デビュー8周年記念ツアー成功への道・第93回 | jajaの秋山ッス

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セカンド出した後、今までにも増して
ホリプロとぶつかっていた。
意見の違いでね。

ぶつかる事は何も悪い事じゃない、目標を決めて
意見を出し合う、ノープロブレム。
問題ない。

僕達の気に入らない点は
CDジャケットデザインにもあった。

ファーストアルバム、白地に赤い文字でjaja・・・
あまりにもデザイン性が乏しい。

セカンドアルバム、薔薇の花・・・・
やぼったい男4人のバンドだぜーー
もちろん、これは「パク・ソルミ」に配慮しての事だと分かる
・・・・けど、センスが違うよね。

一番納得出来なかったのは、jajaに何も相談が無く
決められた事だった。

プロになって業界の人達と話す機会が多くなり
聞いてみた。
ジャケットデザイン・・・かくかくしかじかなんですが・・・

みんな「えーーー信じられない」
だいたいは、スタッフとミュージシャンとミーティングして
アーティストの意見を尊重して決める・・・と
まー、自然だよね。

しかし当時のスタッフは聞く耳持たない。

こうゆう事が積み重なり、信頼関係が薄くなっていく
当たり前だけどね。

そしてサードアルバムの制作話が出る。

僕らは不満を一気にぶちまけた。
総合プロデューサーもその時は、僕らの意見を聞いてくれて、サードはjajaが好きな様に作っていいと

うれしかったね。
もうリバーブの深さや音質で悩む事も無くなると

ホントの意味で、jajaのデビューアルバムだと思ったよ。

曲数は12曲
今回は全員で曲を書こうと決めたよ。
セカンドでの苦い経験から学んだ事だった。

歌物と違い、歌詞の無いインストゥルメンタルは
曲と曲の違いが分かりにくい事がある。
ましてや同じ人間が全曲書くと
どうしても似てしまう・・・し、12曲多種多様な曲を書き上げる事は、その当時の僕には難しかった。

結果、大成功だった。
市村の才能が開花したし、西沢がイブシ銀のメローバラードを作ってくれた。
僕も思わぬ副産物が生まれたよ。
それはライバル!

メンバーがいい曲を書くと、僕の負けん気に火が付きまくったよ。
勝ち負けじゃないけど、もっといい曲を書いてやるーってね
僕の中で長いトンネルを抜けた気がしたよ。
ライバルは自分の能力を呼び覚ますには最高だった。

レコーディングスタジオも決まった。
日本で一番高額なスタジオに、
業界の人なら、あーあそこねって分かると思うよ

僕らの中では、ぶっちゃけ嬉しいけど
もっと安いスタジオで録音して、宣伝費を沢山かけてくれって思ってたよ。
だけどホリプロのこだわりなんだろうね。

レコーディング日程も決まり、ミィーティングの数も増えて行く・・・・しかし・・・あれ・・・おかしい??

僕達の好きな様に進めていいと言ってたのに
少しずつスタッフの意見が入ってくる
入ってくるのは悪い事じゃないけど、なんかおかしい・・。

この後、僕がホリプロを辞めようと思った
キッカケになった事が起こる。

それはねーー、次回のお楽しみーーーーー

明日は衝撃のサードアルバム録音だーーー