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三宅伸治

【三宅伸治】

$sinjukujamのブログ-三宅伸治BAND


interview

三宅伸治!ロックンロール・ジプシーツアー真っただ中。ジプシーの意味を調べてみる。
『ヨーロッパを中心に、南・北アメリカなど世界各地で生活する少数民族。9世紀ごろインド北西部から発したといわれ、長く移動生活を続け、世界中に分布。言語はインド・アーリア語系のロマニ語。音楽や踊りを好み、楽士・かご作り・鋳掛け・占いが伝統的な職業。ジプシーと呼ばれてきたが、ロマが自称。』『ヨーロッパを主に、各地に散在している少数民族。原住地はインド北西部とされる。数家族から十数家族で移動生活を送ってきたが、現在ではその多くが定住。ロマーニー語を話し、音楽をはじめ、独自な文化をもつが、ナチスによる絶滅政策など各地で厳しい迫害を受けてきた歴史をもつ。』らしい。ジプシーも大変そうだ。でも幸せな民族なんだろうな。今回直接インタビューできなかった為メールでの取材となった。(新宿ジャム 石塚明彦)


■2008年はどんな1年間でしたか?
「あっという間の1年でした。」
■ロックンロール・ジプシーツアーの北海道編はいかがでしたか?
「吹雪でしたが、LIVEはあったかかった~。」
■最近のツアー先のエピソードなんかを教えて下さい。
「北海道の増毛(ましけ)で毛生え薬のお土産を買った。」
■最近気になってるバンドって、、?
「The Who、The Rolling Stones、Booker T. and the MG's」
■2009年はメジャーデビュー20周年だと思うのですが、デビューした時の思い出とか記憶にあるエピソードを教えて下さい。
「東芝の宣伝の人が、熱湯CMに出て、僕の宣伝をしてくれた。」
■忌野清志郎、仲井戸麗市、木村充揮、ザ・ハイロウズ、斉藤和義、ウルフルズ、石田長生、、親交深い人達とのエピソードを教えていただけたら嬉しいです。
「1人で旅の途中、裸の女性の写メを斉藤くんが送ってきてくれた。」
■旅をする事ってどんな事ですか?
「毎日、違うねぐらで寝る事です。」
■旅先での旨いメシ屋のお話なぞ、、
「金沢の市場の中の食堂。板長がお土産も用意してくれます。」
■2009年の抱負を
「うし年。僕もうし年なので・・・期待してください。」
■1/11の新宿ジャム公演について
「1年ぶりのJAM。年の始めから、ぶっとばして行こう!!」


三宅さん!!忙しい中、メールを送って頂いてありがとうございます。しかし最初のメールが返信されてきた時には笑ってしまった。『何百字と文章が送られて来たら、どう編集したらいいんだろう??』なんて心配してたのだが、マジでシンプルな回答が帰って来て、本当に笑ってしまったのだ。うーんカッコいい。さすがだね。ツアー先のエピソードが『増毛で毛生え』だし、斉藤和義は一体どんな女性の裸の写真を送って来たのかも気になる。金沢の市場の食堂なんて数限りなくあるじゃないか!!うーん。奥が深い、、シンプルisベストだ。ロックンロール!

デリシャスウィートス

【デリシャスウィートス】

$sinjukujamのブログ-12.31


-MEMMBER-
*  唄と躍りと寸劇  * こえだ / 竹部さん / チャ-マァ
*  過激派司会女優  * 佐藤梟
*   特別ゲスト    * スイミ- / たーくぃー
*演奏(女横町痺れ腰)* タイガー(key) / ベンジャミン(Gt) / ピータン(Dr) / 忠兵衛どん(Ba)


interview

■10周年と言うことで、まず初めに、結成からの10年を振り返ってください。まず、結成は何年?
チャーマァ・ハイヂ(以下 ハ):1997年。…か、8年。笑
■なんではっきりせぇへんのん?笑
ハ:忘れちゃった…笑
■(笑)では結成のいきさつから教えてください。
ハ:もともと岡山から東京に出てきたときは、洋服を作る仕事がしたいと思ってそういう大学に通うためだったんです。上京するまでは部活とかに熱中してたから、それがなくなって何していいかわからなくて、遊びたいって欲が爆発したのもあったし、まじめに学校行かないでウロウロしてたんです。その時にすごいおもしろいVANVAN2005のファッションショーを観て、私もこういうショウがしたい!と思って、どんどん服を作っていったらたくさん溜まっていって。でもどこかでショーをするつもりはなかったんですけど、枠が空いてるからって誘われて、ショーをやったんです
■それはどこでやったん?
ハ:六本木のイエロウです。それが今のデリシャが出来るきっかけでした。その時からつけまつげ付けて、目真っ黒にして…。両親の青春が60年代なので、その影響でそういうファッションとかが好きなんです。物心着いて最初に聴いたのが伊勢崎町ブルースだし。お父さんの第九、ちゃんとしたスピーカー
大勢の女の子が集団でいるのを見るのが好き・宝探しゲーム、人を集めて面白いことをするのが好き
■ほー、、、では年度ごとにさかのぼっていきたいと思うんやけど、1997年にイエロウで始まって、1998年はどうでした?
ハ:1997年は誘ってもらってやったので、今度は自分でやり始めました。一回やってから誘われなかったので、「誰も良いって思わなかったんだな」ってのもあったんですけど(笑)、やりたいからこれは自分で企画するしかないってなって。半年か一年に一回くらいしかやらなかったんですけど…で、その後U.F.O CLUBでやらせてもらって。
■その時って「デリシャスウィートス」名義だったっけ?
ハ:いえ、“ハイヂの踊るルキルキファッションショー”って名前でやってました。とにかく口パクで踊りながら洋服を見せるショーでした。で、U.F.O CLUBでやった時に、女の子のそういうシーンに名前を付けようと思って、パッと思いついたのが「デリシャスウィートス」だったんです。
■じゃあハイヂさんの造語なんだね。
ハ:一番始めにショーをする上で決めてた事があって、パリコレとかほとんどのショーが細くて背が高くて顔がちっちゃいモデルさんが出るじゃないですか、だからそういうのじゃなくて、世の中には色んな体型の人がいるし、ぱっとみて色が艶やかだったり、目で見て楽しいなって思えるようなショーがやりたいなって思ってたんです。太ってても、細くても、例えばわき毛が生えててても素敵な人は素敵だしその人の魅力が湧き出てくる人間臭いショー。
■1999年はどんな感じでした?
ハ:レコードで口パクでやってたのが生演奏になって、マイクでちゃんと歌うようになりました。
■つまり前はカラオケみたいな感じやったんか?
ハ:あ、じゃないです(笑)カラオケじゃなくてもうありものの…普通にレコードかけてるだけです(笑)
■つまり生演奏になったり、段々広がって来たんやね。
ハ:そうですね。生演奏でやったら?ってアドバイスをしてくれた人が演奏してくれるって言うので、じゃあやる!って。で、そうなったらだんだんいろんなとこに誘ってもらえるようになって来て。枠にハマるのがすごく嫌で、でもみんなはロックならロックってはっきりしたいんだと思うんですよ。だから周りには「何がやりたいんだろう」ってすごく思われてたと思うんですね。でも私にとってはすごくやりたいこととしてあって。ショーでもバンドでもない、「これがいいのー!」って。
■(笑)カテゴライズってあるからなー、普通の人は。枠にはまりたいっていう。
ハ:私はないなぁ…。新しいものって最初はなじめないと思うんです。ものでもなんでも初めというものがあって、それがだんだん浸透していって今では当たり前になってるとも多くて。だから今は「わけわかんない」って人に言われてもそういうものとして、「ド肝抜かしてやる!」って思ってました。
■ほんでは2000年に入りました。3年目。
ハ:知り合う人が段々増えていって…あ、JAMにも出ましたよ!
■じゃあ2001年!
ハ:メンバーも入れ替わり立ち代わりして…沢山出会いもあって。
■5年目!2002年!
ハ:えーっと…だんだん分かんなくなって来た(笑)2006年くらいまでメンバーが入ったり出たりしてて、泣いて笑って悩んで~…!ってなってました。ぐるぐるぐるぐるーって。自分のやり方は間違ってるのかなーって、人を傷つけちゃったかなぁとか…あ、大事な事を忘れてた!この年に梟さんと出逢いました。本人の話によると、もともと梟さんはミュージカルスターになりたくて、学校とか劇団とかやって、続かなくて、でも頑張って客演とかで舞台にでてて…てとこで出逢ったんです。その劇団の衣装を作る事になって、梟さんを見て、「なんておもしろい人なんだろう!すてきー!」って思って。その時はお互い人見知りで声かけられなかったんです。で、2年後に、寺山修司の劇団の音楽を作ってたJAシーザーさんが、その劇団が無くなった後に作った演劇実験室_万有引力っていう劇団の実験公演にデリシャが誘われて。その時に梟さんが主役だったんです。ミス足利って役で(笑)
■再会したんやね。
ハ:はい。そこで、「実は出て欲しかったんだー」って話をしたら、「私も!」って言ってくれて。その時ちょうど“ハイヂカーニバル”ってのを一回目でやる予定だったので、そこでちょっとおしゃべりして欲しいって頼んだんです。
■それは何年くらいの話?
ハ:2003年です。で、そこでゲストとして出てもらって、そのままずっといてもらってる感じです。
■確かにあの人って、デリシャスウィートスの中でメイン張ってるってくらい存在感があるよね。
ハ:はい。核です。デリシャの中の。
■ハイヂさんがプロデュースして、主演女優は梟さんっていう、そんな感じがする。
ハ:あー、でも、そんなイメージかなぁ。みんな主役を張ってるんだけど、ステージの中で土台を作ってるのは梟さんだと思います。梟さんがいることによってステージが締まるのと同時に、ふわんとしたものも引き立つっていうか。
■じゃあ梟さんとの出逢いはかなり重要やったんやね。
ハ:そうですね。で、そのちょうど後に人が抜けたりして、自分も人を信じれなくなって、距離を置こうとか考えてたんですけど…。いつもこの話するとき梟さんとホントに会えて良かったなぁって涙が出ちゃうんです。。。
■そーかそーか。。。ええ涙やな、じゃあ。
ハ:梟さんが入ってちょっと経って、やっと良いメンバーに会えて良かったなって思った時にメンバー全員まとめて抜けちゃって。それが2004年かな?で、仕方ないから一人でやるかなって思ってたら梟さんが「私はやるよ!」って言ってくれて。
■なるほど。そこまでやって来た事がリセットされて、梟さんと君とで1から出直した訳や。
ハ:そう。自分のやりたい事をして、人が離れていって仕方ないから新しい人として、ってやっていっても結局みんな離れていくんだろうなって思ってたんです。だから梟さんが私の作るものがすごい好きだから絶対やめたくないって言ってくれてたんですけど、「また嘘ばっかり!」って思っちゃってて。笑
■ほう!笑
ハ:いえ、あの今は信用はしてるんですけど、そのときは半分で聞いておかないとまた自分が傷ついちゃうなって、それが怖くて。でも梟さんは本当にそうで。右腕になってくれて。。。
■良かったなあ。2006年くらいから本格的に活動してたみたいやけど…
ハ:そうそう!ニュージャパン!
■13回目にして初のワンマンやったんやんな?
ハ:そうです。そうそう、その後にシンコーミュージックの専務(漣健児さん)に企画を毎月やったほうが良いって言われて。月1のペースで一年間やりました。そしたら専務の言う通りにどんどんお客さんが増えていったんです。
■次はグランドキャバレーキネマクラブ。DVD見たけどめっちゃでっかいとこやな!あんなとこでワンマンやってたんやなー
ハ:ニュージャパンの方がお客さんと近くて、キネマクラブはステージ!って感じですよね。で、2007年は行った事無い所に行こうって。
■2007年までツアー行った事なかったんだ!?
ハ:大阪とか名古屋とかはちょこちょこ…でも一年に一回くらい。もっと色んな所に行こうって話になったんです。「大阪は行った事あるから、奈良に行こう!」みたいな感じで。笑岡山とか福井とか石川とか…あ、あと見世物小屋で札幌にも行きました!まだ行った事無いのは九州地方と東北かな。
■いろんなことの布石が2007年にあったってことやね。見世物小屋にも去年行っとったんか。
ハ:そう。赤字覚悟で行きました。入らなかったところもあって。教育委員会が子どもに入るなって言ってたところとかもあって(笑)でも逆に心構えしていったら満員で、PTAの人も面白いって言ってくれたところとかもあって(笑)ズコーッみたいな(笑)靖国神社の御霊祭りとかはすっごい沢山入ります。今年でもう4年目で…
■あ、そうなんや!
ハ:あと2007年は渚ようこさんがプロモーションビデオで誘ってくれたりとか、そういう出会いもありました。で、2008年はすごく盛りだくさんなんです。
■ね、すごい楽しそうなスケジュールが沢山あったみたいで。3ヶ月連続見世物小屋とか。
ハ:今まではバンドとは違う形態だけどライブハウスでやってもいいじゃない、っていうスタンスだったのが、今度は自分たちで作った独自の場所でたくさんやってみる年にしようって。
■すっごく楽しそうだよね。
ハ:楽しいですー!
■結構今年は重要な年だと思うので、一つずつ追っていきたいと思います。
ハ:3月の終わりくらいに、セカンドアルバムの「七色ハズムまっ暗世界」ってのと、浅草行ってドキュメントタッチで撮った映像とキネマクラブのライブ映像が入ったDVDと、で、そのレコーディングとか撮影をずっとやってて、それまでほとんどショーはやってなかったです。出てから最初のショーは井荻会館でした。
■あの場所どこで見つけたん?
ハ:骨董市をやっていて、おもしろそうだからみんなで行こうよって行ったらすごく素敵な築80年のまさに昭和の建物があって、やりたい!!って。町内会の建物で、管理人さんが住んでるから絶対ダメって言われるのを覚悟して行ったんですけど、管理人のすごいおもしろいおばさんが「いいわよ~」ってすぐオッケーしてくれて。逆に「え!いいの!?」って驚いちゃって。そしたら「でも、高いわよ~」って(笑)で、凄い心の準備をしながら「いくらですか?」って聞いたら、「3時間で、_………___円」って(笑)
■あはははは!!めちゃめちゃ安いやん!!
ハ:私すっごい吹き出しちゃって(笑)で、そうやってとんとん拍子で決まりました。で、その次は中野の駅前のテントショーです。井荻会館の次の面白い場所を探してたんですよ。外でやりたいなーってのがあって、あそこなら沖縄の祭りとかもしてるし、ちょっと中野区役所に行ってみよーって。聞いてみたら「あ、じゃあ予約しとくよ~」って(笑)「いいの!?」って(笑)でもほんとはすっごいややこしくて、普通に借りれなくていろいろあったんですけど友達とかに手伝ってもらってなんとか許可が
おりて。
■あのイベントも良かったね~なんか盆踊りとか、そういう懐かしさとか感じましたね。
ハ:ありがとうございます!
■で、あとは3ヶ月連続見世物小屋。
ハ:府中の大國魂神社のくらやみ祭がまずゴールデンウィークにあって、それはその場所で初めてやって、3日間。6月に札幌の神宮祭りで、7月に靖国神社です。
■見世物小屋って楽しそうやねー
ハ:いや、ほんと楽しいです。老人から子どもから、OLさんやサラリーマンとかも見に来るし、いろーんな人が見に来てくれて。子どもがすごい目きらきらして見ててくれたりして。多いときは30ステージとかするんですけど、楽しくてあっという間に終わっちゃうんです。
■すごいなー!ではでは次の話題です。デリシャスウィートスて凄いおもしろいメンバーが集ってると思うんで、メンバー紹介をして欲しいです。まず小枝ちゃんから。
ハ:好奇心旺盛で、人の事をすぐ覚えるからお客さんの名前とかすっごい覚えてて。あと…私が怖くてお化け屋敷に入れなくて落ち込んでたら「かき氷食べなっ!」とか励ましてくれたり(笑)いつも笑ってる。
■すごい二人似てるよな!
ハ:一回うちのお父さんが間違えた事もあるんです(笑)
■竹部さん!あの子おもしろいね。笑
ハ:竹部さん入る前に、ちっちゃくてだるまみたい子が入ってくれたら最強だ!って梟さんと言ってたら、向こうから走ってきたんです(笑)
■あははははは!!!
ハ:で、「やりたいです!!」って言ってくれて。とにかく面白い。愛嬌もあるし。でも凄く気配りが自然に出来る子なんです。一番年下でまだ19歳なのに一番そう言う意味ではしっかりしてて。
■19歳なん!?すごいなそれ!では次ピンポンちゃん。
ハ:天真爛漫です。一見、頭のいい大学出てるけど、人が持ってない不思議な目線を持ってたり、まっすぐな子です。
■DVDの中では一番シュールな役だと思うんですけど。
ハ:そう!そうなんです。あの「チュッ」の案もピンポンちゃんだし。不思議な発想をします。
■次は中指さん。一番異色な子だと思うんだけど。
ハ:あー。確かにとらえどころが無いって言うのは私もそう思うかも。。。神秘的というか。色んな面を持っていて面白いです。凄くがんばり屋さんで、純粋な少女です。
■最後、梟さんは。
ハ:梟さんは私は一番良く喋るから…。人の事をすっごい良く見てて、持ってるものが私と真逆だねって話すんですけど。私と違って、目で見たもの感じたものをちゃんと言葉で伝えられるっていうか。私と違って説得力がありますね。相手が望んでいる事を分かる人。でも寂しがりやです。ステージに立つと神様が降りてくる(笑)でも、私にも見せないけどすっごく努力家だなっていう一面も持ってて。
■デリシャのすごいとこは、君のプロデュース力と梟さんのカリスマ性がちゃんと車輪になってるとこだと思うのよね。どっちかだけじゃなくて上手く二人がバランスとれてるのがすごい。
ハ:二つで一つじゃないけど、私はすごく梟さんに助けられてます。
■あとはバンド!ホームページ見たらベンジャミン・オイカワさんは中野のカリスマでお料理上手やろ。忠兵衛どんはとてもキレイな手やろ。タイガーさんはプリンが大好きなんでしょ。ピータンさんは可愛い容姿に反比例なんやろ(笑)
ハ:でも本当にその通りなんです(笑)あとはー…オルガンのタイガーがバンドのリーダーみたいになってて。私の分かりにくいイメージを他の演奏の人に伝わるように解説してくれたり(笑)凄く頼りにしてます。ベースの忠兵衛どんはすごく器用な人で、本当に芸術家って感じの…たくさんの引き出しを持ってます。あとはピータンは、人懐っこくて素直で頭のキレる子、ベンジャミンは、人情、哀愁、うまい下手を通り超えた心にグッとくるギターを弾きます。うん、みんなすごいんです。笑
■デリシャは演奏が上手いからさらにいいんだよね。ではではいよいよ10周年のイベント、ハイツでイベントするということで。詳しく聞いて行きたいと思います。もう前売がソールドアウトしてるんだって?
ハ:ありがとうございます。グンバツ席というその名の通りバツグンな席は完売しました。前売り自由席はまだ絶賛発売中です。ワンマンショーは三回目なんですけど、去年10周年ってことに気付いて(笑)、なんかしようとしてたときにハイツを紹介してもらって。
■ハイツってどこにあるのん?
ハ:コマ劇の隣です。本当のグランドキャバレー!で、丸いステージにフロアがあって、その周りにソファーとテーブルがまーるくばーって並んでるんです。夢の世界って感じ。で、10周年だからどかーんってしたいなと思って。
■広さはどんなもんなん?
ハ:いっぱいいっぱいで1000人入るくらいだと思います。
■そんなにひろいのん!?あんなとこにそんなとこあるんや!
ハ:そう!でも、コマ劇場がなくなるのと一緒にハイツもなくなっちゃうんです。「もーあんな建築誰も出来ないよバカバカー!」って言ってるんですよー!
■そっかそっか…。イベント的にはどんな感じにしようと思ってるのん?
ハ:脳みそを、ゴーン!!ってやるくらいの、びっくりするショーをやりたいです。
■ゴーン!!か(笑)もう構想って固まってきてるんやろ?
ハ:はい!前の時も考えてたけど出来なかった事があったりしたので、すっごいオープニングから始めたいです。まだまだペーペーだと思ってるので、10周年って言うのもおこがましいんですけど、記念だし…。50周年とかの人もいるから、そこを目指して頑張りたいと思ってます。とにかく、言葉じゃなくって、初めて見た人がゴーン!ってなるようなのにしたいです。
■ではゲストについて。マメ山田さん。
ハ:会ったことありますか?竹部さんの半分なんですよ!マメさんは日本一ちっちゃな手品師で、マメさんがいるだけでファンタジーっていうか、ユーモラスになるんです。
■会った事ないなぁ…。山田広野監督はなにすんのん?
ハ:この日は、マメさんとデリシャで主演したやつをこの日のために録ってもらって流してもらうんです。
■ほー!楽しみにしてます!では最後に、DVDで「毎日楽しいですか?」っていうのが良く出て来てたので逆に聞いてみたいな、と思うんですが。
ハ:すっっごい楽しいです!毎日楽しいです。いろいろ、泣いたり笑ったり悲しんだり、それも含めて、楽しいです!
■では50周年に向けて頑張って下さい!ありがとうございました!!

ゴーグルエース

【ゴーグルエース】

$sinjukujamのブログ-11.14


-MEMMBER-
GAKU KAMACHI(Vo. Gt.) / U-1 Ace(Gt.) / Naoto T.D.(Ba.) / emmy lee(Dr.)


interview

■今日はよろしくお願いします!
一同:よろしくお願いしまーす!!!!!
■depOn初登場という事で5年振りのアルバムになるんですよね?
蒲池(以下:蒲):そうなんですよね!別に5年間サボってた訳でもないんですが、何となく見え方的にはサボってた風には見えてたかもしれないですね(笑)
■まず最初に結成のきっかけをお聞きしていきたいんですけど。
蒲:今オリジナルメンバーは僕とU1エースしかいないんですけど、出会いは94年です。
■94年!!!!もう16年前にもなるんですね!凄い事ですね!!!!
蒲:その時はゴーグルエースってバンドではなかったんですけど、その前身バンドからU1エースとは一緒にやっていまして、その時のメンバーがそのままゴーグルエースとして活動していたんですよ。で、長野の大学に入ってすぐ組んだ普通の学生バンドだったんですけど、最初はそこまで本気という訳でも無く、しかも地方の長野のバンドだったし。長野出身のメンバーは1人もいなかったんですけどね(笑)そのまま学生バンドとして活動していて、石塚さんもご存知かとは思うんですけど、当時ってバンドのコンテスト系がよく各地で行われてじゃないですか。
■ありました!ありました!
蒲:今はそんな多くはないですけど、当時、地方の学生バンドとしては力試しとしてコンテストって言うのがちょうどよかったんですよね。で、そのコンテストの中でも上の大会に繋がるコンテストが幾つかあって、僕達のバンドも幾つかのコンテストで上にいけたりして。そうして上に上がっていくと、電車代やらホテル代とか出たりしてそれで東京に行けるってのがあったりして。でも、全国で優勝するって事は1度も無かったんですけどね。「○○ブロックの一番になって東京に行ける!」ってのはあったりしても。そうやって活動していく中で、コンテストの審査員とも仲良くなったりして、長野までライブを見に来てくれるようになったりしていったんですよ。最初から「CD出してくれ!」って言う話しとかは無く、良く資料をもらってましたね「こういうバンド聴いてみな」って。そういうのが多くなってからは東京にライブしに行く機会も増えてきてって感じですね。
■そのコンテストのお陰で東京とか色んな所に出て行くきっかけになったって事なんですね。
蒲:まぁそうですね!
U1エース(以下:U1):コンテストの決勝として最初に東京でライブしたのが渋谷O-EASTだったんですよ。
■ちなみにそのコンテストって何のコンテストだったんですか?
U1:島村楽器のコンテストでしたね。そのコンテストでファンが付いたんですよ。コンテストなのに。高校生とかいっぱい居て。
■その頃のライブハウスってまだまだ活気あったもんね!
U1:ありましたね!お客さんも沢山居て。で、実は東京でコンテストとか関係なく初めてやったライブハウスが新宿JAMなんですよ!
蒲:当時、ハードコアが流行っててバンドもハードコアが多くて、それなりに名前があって長野までツアーで来てくれる東京のバンドってのがハードコアばっかりで、よくハードコアと対バンさせられてましたね。音楽性違うのに。
■ちなみに当時の音楽性ってどんなんやってたんですか?
蒲:もっとパンクよりでPOPでしたね。で、長野でツアーバンドと対バンしていく中で僕等も東京にツアーしに行きたいなってのが出てきて、当時の長野のライブハウスのブッキングマンに紹介状を書いてもらったんですよ。ツアー行くために。で、その紹介状を東京のライブハウスに幾つか送って、初めてやらしてもらったのが新宿JAMなんですよね。新宿JAMでやるようになってから東京で名前も広がっていくようになって、リリースもあったりして長野で活動するより東京で活動する事が多くなって、上京したんですよね。そこから事務所に入るようになったりしてプロになっていった感じですね。
■その時のメーカーってSONYでしたっけ?
蒲:事務所がSONYでしたね。メーカーがSMSってとこで今は無いんですけどね。JUDY AND MARYがいた所ですね。でもJUDY AND MARYが解散する事によってその会社も無くなって、SMAと合併したんですよ。で、僕等も見事SMAに移籍出来る事になって。
■その頃で、200年くらいですかね?
蒲:200年だったかな??ちょっと定かでは無いんですけど、僕等実はメジャーで公式音源って出してないんですよ。一番最初に出した音源ってのが99年にマキシを出してるんですけど、それがSONY流通だったんでメジャーって言えばメジャーなんですけど、インディーズブームでSONY側としてはインディーズとして取り扱いたかったらしくて。
■ありましたね。そんな時代!「メジャーリリース」ってのが妙にかっこ悪かった時代が。
蒲:当時SONYのSD(新人発掘)が分社化して、SD MUSIC NET WORKって1つの会社になったんですよ。そこのレーベルで出さしてもらったってんですよね。コンピレーションアルバムとかは色んなメーカーから出さしてもらってたりしてたんですけどね。徳間ジャパンとか!当時はちゃんと給料とかも出てて月に20万弱は出てたんで、ちゃんと音楽だけで食えてましたね。
U1:最初は5万からでしたけどね。
蒲:その後は、事務所にクビ切られて。
■それが何年頃の話しですか?
蒲:2002年かな。
■でも、その頃から名前は売れてたよね!僕その頃からゴーグルエースの名前は知ってましたよ!凄い「奇才」「新しい」ってイメージでしたよ!
蒲:それは多分、出が長野ネオンホールって所だったんですけど、そこがライブハウスって言うよりはライブ半分の芝居とかアートパフォーマンスとか朗読ってのが半分を占めてたんで、そういうエッセンスが入ってたのが東京からしたら新しかったんだと思います。
■僕の今までのゴーグルエースのイメージって「海外ツアー」とか「47都道府県制覇」とかってのが大きいですね。
蒲:その頃がちょうど契約が切れるタイミングで、自分等の好きな事をしようって色々とやってましたね。言っても僕等その頃で25,26歳ですからね。
U1:その頃も色々とメーカーやらレーベルから話しは来てたんですけど、全部断って、Sazanami Labelを立ち上げたんですよね。
蒲:そう!その当時どこかに頼んでやってもらうってのは違うんじゃないか?って思って、一大決心で立ち上げましたね!で、ツアーってのを柱に置いてて日本も制覇したって事もあったし、海外にネットワークもあったし「じゃ海外に行こう」って話しで海外ツアーを始めました。
■エネルギッシュですねー!!!!
蒲:正直独立した頃はエネルギッシュだったよな?
U1:そうだね!その頃は音楽で食えなかったからね。エネルギッシュだったね!
蒲:ラッキーだったのは、メジャー切られてからも仕事は凄く多く舞い込んできて、ただマネージャーがいなかったからスケジューリングが凄く大変だったんですよ。深夜レコーディングしてそのまま寝ずに舞台の練習しに行ってとかって。
■でも、その時の苦労が今の礎になってるよね!
蒲:そうですね。やりたい事がやれて大変だったけどグイグイ進んでる感じはありましたね。ただ、やっぱり食っていくって所で理想と現実の兼ね合いが出てきて、さすがにメンバー4人が食っていくってのが相当厳しくて。24時間フル回転でも。
■面白い人生歩んでるよね!
蒲:そうこうしてる間に初代のベースが抜けて。
U1:ベース抜けてからは厳しかったね。その収入のメインのライブが出来なくなったんで。で、本格的にレーベルが動きだしたんですよね。
蒲:その辺りで、2回目のヨーロッパツアーが決まって、サポートベースで行ったんですけど、2代目のノリコがやってるバンドと一緒に回ってその時にゴーグルエース一緒にやろうってなって、日本に帰ってから一緒にやるようになってアルバム作ったりしながらゴーグルエースも活動がしっかり回るようになっていったんですよね。でも、ノリコも通訳の仕事とかしてて色々忙しくてスケジュール管理が難しいなって事で辞めて。その後もサポートベース入れたりしながら活動していく中で、今度はオリジナルメンバーのドラムが抜けて。女性のね、出産とかそういうのになってくると中々ね…。
■生々しい話しですね。でもよくありますよね!
蒲:「私、結婚して子供産みたい!女としての幸せを追い求めたい!」って言われて。そういう事言われたら「幸せになれよ!」としか言えないじゃないですか!で、ここで残ったのが僕とU1ですよ!
U1:さすがにそこで、じっくりとミーティングしましたね2人で!「どうする?」「もう後には戻れないでしょ!?」って話しましたね。会社員とかやってたりしてたら別ですけど、2人には音楽しかなかったですから。
蒲:やりたい事も音楽しかなかったしね。
U1:「やってればそのうち楽しくなるでしょ」って話してましたね。
■で、新生メンバーを募集していくんですよね?
蒲:サポートメンバーでも全然活動は出来たんですけど、「ガッツリまたやろうよ!」って話ししたのが去年のちょうど今頃で、そこからオーディションしてエミリーとナオトが入ったって感じですね。エミリーはサポートから正式メンバーに入った形なんだよな。
エミリー(以下:エ):最初サポートって事でやってたんですけど「曲が沢山あるから正式に叩いてみない?」っていう事で、オーディションして入った感じですね。
■エミリーさんはどんな経歴だったんですか?
エ:私はゴーグルエースを見てなかったらバンドもやってなかったですね。
■そんな存在だったんだ!
エ:はい!最初にゴーグルエースを見たのが横浜のPVKって言うテレビで見たんですよ。たまたま見てて「長野県に音楽を奏でる忍者がいるらしい」って言う打ち出しで出てたんですよ(笑)
一同:爆笑!!
■あー!それメッチャ分かる!僕もそういうイメージだったもん!
エ:PUFFYみたいな女子2人のレポーターが忍者村に迷い込んで「あっ!あれはっ!」って言ったら投げキッスしながらU1兄さんが振り返って(笑)
一同:爆笑!!!!
■それっていつ頃なん?
エ:10年位前ですかね!その時すでにゴーグルエースはツアーとかバリバリやってて、私の行きつけのライブハウス横浜FADに見に行ったら凄くカッコ良くて!テレビ全然嘘じゃん!って思ったのを覚えてますね!元々音楽には興味があってその中でもドラムに凄く興味があって、その時の私の一押しバンドは世代的にも「ミッシェルガンエレファント」だったんですけど、ドラムって男がやるからロックでカッコ良いって思ってたのが、ゴーグルエースを見て女子でもあぁやってカッコ良く見せられるなら私もやってみよう!って思ったのがドラムを始めたきっかけですね。ドレッシーな格好してニコニコしながら叩いてるのが凄くカッコ良かったですね!そこから大学のサークルでゴーグルエースのコピーバンドとかやってましたね!しかも卒業後もやってましたからね(笑)
■(笑)コピーバンドをやるくらい好きだったんだ!
蒲:そのコピーバンド僕見に行ってましたよ(笑)色んな所にツアー行くとたまに「ゴーグルエースのコピーバンドやってるんですよ!」って言ってくれる子達がいるんですよ!それは嬉しいなて思ってたんですけど中々見に行ける機会がなくて、でもどうしても1度見ておきたいなってのがあってエミリーのバンドを見に行ったのを覚えてますね!
エ:まさか本当に見に来てくれるとは思いませんでしたよ!しかも大学の学校内で行われたサークルイベントみたいなのを見に来てくれたんですよ!
蒲:コピーバンドやってて、実際にそのバンドに入るって中々無いケースだよな!
エ:はい!本当に嬉しい事です!
■おいしいバンドに入ったって言うより、自分の凄いリスペクトしてたバンドに入ってるって事が凄い事だよね!
エ:オーディション受けるって段階の時は、入れたら嬉しいなって浮かれてたんですけど、実際に入ったら浮かれてらんないなって方が強くなりましたね!
■でも、メチャクチャ練習してたもんね!よく会う度に話し聞かせてくれたもんね!
エ:はい!練習しないと不安になるし、やっぱりあんなに素晴らしいバンドを私が崩したらこれは大変だってプレッシャーみたいなのは常にありますね!
蒲:女性ドラマーって事でオールドファンからはやっぱり比べられるしな。そこでのプレッシャーはあったよな!
エ:私がゴーグルエース入る前にやってたバンドの話しなんですけど、そのバンドでライブした時のお客さんに「エミちゃんゴーグルエース知ってる?」「絶対エミちゃん好きだと思うよ!」って言われて「もちろん知ってる!好きだよ!」って答えてて、そういう会話がゴーグルエース好きだったから楽しくて嬉しかったんですけど、今そんな事言われたら終わりだなって(笑)
一同:笑
エ:だからどれだけ違う事が出来るかって所を考えてますね。ゴーグルエースのアルバム出る度にコピーしてましたからね(笑)
■でもいい話しだね!
蒲:そういう意味でも良いプレッシャーだよね!?凄い健全ですよね!
エ:悪い事はしないようにしないとですね!
■でもそんな悪い事してないじゃん!酔っぱらって酷くなるだけでしょう!明るい悪さだよ!
蒲:たまにめんどくさいですけどね(笑)
■僕はそういう状態になったエミリーを見たら避ける様にしてますね(笑)
一同:爆笑!!!!
■それでは、次にNEW BASSを!
U1:これは貴重な出会いで、昔僕が「サロメの唇の」サポートをやってたんですけど、サロメのドラムの方がナオトと一緒にバンドやってたんですよ!
■実はナオト君は僕良く知っておりまして、別のバンド「MAX☆BET」って言うバンドで京都から上京してきてJAMで普通にブッキングで出てたもんな!
ナオト(以下:ナ):そうですね!東京に来たのが2007年10月くらいで、軽いノリで「東京行こうや!」って事でそのバンドで上京したんですけど、まぁよくある話しで軽いノリで崩壊して(笑)
一同:笑
■良く覚えてるよ!「MAX☆BET頑張れ頑張れ!」って当時言ってて、後半くらいに「良くなってきたな!」って言ったの覚えてない?
ナ:覚えてますよ!崩壊してからも嬉しい事にベースとしてサポートとか色々声かけてくれる環境はあったりして、BARで弾き語りやって食べてたりしてましたね。ハコバンやってたり!だからずっと音楽活動は続けてて。
■へぇ!そんなにキャリアがある人だったんだ!知らなかった!
ナ:で、その都内のBARで一緒に活動してたドラムが「今、サロメの唇でゴーグルエースの人と一緒にやってるんだ!」って話題に出て。その時にふと京都にいた頃、ゴーグルエースがベースを募集してるってHPで書いてあったのを思い出して、そのドラムに「今どうなってるの?」って聞いたら「募集してるらしいよ」って事で「じゃ、ゴーグルエースさんにオーディション受けたいって伝えておいて下さい!」って感じでトントン拍子に事が進んでいった感じですね。
U1:そのドラムの腕は知ってたんで、そいつと一緒にやってるベースって事はだいたい腕も分かるんで、オーディション受ける前から安心はしてましたね。
■おー!カッコいいですね!
U1:技術があるのは大体分かったから、後は人間性とかキャラとかってのを見てみたかったってのがあったんで一応オーディションやった感じですね!
■じゃ割と最初のセッションでOKだったんですか?
蒲:そうですね!割とOKな感じでしたね。
■エミーリーは色々と試されてたのにね(笑)
一同:笑
U1:ナオトは1発OKですよ!
ナ:スタジオ入ったその帰り道に蒲池さんから電話があって「やろうよ!」って言ってくれて。
■凄いじゃん!
U1:1回事務所でミーティングして、1回スタジオ入っただけで決まったもんね。
ナ:スタジオが意外と緊張もせず楽しめてやれたんですけど、事務所行く時が一番緊張しましたね!何か事務所って緊張しません?
■分かる分かる!緊張するよね!でも、本当運良いよな!そういう話しもしたもんな!さぁいよいよアルバムの話しに移っていきたいんですけど、5年振りに発売という事で、おめでとうございます!
一同:ありがとうございます!
■このアルバムを作るまでのいきさつを聞いていきたいんですけど。
U1:元々の作るきっかけがメンバーが不在の時も作品は残すべきだって蒲池が言ったんですよ。それも貴重な記録だからって言う事で。
蒲:Sazanami Labelで活動していく中で色んなバンドのレコーディングに立ち会うじゃないですか。こういうふうに取材とかも立ち会うし、そういった中で自分のバンドの事を考えた時にメンバーがサポートだったりしてちゃんとした形ではないけれども、考えたら逆にこれっておいしいんじゃないかなと思ったんですよね。せっかく色んなメンバーとやれるんだったら長い目で見た時に将来的にそういう時期があったっていう事自体が作品としていいんじゃないかと思って。で、初代のドラムのエリクリが辞める直前にレコーディングの話しもしてたんですけど結局録れなかったんですよ。それがもったいなくて。
■エリクリさんの叩いたドラムで録っておきたかったんですね!分かりますその気持ち!
蒲:オリジナルメンバーの3人のレコーディングを1曲でもやっておくべきだったなって。それだったらオリジナルメンバー2人だけどサポートやってくれてる人も沢山いるから思い入れのある曲もあったんで録っていこうってなったんだよな。で、そこから録り貯めてたんですよ。で、録り貯めてた曲プラス今のメンバーになってから半分くらい録ってって感じですね。やっぱり新メンバーになったって事もあるし、音源が無いとツアーとかも行きにくいじゃないですか。だからテーマは「セッション野郎」ですね。当時の「野郎もの」っていうジャンルまではいかないですけど、「スケート野郎」とか「トラック野郎」とか「~野郎」って「野郎もの」に注目してるやつは今の時代いないなって話してたもんな。
U1:そうだね!(笑)まぁよく2人で色んな話ししてましたよ!他にメンバーいないから!
■本当仲良いよね!(笑)
蒲:色んなメンバーが曲事に参加してるってのが実に面白いですよ!
■凄いですよね!早木健三さんとか!
蒲:早木さんのは最後のボーナストラックだけなんであくまでもおまけって感じなんですけど。平野夏樹ちゃんとかはかなりメインでサポートベースやってくれてたんで、
エ:夏樹ちゃんとの出会いって素敵ですよね!夏樹ちゃんは私がやってたゴーグルエースのコピーバンドのファンだったんですよ!
■へぇ!マジで!それは凄いな!
エ:私達のコピーバンドでゴーグルエースを知ったんですよ!ある日mixiからメールが来て「凄い好きです。エミリーさん達のおかげでゴーグルエースを知ってCDを買いました!」って(笑)だから順番が逆なんですよね!その後U1兄さんから「今度ベースのサポートオーディションに夏樹ちゃんって子からメールが
来たんだけど知ってる?」って言われて。「知らんな~」って思ってたんですけど、見させてもらったメールが私の知ってる夏樹ちゃんで!
■それは凄いね!運命だねー!
U1:本当はもっと色んな人ともやりたかったんですけど、時間の制約とかもあるんでね。
■この新メンバー4人でやってる曲ってのは?
蒲:6曲ですね!全部CD誰が演奏してるかってのがクレジット載ってるんで!そちらを見て頂けたらと思うんですけど。
■このアルバムの聞き所って?
U1:基本的にはセッション感ですかね!その場で合わせた雰囲気を出したくて、あんまり録り直したりとかってしてないんですよ。基本ベーシックは1発録りだし。
■レコーディングスタジオはどこで?
蒲:それも色んな所でやったんですよ!だからエンジニアさんとも場所ともセッションするって感じですね!
■面白いレコーディングだね!どうやったレコーディングは?
ナ:面白かったですよ!U1さんも言った通り多分3テイク以上かけた曲は「霧のサルベージ」くらいですよ!
エ:ちゃんんとアレンジ面とかも作り込まれてなかったから、この曲は時間かかったね。
ナ:だから他の曲は2~3テイクで録ったって感じですね!
蒲:ナオトとかって特に沢山録るとテンションが下がってくるんですよ!そういうタイプで(笑)
エ:私だけ逆だな!タイプ的に!
■リズムは?ちゃんとクリック聴きながら録った感じなんですか?
蒲:一応聴いてるよね。
U1:でも基本ずれてますよ(笑)
一同:笑
エ:これ掲載では切って下さいね(笑)クリックがずれるんですよ!私のドラムから(笑)
蒲:まぁ今はね練習もしっかりやってるからね!
エ:今はクリックとベースしか聴いてない気持ち悪い状態ですね!
■でも「セッション野郎」って言い切っちゃってるのもカッコいいですよね!
蒲:でもこのアルバムは僕がレーベルやってるから出せるんですよ!他のレーベルだったらこんなCD絶対に出せないし(笑)逆に他のバンドがこんな感じで企画を持ってきても絶対に出さないですもん(笑)
■(爆笑)じゃこれはレーベルやってる特権を利用してって事ですね(笑)
蒲:そうです!色んな人と録りました!セッションです!ってやっぱりふざけてますよ(笑)一見ちゃんとしたコンセプトっぽいけど大したコンセプトでもないですからね(笑)
一同:爆笑!!!!
■凄いくだけたインタビューで面白いです!(笑)他の雑誌では話せないんじゃないですか(笑)凄いCD楽しみにしてますね!ライブも11月14日に!
蒲:久しぶりにサーフコースターズとね!
エ:素晴らしい面子ですよね!
■11月14日のイベントも楽しみにしてます!
蒲:そうですね!11月14日に向けて新メンバーに仕込みもしてるんでね!何かしらしろって曖昧な御代をふっているんで!コーナー設けてやってもらおうかなって!
■うわー!それまたプレッシャーだね!大変だね!やり尽くされてる感じちおかもあるから下手にやると「またそのパターンか!」って言われるね(笑)
エ:本当ですよね!
■2人でやるの?
蒲:それぞれでやるんですよ!
■それは楽しみだなー!
蒲:せっかく新しいメンバーになったから、この2人の力とかってお客さんも見てみたいじゃないですか!僕も予想しない科学反応も出てきてほしいですしね!
■じゃこれはかなり注目ですね!
エ:えー!ちょっとー!
U1:でも基本的にゴーグルエースは本曲とは全く関係無い事をするってのが1つのテーマでもありますしね!
蒲:そうなんですよ!1つ余計な事をしないとね!
U1:それがあったから今があるしね!
ナ:でもゴーグルエース一緒にやるようになって、やっぱりエンターテイメントとしてショーとして目指すバンドってよくいますけど、何か凄い深い所までアイディアとかがあって、何かするにしても今日はこの日だからこういう事するってちゃんと理由とかもあってそれが凄いなって思いますね!
エ:同感です!
ナ:ただ面白いからやる!ってんじゃなくて、ちゃんとした理由があるんですよ!
U1:それは蒲池が凄く気にするんですよ!せっかくこういう日なんだからって!
■分かる分かる!でもそれって凄く大事な事だよね!お客さんも嬉しいですしね!
ナ:そうなんですよ!先日沖縄行った時もその辺歩いて見つけた面白い事とかもすぐMCで蒲池さん言ったりとかして。ゴーヤジュースをステージで飲んだり(笑)
エ:死ぬほど不味いのに(笑)
■関係ないようで、その土地には関係してるからね!お客さんも盛り上がるよ!
蒲:基本お客さんってシャイだから、たかをはずすキッカケをどういうふうに与えるかってのがもの凄く重要だと思うんですよね!
■そうだよね!入り口って大切だよね!ファンだったら普通に曲やるだけで喜ぶけど、普通のお客さんにはそういう入り口って大切だよね!
蒲:そうなんですよ!ユーモアがないと楽しくないんですよね!
■そのユーモアってのがまた考える方としては大変なんですけどね!
蒲:大変!
■では、最後に新宿JAM30周年を迎えたんですが一言づつお祝いのコメントを頂ければと思います!
U1:JAMは僕が地元居た時から知ってる凄い憧れの場所だったんで「BUK-TIKU」が凄い好きで上京して初めてやったライブハウスがJAMって知ってたんで、僕等も上京して初めてやったライブハウスがJAMだし。もうメチャクチャ幸せです!
ナ:僕も東京に上京してきて一番最初に知って出演したライブハウスがJAMで、東京のライブハウスってだけで少し不安ってのがあったんですけど、そんな不安も消し飛ぶような演出をする優しいライブハウスでこのままあり続けてほしいですね!50年100年と続けてほしいです!
エ:呑み放題制度は永遠に!(笑)
U1:30周年関係ないね(笑)
蒲:30年と言ってもその時代事に担当してたブッキングマネージャーだったりスタッフだったりバンドだったり、結局30年続いてるっていうのはハコじゃないですか。何て言うんだろう外側って言うのか。中身は変わってきたと思うんですね。だからこのハコなんですけど、続いてきたものってパワーがあると思うんですよ!建物としてのハコとしての。非科学的ですけど。それがこの前ゴーグルエースで沖縄行った時に戦争時代の防空壕に行ったんですけど、やっぱりそういう所に行くと感じるものがあるんですよね!言葉には表せられない。何かが。特に武器とか当時の人とかいるわけではないのに。それと比べるわけじゃないですけど、JAMって建物は30年間やってると建物自体から発するパワーって絶対あるな!って思うんですよね。ステージとか楽屋とか!だからそのパワーをこれからも積み上げてって欲しいなって。で、現在それをちゃんと感じるってのが凄く実は楽しい事で良い事なんじゃないかなって思うんですよね。お客さんとして来る人は壁とか触って色々感じてほしいですね(笑)
一同:笑
■本日はありがとうございました!!!!
一同:ありがとうございました!!!!!!!!!!