この話し合いをきっかけにハウスは変わった。
今までのハウスは、俺が長髪化粧というグラムロックのようなスタイル。
一方のジョリーは、何ちゃってピーター・マーフィー(バウハウス)風なスタイルだった。
全体的には、少し早過ぎたビジュアル系みたいなイメージだ。
服装などは各自それぞれ、派手に好き勝手だった。
しかしこれ以後は、全員三つボタンのスーツにネクタイ、シルクハットと、あわせて統一。
俺ははっきりいってこんなことやりたくなかったし、馬鹿みたいでつまらなかった。
大体、自由なはずのロックで、なんで制服を揃えるなんて発想が出てくるんだ!
これじゃ、まるで、一向に馴染めず大嫌いだった、あの忌まわしき中学校の再来じゃないか!
カツミはその後も「オーティス・レディング」や「ウィルソン・ピケット」など、黒人ソウル、ジャズ全集みたいな、解説付きテープをまとめて作ってきて、皆に聞けと命令したりした。
こういうやり方は、なんか気分が悪かった。
彼のこの態度のおかげで俺は未だにソウル、ジャズとかいわれると軽い拒絶反応を起こす。
何も無ければこれら、心からいいと思える日が来たに違いないのに、本当に嫌なもったいない出会いをしたものである。
やがて彼は、俺の作る曲についても毎回検閲する様になった。
「新しいイメージを理解してないよ!! こんなのは詰めが甘いな!」
何の権限あるのか、彼はそんな事を言っては俺の曲を次々と却下するようになり、やがてバンドは彼の曲一色に染まっていった。
スタート時は全部オレの曲だった、俺の詩世界を表現するためのバンドが、今は俺の曲はゼロ。
それでも、カツミの曲に魅力を感じられればまだよかったのだが、アメリカのサザンソウルをマネしただけみたいな、つまんない曲が多くて、全然好きになれなかった。
そもそも、あいつが入った時点で妥協して、あいつの曲を半分やることになったのだが、正直最初からあいつの作ってくる曲をいいと感じたことはなく、そういう心の中の思いが態度に知らないところで出ていたのかもしれない。
他にもジョリーに対する不信感とか、そういう多くのことが、例のコンテストでバラバラと指摘されることにつながったのではないかと、今になっては思う。
確かに、俺は俺の音楽をやりたくてバンドを作ったわけで、そうでないバンドなんか、全身全霊を注げるはずもなかった。
バンドは名前が同じなだけで、今やもはや別バンドにすぎなかった。
安物のタイとお気に入りのブラックハット
バーテンが頼みもしないスコッチを出す
昨日はオレタチの仲間が一足先にパクラレちまった
テレビのニュースで流れた自分の姿に唾を吐きかける
ギャングの仲間がどうだこうだ、死刑台へのメロディーがどうだ、ゴッドファーザー・イメージだかなんだか知らないけれど…
こういうリアリティーのない、カッコばっかりみたいな世界が俺は本当に大嫌いだった。
一体全体、なんでこんなことになってしまったのだろう?
俺は何でこんな所にいて、こんな好きでもないことを、義務感みたいにやってるのだろう。
やがて一、二回ライブをこなすうちに、俺はいよいよ、完全にやる気がなくなってしまった。
もう一言も意見を発する気になれない。
「はいはい、そうですか、勝手にやってください…。」
自分のバンドなはずなのに、自分のバンドではないみたいな感じだった…。
事実この頃他のバンドから、うちに来ないか?、という誘いがいくつかあり、俺は本気で悩んだ。
現実に、ヘルプで他のバンドのスタジオに参加したり、レコーディングに参加したりもした。
だが、それでも結局ハウスに居つづけたのは、「俺が結成者でハウスの真の代表なのだ!」というくだらない意地と、「カツミの世界よりjagの曲の方が好きだっだから、また以前のハウスに戻ってほしい…」と言ってくれている、大勢の観客の声に俺自身が期待していたというか、まあそんな理由からだった。
こうしたおかしな状況でライブ活動は進んでゆき、結果はプラスどころか、よりウケが悪くなるという、惨憺たる悪循環にハマっていってしまった。
熱心な客だけではなく、ライブハウスの関係者も皆、「前のほうがよかった!」と言った。
失敗を認めたくないカツミは、高度な音楽をメンバーが分かってないから伝わらないんだ、と決めつけ益々おのおのに干渉していった。
こだわりがなくサッパリした風間だけが「カツミさん凄いな、勉強になるよ!!」と受け入れたが、俺はやる気もなく曲も書かないので、没交渉。
すると今度は次第にジョリーがターゲットになりはじめた。
ジョリーは最初のうちは彼の命令をふんふん聞いていた。
歌詞もカツミが言うままに変えたりしていたが、あるときそれがたまりにたまって、いきなり予想外の大喧嘩に発展してしまった。
それはいつもの様にスタジオ後、カツミの家に集まった時のことだった。
その日、カツミの友達という別のバンドのボーカルが遊びに来ていて、そいつがジョリーにこう尋ねた。
「同じボーカルとして聞きたいんだけど、君は詞ってどういう気持で書いてる?」
「どうとは?」
「ん~、たとえば常にメッセージを伝えたいとかさ、韻の踏み方にこだわってるとかさぁ…。」
俺は話しを聞いて、よくぞ言ってくれたと思い、興味深く成り行きを見守った。
だがジョリーは一向にまともな答えを返さない。
全く煮え切らない返事ばかり・・・。
「別に、何かようわからんし、まあ俺の詞なんて適当にやな…。」
「は? でも、それじゃメンバーみんな訳分からなくない??」
「う、うーん…ま、そうやなぁ…、でもそもそもメンバーにわかってもらおうとも思わんしな…。俺が書いとるんは、歌うのが俺やからというこだわりだけやな…。」
「それだけ?」
「まあ、おれアホやから難しいこともわからんし、どうせ誰も歌詞なんかきいてないし、聞こえへんて!!」
まあ半分予想は出来てたとはいえ、相変わらずの受け答えっぷりだった。
俺はもう何年も同じような話しをしてきたので、ガッカリしながらも、口を挟む気すらしなかったが、カツミは違った。
彼は激しく酔っていたこともあり、そんなジョリーに対し、いきなり激しく怒鳴りはじめた。
「ばかやろう!!結局おまえがそう浅はかだから、バンドがその程度レベルにしかならないんだよ!」
ジョリーはいきなりキッと顔つきが変わり、同じ調子で怒鳴り返した。
「じゃあおまえが何から何まで、全部思い通りにやればいいだろ。知るかボケ!」
その日の帰り道、ジョリーはまだ怒りが収まらず、終始饒舌にカツミの悪口を言い続けた。
それを聞きながら俺は、何の予感があったわけではないが、もうこれで限界かなと感じていた。
この状態でこの先進んで行くなんて、とてもじゃないが無理だ…。
事実その予感はすぐに当たった。
それから何日もしないうちにカツミが俺に電話してきた。
「jagちゃんがハウスの結成者だから最初に伝えるけど、俺もう限界だわ。ハウス抜けさせてもらう。」
俺はさっきも言ったように、何となく予感を感じていたので全く驚かなかったが、一応建前上驚くふりをしてみせた。
「メンバーには次のスタジオで言うからさ!!」
その言葉通り、カツミは今入ってるスケジュールをこなし終えた時点で辞める、と皆に発表した。
なんとなく皆もあれから感じていたのだろう。
特に驚く様子もなく「あっそう」って感じ。
ジョリーなんか例の喧嘩があった後だけに、逆に嬉しそうな顔をして「じゃあね」なんて言っていた。