息を吹きかけたら硬直した遺体は柔らかくなり(とんぼや蝉で試したが硬いままであった)
日想観では太陽を見てもめが潰れず、真ん中に仏さまが見えるはず。と教えられた。
結構な年まで信じていた。小さい頃、私は小田無道や冝保愛子みたいになりたかったから
霊が見れないのはとても残念だと思った。

少し環境が違っていたら、私は宗教2世の被害者になっていたかもしれない。
そもそも強く勧誘はしなくとも、母方の家族の多くは結構信仰していたと思う。
 

死んでから許した、私の父が抑止力になっていたのだと思う。

まだ小さかったころ、仏なんかいないぞという父が真実を否定する嫌な奴だと思っていたけど。
 

祖母が父に、宗教の話を持ち掛けた時のぴりついた空気は今でも覚えている。
この年になって、父の反応が一般的な反応、又は正しい反応と世間では言われるのだと思う。
 

癌になり、神にも縋る思いで正しい医療知識に縋りついた。生きるにはお金がいる。
だから私は神でなく金を狂信している。金さえあれば。私の人生がひっくり返るのでは
と本気で思っている。ひっくり返したのは金でなく癌だったのに。今だってお金を信じている。
父は、金でなく健康が一番と言っていた。金がす一番だという私を否定し、そして70代で亡くなった。
私は金が一番といいながらいつまでも金を求め、父のようにわかりやすい宗教はもたないまま死ぬのだろうか。
 

あまりよく眠れないまま、5%OFFクーポンを使いたく朝6時半に起きて24時間営業の
イオンへ行った。先週もクーポンが発行されてまとめ買いしたばかり。
毎日物価が上がり続けるのに給料は上がらない為、買っておかないと不安なのだ。

今日も実家の掃除と買い出しだった。母に電話中、ふと、祖母の宗教について母に訊ねた。
宗教は親鸞会か、その派生と思われる。お念仏を唱えたら死後硬直しないとか、善知識に会ったから
死んだら極楽に行ってそこから生き物に生まれ変わることなく極楽浄土にいられる、
ランクが上になる、それを証拠に太陽を裸眼で見ても目が潰れないとか、都合のいい話ばかり。
 

ひいおばあちゃんの代かららしい。実家にはでかい仏壇がある。父はこの話を嫌っていた。
私は無宗教である。何なら宗教=怪しいという概念すらうっすらある。
 

元彼が顕正会で(アムウェイ会員でもあった)、若い私は、宗教を取るか私を取るかどうする?

と尋ねたらアムウェイは友達だし、宗教は自分を救ってくれたからやめられないと泣いた。
(アプリで知り合った日の浅い女から、自分のよりどころを否定されたのだ。
彼はその後、お母様と同じくらいの年齢の女性と結婚する)
一人を信じる事すらできない私には、理解できなかった。

(←妄信的に一人の男性に捕らわれていたじゃないか、と今はつっこめる)

以前、西原理恵子氏が、「宗教を持っていて、幸せになれるならそれでいいじゃない。
お金で買える幸せであったとしても、買えるならいいじゃない。」

と漫画で言っていた。「確かに!」と思った。
あの漫画の一文がなければ、私はまだ宗教ビジネスにアレルギー反応が出ていただろう。

母との会話の話に戻る。私は西原理恵子の言葉を頭に置き、自分を落ち着かせながらもこう言った。
要は、死んだらもう人間にならないってこと?(よほど現世が辛かったんだろうな)
もし善知識に会ったとて、人をたくさん殺めたら、それでも極楽浄土へ行けるの?(免罪符とどう違うのだ)
実際飼っていた犬は死後硬直したが、お念仏をとなえてもそれは立証されていない
(強引に強く撫でたら、肉体は鉄でないから曲がる、それをやわらかいままだったと言われても)
私がよその宗教の信者になったらどうする?

母は、わからない、宗教についてはややこしくなるからやめましょうと言った。考え方は自由だからとも言った。
質問をしていた時の私は、母の信じる宗教を、怪しいよくわからない靄のように思っていた。
霧をかき分けたら、私の求める、私と同じ思想の母が出てくる、と。
私の正しいお母さんに直さないと、と。「確かに、現実的に考えたらそんな都合のいい話はないわよね」
なんて言って欲しかったのかもしれない。
 

今ほどの情報がない昔、ひいおばあちゃんは幼くして親から離れて働いて財を成した人。
結婚し子供が出来ても、夫はお妾とひいおばあちゃんを行き来し、娘(祖母)はダメンズに引っ掛かり、
金銭的に苦しい思いをした。母は父親(ダメンズ祖父)に苦労を強いられ、戦後何もなくなった日本で
惨めな思いを幼い頃からしていた。
「死んだら報われる」という救い。私たちはもう大丈夫という、人とは少し違うという安心感。
その女達を支えたのが親鸞会だったのだろう。

西原理恵子の漫画を読んでいなかったら、田舎から出てきた純粋すぎる傷ついた元彼と出会っていなかったら
私は母を更に弾圧していたかもしれない。「その宗教は怪しいんだよ!目を覚まして!」なんて。
私はやはり、その宗教についてそんな都合のいい話があるか、と思ってしまう。

無理して寄り添おうとも思わない。人は変わらないし、仰せの通りかんがえ方は自由だから。

帰宅後、おからクッキーやらチーズスナックをレンジで作って、掃除をしてシャンプーと洗濯をした。
冷凍庫はパンパン、冷蔵庫もいっぱい。ストックBOXも潤沢。それでも私は来週も、買い出しをするのだろう。
 

メダカの死後、ハムスター眠る鉢植えに弔ったが、植えていた植物も枯れてしまった。
花が咲かず、葉だけすくすく育ち、40度も乗り越えたからきっとこのまま
ツタのように伸びるのかと思っていたころだった。

サンドラブロックの28DEYSで、自助グループの一人が社場に出ていつからSEXをしていいかと
講師に訊ねた時、「まず花を買う、何でもいい。枯らさないで育てられたらSEXしていい」と言っていた。
その質問者は、結局花を枯らして、飼った犬も全然懐かないというオチで、
「やっぱりこういうところに表れるんだ」とお間抜けキャラの彼が泣いてしまう姿を見て
当時はちょっとクスッとしていたが、全然笑えない。植物も枯らすし、メダカも死んでしまったのだから。

今日は、朝作り置きをして病院に行った。主治医に「漏水はどうですか?」と聞かれた。
金曜の昨日も、別階のマダムにエレベーターで「どう?あれから」と聞かれた。
私は、意外とヘルプを出せていたのだと思った。愚痴を言ったところで直してはくれない人々に
今漏水で困っていると言えていた。とはいえ3か月間だから、自己開示ができたと誇れるわけではないけれど。

病院後、2時間カラオケ(すごくうまい人がいた、別室の大音量でも苦にならなかった)、
納骨堂お参り、スーパーで買い物、帰ってきてシャワーを浴びて食材を冷蔵庫や冷凍庫に詰め込み、
乳製品の安いちょっと遠いスーパーへ行った。その後イオンで野菜を買って、帰宅。
買ってきたものをストックBOXに詰め込み、レンタルCDをウォークマンに落とし込みながら
食材切って洗って布団を干して、洗濯もした。
その後、ネイルを修正して蒸しパンを作り、もう土曜日が終わってしまう。
最近、ずっとアウシュビッツやらキリングフィールドやらの映画とyoutubeばかり見たり聞いたりしている。
そういうモードなのだろう。

パズルゲーム用と化したiPhone7がついに充電しづらくなった。

2014年、彼と会ってその後買った最初で最後のiPhone。
もう高くて買えない。ジャンクとして売ってもいいけど、

このiPhoneは、やっぱり彼を投影してしまって今は捨てたくない。


これに入っている禁煙ウォッチアプリは2020年、5月30日09時04分から開始されている。
煙草は絶対やめないと言っていたのに。もし余命宣告されたら、また吸い始めたっていい。