会津 飯盛山 さざえ堂
先週末、母に会いに新潟へ行き、その足で、(あまりついでというほど近くはないが、)会津若松で一泊して
帰ってきた。
新潟から会津若松は、各駅停車で2時間半くらい。
途中、喜多方で降りて、ラーメンを食べた。
会津若松は、子供のころ一度行ったことがある。
行ったことがあるという思い出だけで、何をどうしたのかはさっぱり覚えていない。
関越自動車道が開通していない当時、僕の実家の栃木県から、母の実家の新潟市へ行くには、三国峠を越えるコースより、猪苗代まで北上して西に向かうコースが近かった。
だから、途中で寄ったのだろう。
雪のせいでほとんど観光客のいない、飯盛山に登った。
ここから鶴ヶ城を見ると、白虎隊の気持に少しだけなれる。鼻の奥が、つーんとする。
飯盛山には、なんとも不思議な形の、さざえ堂というお堂がある。
http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iimori/
霊場。白虎隊の悲劇。不思議な形のお堂。雪。誰もいない。
なんだか、夢の中にいたようなキモチがしている。
いぬのおしっこ
私の住んでいる街には愛犬家が多く、いぬと散歩をしている人によく出くわす。
みなさん、スコップとビニール袋を手に持ち、いぬがうんこをすると袋に取って、あれたぶん、家に帰って捨てるのだろう。
路上にうんこを放置するなどもってのほか。マナーが行き届いていて大変結構である。
だが、である。
おしっこはいいのか?
もし僕が路上でうんこをし、しかも後片付けをせずに立ち去ったら、これは大変なマナー違反ということになり、この点では僕もいぬも大差ない。
また、僕が人の家の前の電柱や、マンションの角の植え込みにおしっこをし、後片付けのしようはないけど立ち去ったら同じく大変なマナー違反である。が、いぬは結構平気でそこらじゅうにおしっこをしまくっている。
なぜ、平気で日のあたるところにおしっこをさせるのか。
成分の話をしても仕方がないが、僕だって同じようなものが出るのだ。
この問題は近々、真剣に議論されるべきだと思う。
いぬのおしっこだから、人の家の植え込みにひっかけても問題ないという風潮は、断じて許しがたい。
かといって、裏通りや側溝や、僕の実家の前の畑などで、人目を気にしつつどきどきしながらいぬにおしっこをさせるというのも許さん。
あのどきどきは、ニンゲンの大人の男だけに許された特権である。
追悼・ローカル岡
漫談家のローカル岡氏が亡くなった。
62歳。肝硬変だそうだ。
茨城訛りの飄々とした語り口。おかしくも鋭い時事風刺。
きみまろとは違うカラーの、寄席には欠かせない存在だったと思う。
最後に見たのは、夏だったろうか。
ネタはいつも大して変わり映えしなかったが、それだけに笑いどころを本人もお客さんもわかっていて、
安心して笑える芸人さんだった。
なんでだろうなあ。何で人は、死んでしまうんだろうなあ。
町田康「告白」
大変に読み応えのある小説だった。
僕は最近、あまり本を読まなくなってきているのだが、年末に購入して、会社帰りの電車の中で半分。
昨夜、眠れないのに任せて夜中から5時間ほど。朝(ほぼ夕方)起きて、残りを読み終えた。
内容は、「河内十人斬り」。
河内音頭の、メジャーナンバーである。知らなかったけど。
読売新聞の夕刊に連載されているのを、初めのうちは何回か読んだ。
が、そのままひらがなにされている関西弁がどうもあたまにしっくり入ってこず、読むのを止めてしまった。
とっくに連載は終了しており、年末の本屋で何気なく手にとって買ってしまい、しばらく読んでから、
「んんっ?これってもしかして連載されてた?」
みたいな感じである。
明治時代の話ながら、事件の事実は歌としても語り継がれているものの、そこに至る背景はおそらく、
すでに当時を知る人もいないし、特に主人公城戸熊太郎や、周辺の登場人物の人間描写やメンタリティは、作者の物語であろう。
が、主人公の人格が形成されていく過程や、事件に至るまでの様々な要因の積み重ねが、思いテーマでありながらくだけた文章で書きなぐられており、それでありながら組み立てに大変緻密なものを感じる。
僕はたまに、特にとても怒ったときや、どうしても自分の気持ちを伝えたいときに、頭の中に浮かんでくる
コトバに優先順位をつけられず、口にする順番と思考の順番がずれ、そこに格好だけは取り繕いたいという意識も働き、結局は思いほどは説得力のないつまらないことを解りにくく話すだけになってしまったり、
あるいは話すことさえ面倒くさくなって黙ってしまうことがある。
小説中の熊太郎に共感してしまったのは、だからだろう。
なんだかすこし、どんよりした気持だ。
吉野家
先日、久しぶりに吉野家で昼食を摂った。
時間もお金もなかったころは、(今でも大して時間もお金もあるわけじゃないけど、)週に2、3回、お昼を
牛丼で済ませていた。
ここ数年、吉野家から離れていたのは、職場が渋谷になって(今は神谷町だが)選択肢が広がったことも
あるし、もちろん、牛丼がメニューから消えたことも一因だ。と思う。
米国産牛の輸入が止まって以来、吉野家は一貫して、同じものを同じ値段で提供するには、米国産牛の
輸入再開が必須であるとの立場を崩さなかった。
僕はそこに、潔い男気を感じていた。
でも、だからといって別に、じゃあ、吉野家を助けてあげよう。カレーや豚丼を積極的に食べに行こう。とは
まったく思わず、松屋に行ったりするなどしていた。
だから、久しぶりに吉野屋へ行って、あんなに定食の類がたくさん出来ていることも初めて知ったし、
カレーにもいくつか種類が出来たこと、カレーはお皿で提供されることなども初めて知った。
何より、お昼時だというのに店内はガラガラ。
業績は回復基調と聞いていたが、やはりエースである牛丼の不在は、昼時のオフィス街からサラリーマンを
吸引できないのか。。
豚丼、味噌汁、生卵、生野菜サラダを注文し、かっ込みながら店内を見渡してみる。
なんとなく、さえないのだ。
お客さんが少ないのもそうだろうけど、
照明が、暗いような気がする。
外国人のアルバイトは、人件費を抑えるためにやむなく雇っているような気がする。
食器が、良く洗われていないような気がする。
七味が、湿っているような気がする。
全部、たぶん僕が「気がして」いるだけで、きっとそんなことは一切ないのだと思う。
でも、そんな気がするのだ。
吉野家は、エースの不在を、その他のメニューの開発で埋め合わせた。
そして、往時ほどではないにしろ業績を回復基調に乗せ、2月には晴れて牛丼が再開されるという。
すぐにお客さんは戻り、昔の明るさを取り戻すだろう。
でも。
メニューをあんなにたくさん開発して、たぶん、フローもたくさん研究し、備品も追加して、その上売上は
大幅減。
そこに傾けたパワーを、もし、中国産やオーストラリア産の牛肉で、味も価格も米国産牛に負けないような
牛丼を開発することに充てることは、本当に出来なかったのだろうか。
今となっては、そうしたほうがよかった。ということは、本当にないのだろうか。
2月に牛丼が帰ってくる。
吉野家は、順次、牛丼不在期間に開発した数々のメニューを廃止していくだろう。
そうしないと、もはや、「定食屋がメニューに牛丼を追加した」だけになってしまい、かつての高効率な
ビジネスモデルには戻らないだろうから。
だとしたら、われわれが食べた豚丼は、いったい何だったのだろう。
うがってみると、アメリカでもビジネスをしている吉野家は、アメリカからの圧力で、米国産以外の牛肉で
牛丼を開発することが出来ず、アメリカとぐるになって、危険な米国産牛の輸入再開に向けて、消極的な
キャンペーンを張っていただけなのではないか。
などと思いつつ、豚丼はけっこう、うまかった。
年の瀬の事件
仕事納めは28だったのだが、年末年始に名古屋で行われるセールの準備&応援のため、大掃除の後
納会もそこそこに、17時26分ののぞみに乗った。
20時前にはお店に着き、商品の仕分けと陳列。終わったのは22時30分くらい。
29日は終日、セール初日の応援でレジ係だったのだが、出勤が9時30分と遅かったので、
「手羽先でも食べに行くか?」という話になり、本来だったら都内で飲んでいるはずの憂さを、栄で晴らす。
名古屋に来るといつも思うのだが、いろいろおいしい食べ物もあるのに、なぜかなかなか泊まる機会の
ない街である。
東京からだったら、だいぶ遅くまで仕事をしても帰れてしまうし、翌日関西に用事があれば、夜のうちに
京都か大阪に入ったほうが朝が楽だから、そうしてしまう。
だから逆に、他の地方都市よりも距離的に近いにもかかわらず、独自の文化が流出せずに根ざして
いるのかもしれないなあ。などと考えつつ、手羽先や土手煮を食べた。
0時前にはお開きになり、タクシーで名駅に戻り、コンビニに寄った後チェックイン。
8時までぐっすり眠った。
9時にロビーで待ち合わせていたので、支度をして、少し前に支払いを済ませる。
その少し前から、なんか違和感があったのだ。
携帯電話がないのである。しかも、会社から貸与されている方。
支払いの後、コートのポケットやバッグの中をまさぐってみるが、やはりない。
フロントでもう一度カギを借り、部屋に戻って探してみるが、ない。
最近は携帯電話の紛失は、悪用されて法外な料金が請求されてしまう。とか、会社の備品を
なくしてしまって、すみません。とか、お金を払えば一件落着では済まされなくなってきている。
あの小さな機械に詰まった、膨大な量の情報。
社内はもちろん、取引先やお客様の電話番号。さらには、転送されてきた社内外のメール。
このところはあの天下の悪法「個人情報保護法」のおかげで、
「んなことどうだっていいじゃん。保護の前に、利用を法制度化しろよ。」
と思わせるような問題でも、本質論抜きでセンセーショナルに報道されてしまう。
P社、個人情報流出300件。従業員の携帯電話紛失で。
「たいへん、もうしわけありませんでした。」
社長以下、報道陣の前で頭を下げる役員たち。
さぁーっと、血の気が引いていくのがわかった。
急いでお店に出勤し、とりあえず上司に電話で報告。
なにしろ、自分の番号を自分でわからない(あほ。)。なので、上司に聞いて、電話してみる。
繋がらない。コールなしで、留守電になってしまう。
考えられるのは
1)アメリカに旅立った売れっ子ホストが忘れられないキャバクラ嬢に拾われ、散々国際電話を
かけられた後、電池が切れたので不要になり、路上に捨てられた上車に轢かれてしまった。
2)居酒屋で拾われたが、翌日の夕方まで誰も出勤しないため、電源を入れっぱなしにしておくと
電池が切れてしまい、持ち主と連絡が取れなくなってしまう可能性があるため、とりあえず切ってある。
3)タクシーで拾われたが、運ちゃんはまだまだ仕事が残っているので、勤務中に鳴るとうざいから、
とりあえず切ってある。
4)誰にも拾われていないが、路上で車に轢かれてしまった。
以上のどれかである。間違いない!
2か3であることを願いつつ、ゆうべの行動を反芻。
新幹線を降りたときに、着信をチェックしたので、電車内に忘れたということはない。
が、ちょっと自信がなくなってくる。ほんとうにチェックしたっけ?チェックはプライベート用だけじゃない?
なので、JRには問い合わせてみよう。
お店の中は、なくすような場所はないから、大丈夫だろう。
タクシーは、栄への行きと帰りに乗ったが、どちらも領収書を貰わなかったので、会社がわからない。
名古屋でタクシーだったら、大手は名鉄かつばめだ。という上司のアドバイスに則り、両社には電話を
してみよう。
あと、タクシー協会が忘れ物連絡窓口を設けているという情報をゲット。そこも問い合わせ対象。
居酒屋は夕方まで電話が繋がらないだろうけど、104ですぐに見つかるはず。
ホテルにはもう一度連絡をして、もし掃除の最中なんかに見つかっちゃったりしたら、電話を貰おう。
あとは、路上か。。。警察だな。
そんなわけで、まずは上司に、携帯電話をストップする手続きをとってもらうようにお願いして、お店での
レジ打ちの合間に電話を掛けまくる。
名古屋駅、アウト。
新大阪駅、アウト。あとで、京都駅にも電話してみよう。
にしても新大阪行きの電車でよかった。博多行きだったら、新神戸にも岡山にも、広島にも電話しなくちゃ
いけないところだった。
ま、電車内は確率低いと踏んでいたので、まあいいだろう。
タクシー協会。
「キュウジツノギョウムハ、オヤスミヲシテオリマス。」
・・・・・・・。
年末年始休暇。アウト。
ま、タクシー会社に電話をすればいいことだ。まあいいだろう。
名鉄タクシー、アウト。
つばめタクシー、アウト。
ま、その他のタクシーに乗った可能性だって高いわけだ。まあいいだろう。
飲み屋。電話繋がらず。
ま、夕方また掛けてみよう。ここが一番確率高いと踏んでいる。まあいいだろう。
ホテル、アウト。
やはりないとの事。
ま、ここは出てきたら隠すようなことはないだろう。まあいいだろう。
昼休みはきしめんをさらっと食べ、残りの時間は一人作戦会議と警察への届出。
お巡りさんはとても親切に対応してくれて、出てきたら連絡します、と言ってくれた。
でもあれ、このIT社会に、紙ベースでの申請書を各交番でファイルして、いちいち本署に電話で
問い合わせるというのは、どうなんだろう。ことは一刻を争うというのに。
本署のサーバに、申請が入り次第ぼんぼん入れちゃって、習得の情報も全交番から入力できるように
しておけば、すぐに見つかるのに。
でもま、ここは一番信頼できる。ここで見つかっちゃったら、また名古屋まで取りに来なくちゃ
いけないけど、まあいいだろう。
あとは京都駅と、居酒屋。
まずは居酒屋に電話。
どうも話がかみ合わないと思ったら、別のお店に電話を掛けていた。
104で「ビルの5階にあるお店」と問い合わせて、5階にあるかどうかはわからないが。。。と、
別の店を教えてもらう。
電話をし、「そちらは、ビルの5階ですか?」と聞くと、そうだという。
が、昨日掃除をした人がまだ出勤していないので、15時30分過ぎにまた電話をくれと言う。
確立が高いのは京都駅より居酒屋の方だ。よし、夕方の休憩を待つか。
そして夕方。
居酒屋に再度電話。アウト。
がーん。本命だったのに―。万事休すか。。。
京都駅なんて、多分ないよ。。いずれ警察に届くかもしれないけど、どっちにしろすぐには無理だろうなあ。
そうこうしているうちに、お客さんの所にスパムが送りつけられて、出どこを調べてみたら俺の携帯で、
ああ、始末書だ。減俸かもしれない。。。
せっかく、いい転職が出来たと思ったのに。。。
とぼとぼと名鉄のナナちゃんの股の下をあるく僕の眼には、暮れ始めた年の瀬の名古屋の街を行き交う、
忙しそうな人々の群れ。
タクシーもびゅんびゅん走っている。
ん?ちょっと待てよ。
タクシー会社、大手を一つ忘れていないかあ?
ここは名古屋。
近鉄をわすれていたあ!!!!!!
すぐに104。
近鉄タクシーの本社に電話。
「もも、もしもし。携帯電話の忘れ物届いてませんか?」
「どんなのでしょう。」
「auで、シルバーと黒のツートンです。」
「あ、そんなのありましたよ。たしか。ちょっと待ってくださいね。」
おおおおーーー!期待大!!
「お待たせしました。winって書いてありますね。」
「そそそそ、それです。ストラップも何もついていません。どうです?」
「何もついてませんよ。電源入れていいですか?」
「おおおお、おねがいします。」
「えーと、どんな画面がでます?」
「とととと、時計です。変な時計。」
(あー良かった、変な写真とかにしておかなくて。。。この間まで、ニョーボの写真だったんだ。)
「あー。確かに変な時計ですね。」
「あの、一番右上のボタン押してみてください。何て出ます?」
「んー。A常務って言うのが一番上ですね。」
まちがいなーい。びんごーーー!
「いいいい、今からいきます。今から行きます。そちらは、どう行けばいいですか?」
俺も馬鹿である。
近鉄タクシー捕まえて、お宅の本社までといえばいいのだ。
とにかく通りに出て、近鉄タクシーを捕まえる。こんなときに限って、名鉄タクシーばっかり通る。
3台目くらいで近鉄を捕まえ、「近鉄タクシーさんの本社まで。」
怪訝そうな顔の運転手さんに、かくかくしかじかと事情を説明。
出張中であること。
今日には、帰らなくてはいけないこと。
会社のものなので、一大事になるところだったこと。
運転手さんは一緒に喜んでくれて、手続きの間本社で待っててくれ、帰りも送ってくれると言ってくれた。
本社には、にこやかに僕を迎えてくれる中年の、いかにも総務してます。的な男性。
隣で缶コーヒーを飲みながら一服している、休憩中の別の運ちゃんも、
「気をつけなきゃなー。」なんて、やさしく言ってくれる。
「本当にありがとうございました。助かりました。」
本心からの言葉に、
「いえいえ、今後とも近鉄タクシーをよろしくお願いします。」
帰りのタクシーの中で誓った。俺はもう、名古屋では近鉄タクシー以外には乗らない。
さて、今回の記事は大変長いので、最後まで呼んでくれている人はいないと思いますが、ここからが
実は本題です。
僕はすっかり、近鉄タクシーのファンになってしまい、義理を感じていますが、別に向こうにしてみれば、
特別なことをしたわけではありません。
僕を本社まで送り迎えしてくれた運ちゃんも、別に同情して帰りも乗せてくれたわけじゃなく、ただで
名駅まで戻るのが不効率だったからでしょう。お金は普通に払ってるわけだし。
でも人間、危機的な状況では、当たり前のことが心理的にとてもありがたいことのように感じて、
今回のように義理まで感じてしまうということが良くあります。
その辺の心理操作は、人付き合いやビジネスに、結構有効だということを、今回身をもって体験しました。
頼まれごとを、上手にもったいぶって、期待よりもちょっといい結果を出してあげると、
「本当に助かった。あいつに頼まなかったらと思うとぞっとする。」
てな具合に。
まあ、そんなにうまくは行かないでしょうけどね。
ボタン確認音
ケータイ電話のボタン確認音って、必要あんのか?
ボタンを押せているかどうか、音で確認する必要って、ある?
ぴぴぴ・・・ぽぽ・・・ぴぴぴぴ・・・ぽぴ・・ぺぺぺぺぺ・・・
電車の中なんかで、メール打っている人がいると、うるさくって仕方がない。
確認音だから、確認できなくちゃ意味ないから、あれってけっこう、耳障りなように出来ているんだろう。
新しい携帯電話を買うと、デフォルトでONになっているけど、あれ、たいていの人はOFFに変更すると思う。
なんで、OFFがマジョリティーなのに、ONで初期設定されているんだろう。
そもそも、あれに、何の意味があるんだろう。
ぜひ、ONの人の意見を聞きたい。
皇位継承
今まで男子に限られていた皇位継承が、長子優先で女子にも認められるようになるようだ。
フェミニスト周辺からは、
「これでやっと、日本も男女平等だ。」
という意見が聞かれる。
男女平等大いに結構。皇位継承の問題に関しては、僕自身も女子にも認められていいのではないかと
思う。国民多数の総意であれば。
ただし、このことをして、「男女平等だ!」と、すぐに始まってしまう風潮が気に入らない。
皇族は国民ではないので、「全ての法の下に平等」である必要もないが、そもそも平等である必要が
あるのは、男女間の問題だけではないはずだ。
長子が優先なのであれば、長子と、それ以外が平等でないではないか。
男女が平等になれば、他に差別があってもそれでいいのか?ここのところの差別は、
男女平等論者には気にならないのか?
別に男女平等のために、皇室典範の改定を進めている訳ではない。
履き替えちゃ、いけない。
終りに見た街
強い衝撃を受けた記憶の鮮明さとは裏腹に、それがいったいいつの事だったのか、あまり良く
覚えていない。
そのドラマは僕の心の中のどこかに魚の小骨のように刺さっていて、年に何度か、必ず思い返しては、
いつかまた、出会うことが叶わないものかと思わせていた。
ラストシーンの台詞から思うに、おそらくそれは、80年代の前半だったのではないかと思う。
でも、誰が出演していたのかも覚えていないし、大まかなストーリーと、僕にとっては「猿の惑星」に
匹敵するラストシーンの衝撃度だけを、たまに眠れない夜なんかに、ぽっと思い出した。
何しろそれが、僕が大人になってからとても好きになった、山田太一の作品だということすら、今回やっと、
知ったのである。
そして、唯一覚えていたラストシーンの台詞なんかは、言われてみればらしいなあ。と、思うのだ。
「終りに見た街」
しばらく前に予告欄で見たとき、僕は震えが来るのを感じた。
あのストーリーである。長いこと僕の心のどこかで燻っていた、あのストーリーだ。
生き別れになった母親は僕にはいないが、どこかで偶然に出会って、
「あ、あれはかあちゃんだ。間違いない。」
と思う瞬間があったとしたら、たぶんこんな気持ちだったんじゃないかと思う。
放送当日は仕事で遅くなることが予測されたため、ビデオを撮っておいた。
そのため、裏番組の「男はつらいよ・寅次郎頑張れ」は、見ることが出来なかった。
果たしてそれは、間違いなくあのドラマだった。
荒唐無稽だが変に納得感のあるストーリーも、子供の僕を震え上がらせたラストシーンもそのまま。
ただ、当時の方が、仮想敵国としてのソ連が元気だっただけに、リアリティがあったかも知れない。
おそらく20年くらい、僕の胸につかえていたものが、すうーっと落ちていくのが分かった。
さて、こうなってくると人間、贅沢になってくる。
「青い瞳の聖ライフ」
「私鉄沿線97分署」で、時任三郎が犯人に恋をしてしまう回
この辺を、リメイクしてもらえないものか。。。
無念
ついに、私が9月まで在籍していた会社がなくなった。
正確に言うと、法人としては残っているが、屋号が変わった。
創業社長は退任。親会社から社長が就任。
私の上司だった、とても世話になった人に、代表権がついたのが救いかな。
今でも頑張っている人たちがいて、みんな、この状況をどんな風に考えているのかわからないけど、
僕個人は、たぶんこんな風になってしまったら耐えられなかったと思うから、敵前逃亡をしてしまったような
後味の悪さもあるけれど、やっぱり、会社を離れてよかったのだと思う。
短い間だったけど、僕は本当に心血を注いだ。
作り上げたと自負できるものもあった。
でもみんな、なくなってしまった。。。。
離れた人間に何を言う権利もないけれど、無念である。
本当はまだ大好きな別れた恋人に、いやな奴が付き纏っているのを嫉妬しているような、そんなキモチだ。