※画像と本文は何の関係もございません。悪しからず。
「そんなに食べていて、よく太らないね?」と、生涯に渡って人様から云われ続けてきたが、私だけではない。
亡母は上をいく。
身長150cm未満、体重40kg未満の小柄ながら、そりゃあもうよく喰っていたもんだった。〝喰う時は〟だけどな。
喰わない時は喰わない。
「あたしはいいの。」とか何とか云って、5人家族の夕食が4人分しか並んでいないことがよくあった。
私もまた、喰いたくなければ朝食や昼食は頻繁に省く。時間のムダだからな。
小学校の教員だった父が、中学生になった教え子の修学旅行のお土産で、箱入りのドラ焼きを頂いてきたことがあった。全部で15コ。
午後7時の夕食後に家族5人で1コずつ頂戴して、残りは10コ。
ところが翌朝7時頃、箱の中には4コしかない。
母に尋ねてみると、
「あんまり美味しかったので、あたしが食べた。」
はあ!?
約12時間で計7コ!?
その日の朝食はやっぱし4人分。(笑)
こんな云いワケをしてた。
「あんたには分からないだろうけどね、女にはそういう時もあるのっ!」
分かった。
んじゃあ、ジェンダー平等だの何だの云うなよな?
云わなかった。生涯。
父が没して母も没するまでの3年間、生まれて初めて独居となった母には毎週、長電話をかけて、月に一度は横須賀くんだりまで出向して、時には宿泊して、その殆どをどーだっていい話(と爆喰い。笑)に費やした。
ある日、何の話をしていたのか、ビオフェルミンという整腸薬の商品名が出てきた。
「ビオフェルミンねぇ。横高に通っていた頃・・、あんた、長浦トンネル、知ってる?国道16号の。」
と、また何か、たぶんどーだっていい話に持っていかれる。
今、思えば、先々の話をもっと詰めておくべきだったのかも知れないけど、生憎、母も私も「あたしが死んだらさー」とか「母が亡くなったらさー」なんて話は切り出し難いセンシティブな根性なしだった。
むしろ、また何か面白い話を期待して、
「長浦トンネルって、上りと下りで2本あるじゃん、」
と、話に乗る。
「何、云ってんのよ?上りなんか通るわけないじゃん。家が下りのトンネルの真上にあったんだから。」
そりゃそうだ。
母の高校への通学経路は、以前、ベイスターズの合宿所が在った、通称、田の浦から国道16号の下りトンネルを一旦、横浜方面に徒歩で抜けて国鉄田浦駅へ出て、横須賀線の下り電車で2駅先の衣笠駅からまた徒歩。
帰路はその真逆なので、確かに上りのトンネルは通らない。
「で、その下りのトンネルがどうしたの?」と、問い返すと、
「トンネルの歩道に、こんくらい(※両手で20cm位の幅を示しながら)のドブがあって、そこにビオフェルミンの空き瓶をこっそり捨てたことがある。」
「なんでまた? 家に帰ってから普通に捨てればいいじゃん。」
「そういうわけにはいかなかったのよ。お腹が痛くて飲んでたわけじゃないから。」
「じゃあ、何で?」
「体型の維持。」
はあっ!?
母と云えば、先ず教育熱心で倹約家で、真面目一筋のカタブツで、フランクな嫁ぎ先では煙たがられていたような存在だったが、そういう馬鹿げた青春もあったことが面白かった。
オノ•ヨーコよりも3つ上じゃなくて3つ下。高校3年間は1952年4月から1955年3月。
その時代に既に〝ダイエット〟に取り組んでいたわけだ。
生涯、自転車に乗れず、泳げず、子供の頃から脚だけは速かったらしいけど、スポーツとはまるで無縁。ジルバは母から手取り足取り教わったが「ジルバは男次第。女はぶら下がっているだけ」が当人の弁。
80を超えても、何れも通常なら路線バスを利用する京急の汐入駅や横須賀中央駅、国鉄の衣笠駅へも徒歩で往復。
「バス代がもったいない!」もまた母らしかったが、「体型の維持」もあったのかも知れん。
流石、没落士族の末裔。武士は喰わねど爪楊枝。(笑)
しかも、実家は37段の石段を登り降りする崖の上。
敷地は広く、部屋数は8DK。2階にも2部屋ある。その身長150cm未満には広大過ぎる生活空間を、常に早足でしゅっしゅ!しゅっしゅ!とまあ忙しなくすっ飛ばしていたもんだった。
「山の高いところに住んでいて、毎日、何10段もの石段を登り降りしている年寄りは皆んな元気!」を拠り所にしていたが、それは間違いなく真理だ。
この度、私も腰椎の圧迫骨折で約4か月間、ずっとデスクに凝り固まってじっとしていながら、喰いたいものを喰いたいだけ、毎日3食、完璧に喰っていたら、10kg近くデブ化した。
せめて歩けば、そこそこ減ることを大学時代のボクシングの減量で経験しているが、身体が重たくて立つことさえ億劫。デブが生成されていく負のスパイラルを実感した。
母の実子であることは間違いないので、私もまた没落士族の末裔のはずだが、腹が痛いわけでもないのにビオフェルミンを服用する度胸はない。
そこで、しゅっしゅ!しゅっしゅ!を想い出した。
唯、歩いているだけでは大した運動にはならないと訊く。
運動している意識が要るらしい。
それだ。
しゅっ!と立ち上がって、しゅっしゅ!しゅっしゅ!と歩いて、しゅっしゅ!しゅっしゅ!と行動する意識改革だ。
電車やバスを利用しまくっていながら1か月で5kg減。
どうやら、武士は喰わねど爪楊枝。没落士族の母方の先祖から受け継いでいるのは、太り難い体質や腹式呼吸のみならず、しょーもない危機感かと。
見栄を張るための。(笑)
※文中敬称略
※画像:大島 弓子『ダイエット』(1986)









