5/5に、「いそうでいない芸能人の名前を声に出して読んでみよう」


という記事を書いたんですが。


自信満々で、こんな名前の芸能人、いそうでいないよなあ、なんて書いたものの


その名前の有名人はいらっしゃいますよ、とコメントを頂きました

(ご指摘、誠にありがとうございます)。




その名前は・・・


「森本太郎」さん。




今でも第一線で活躍していらっしゃる有名人の名前を忘れていたなんて


僕もどうにかしていました。


たぶんG.W.ボケだったんでしょうね。


参考までに、森本太郎さんのご略歴をご紹介したいと思います。


とは言っても、僕の文章力では森本さんのご活躍を充分にお伝えできないので


森本太郎さんに関するウィキペディアの記事を抜粋して掲載します。




Wikipedia「森本太郎」

1967年ザ・タイガースのギタリストとしてでデビュー。

愛称は『タロー』。

ボーカルの沢田研二のアイドルとしての大ブレイクとも相成って「GSの王者」と呼ばれる大人気グループに成長。

森本はギタリストとしてのみならず、GS界でも屈指の上質なコーラスで聴衆を魅了した。

ファン層はの中心だった10代の少女の人気は沢田に集中し、大人びた雰囲気だった森本は、岸部一徳と並んで「アイドル」としての人気は伸びなかった。

メンバーのソロ活動が始動する中、森本は1971年に『タローとアルファベッツ』を結成。

GSブームが急激に退潮していく中、1971年、日本人アーティストとしては初の単独日本武道館公演をもってザ・タイガースは解散。

1973年には「森本タローとスーパースター」を結成。メンバーは逐次変更されているが、現在に至るまで活動を続けている。

その後音楽プロデューサーとしても活躍し、河合奈保子、西城秀樹、リフラフやレイジーを手掛けたことは特に広く知られている。

1981年年には再結成したザ・タイガースに参加。森本が作曲した「色つきの女でいてくれよ」がヒットチャートの上位にランクイン。

1989年には「ザ・タイガース・メモリアル・クラブバンド」に参加。

1997年には沢田研二、岸部一徳とともにロックユニット「TEA FOR THREE」を結成(現在活動休止中)。

現在は「森本太郎とスーパー・スター」を率いて月に一度のペースで公演、精力的に活動中。

毎年行われるバースデーライブには沢田研二、岸辺一徳のほか、藤山直美、ベンガルなど親交のある俳優も祝福に駆け付けている。
2008年に甥がクラブ系男女ユニット・Ceiling Touchとしてメジャーデビューしている。




ザ・タイガースのギタリスト、超有名人です。


忘れてたなんて僕もどうかしてました。


よくよく思い返せば、


森本タローとスーパースター結成時には血沸き肉躍ったもんです。


タローとアルファベッツごっこもよくやったなあ。




というわけで、


いそうでいない芸能人の「森本太郎」さんの部分は、


「森本一郎」に訂正致しますので、よろしく。




Wikipedia「森本一郎」

三菱モンサント化成会長(以下略