最近になって大学生の頃を思い返します。
でも、余り記憶がありません。
どうしてだろうと思ってずっと考えていました。ある時、ふと思い出したのです。
特に大学の2年から4年の間、味気ない生活をしていたのを。
というのも大学1年の後に1年間休学していたのですが、その間の生活が楽し過ぎたのです。
その頃、私は別の進路を考えて航空保安大学校に入っていました。航空管制官の卵です。
中でも航空機援助施設の無線を扱う航空電子課に入校しました。
その頃の航空保安大学校は羽田空港の脇、整備地区内にあり、毎日が航空機の発着音の中で生活していました。
全寮制で、国家公務員として給料も貰いつつの学生生活です。
面白くない訳がありません。寮の規則は無いに等しく、本当に自由な毎日を送っていました。
大学生を1年やった後だけに、どれだけ自由なのか、他の生徒より知っていた自分がいました。
何よりアルバイトに時間をとられたりしません。
授業が終わったら、遊ぶことしか考えていない毎日。
授業のクラスがそのまま寮に移動するから、遊ぶ相手だって、その寮にいる訳です。
毎日飲もうと思えば飲める。まあ給料の範囲内ですが…。
そんな毎日の一年後に、私はそこを辞めて大学生に戻りました。その時はどうしても教員免許が欲しかったからです。
でも大学生に戻って思ったことは、航空保安大学校のみんなが居なくて寂しい。出来ることなら航空保安大学校に戻りたい。
そんな事ばかり考えて、変わらない毎日を過ごしていました。
特に大学2年の間は、みんなは航空保安大学校の2年(最終学年)で、より戻りたいという気持ちが強かったです。
そのため大学を終えた時は、航空保安大学校の同期のみんなが集まり易い東京に身を置こうと、自然と東京で就職しました。
そう考えると私の人生を決定させる程、航空保安大学校でのたった一年間は、自分にとってかけがえのない毎日だったのだと思います。
その頃の友人達は全国に散らばっていて、なかなか会うことは難しいのですが、会えばその頃のように話すのかもしれませんね。