東京の空は青い。
「東京の空は青い」
中国本土の企業として初めて東証1部上場を果たしたチャイナ・ボーチーの社長の、昨年初めて東京に訪れた感想である。
チャイナ・ボーチーは石炭火力発電所の排煙脱硫装置の設計、建設、設置を主な事業とする環境保全会社である。
創業5年で今年12月連結売上高予想は約327億円という大企業。
北京では五輪を控え、環境問題には敏感であり、緊急課題での一つである。
時代の波に乗って業績を伸ばしている。
一般的に中国本土企業が上場する場合、多くは香港であり、それ以外でも主流はアメリカである。
しかし、東証への上場には迷いがなかったと言う。
日本の優れた環境技術を導入する土台になると判断したのだ。
東証上場を果たした日の会見では、「地球は一つ。環境保護は全人類の使命であり、責任。日本企業と一緒に環境保護に貢献したい」と語った。
東京では空気の悪さに訴訟も起きるが、お隣ではさらに深刻。
地球規模で環境保護を考えていきたいと素直に思わされた。
日本の技術が必要とされている。
白 雲峰社長は32歳。
私も行動しなければ。
負けていられない。
「人は有限の生命をもって無限の志望をいだくものなり」
10年後の自分が見えるか?
最近、なりたい自分をイメージして近づこうと努力したり、目標に日付を入れて遂行していくことの重要性が盛んに謳われている気がします。
目標を定めてそれに向かって努力することはとても大切だとは思うけれど・・・。
どうしても違和感を感じてしまう。
先が見えるって楽しい?
と聞きたくなってしまうんですよね。
好きなドラマに「やまとなでしこ」があります。
何が好きかというと、主演の男優が回想シーンで「あなたの10年後の姿が見えない」と言われ振られるのだけど、同じことを複数の人に言われたことがあるんですよ。
俺だって知らないよと言いたくなるのだけど、間違いなくそのときも楽しく過ごしているぜと思うんですよね。
ただ、自分が何が楽しくて何を必要としているのかは常に明確ではないといけないとは思いますが。
そのときそのとき自分が正しいと思う積み重ねが人生を形成していくのではないでしょうか。
実は現在働いてはおりますが、手帳を持っていません・・・。
予定に縛られる自分が想像できませんね。
自分の立てた予定にしばられない。
この間、おもしろい記事を読んだ。
ある外国人女優が日本サイドと共同制作の映画撮影に参加した感想だ。
自分の国やハリウッドでは脚本や撮影スケジュールを尊重するが、現場でのおもしろい発想やアクシデントで脚本やスケジュールが変更することは普通だという。
しかし、日本ではアシスタントレベルまでが現場のスケジュールを綿密に把握し、予定通り団体行動が進んでいく。
まず、その時間通り進んでいくことに驚き尊敬したそうだが、あまりにも現場に自由が無く、何の為の予定だろうと考えるようになったそうだ。
予定とはあくまで予定で、物事をスムーズに進める為の道具の一つではないかと言う。
リハーサルも撮影も時間通り進んでいき、工場で作業をしているのと変わらないのではないかと。
そして、極めつけは脚本では晴れの設定だったのが、撮影当日不幸にも雨が降り、てっきり翌日の撮影かと思っていたら、雨のシーンに脚本を書き直し撮影したそうである。
たしかに、海外で仕事をしていると常に社会や相手の時間に対するルーズさにイライラさせられることは多い。
しかしながら、雨が降ったから雨のシーンとはやりすぎではないだろうか?
脚本では必然性があり晴れの設定ではなかったのではないだろうか?
監督が雨のシーンの方がより効果的と判断して変更したという次元ではない気がする。
我々が日頃耳にする「予定通り進めよう」という言葉に縛られ、最高のパフォーマンスをするチャンスを捨てていないだろうか?
ルーズであってはいけないが、自分の立てた予定に縛られるのもおかしな話である。
「人は有限の生命をもって無限の志望をいだくものなり」