ケミストの趣味 | 逆手のじゃっくばうあー

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逆手で投げるダーツ成長記
 ブログというか、要はダーツの成長過程で感じたことを思い出すための『俺様メモ』なわけです



ケミストの趣味

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これは、以前、あかりさんが関東に遊びに来られた時に頂いたもの
折りたたみ、ジーパンのポケットにしばらく忍ばせ、
ポケットに手を入れる度にこれを手に取って読んでいた


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ここに書かれていることで注目をしたい部分がある


--- 以下、抜粋 ---

ビリヤードは、人と人との勝負である。うまくなってくると、下手の相手が球を撞く前、その構えだけで、どのレベルなのかやミスをするかなどがわかるようになる。ということは、相手が自分より上手な場合、全く逆で、相手の考えていることはわからないのに、こちらのことはすべて見透かされていると思ってよいだろう。このことは、下手側には上手を評価し切れないという本質的な話が入っており、ビリヤードに限ったことではない。科学の世界においても、上手の先輩の考えていることは、後輩の考えに比べて、より深遠であることが多く、後輩が先輩を正確に評価することは基本的に困難であるといえる。(このことを知った上で、先輩のことを批評することは構いません)。ビリヤードにおける人と人との勝負の実体験から、多くのことを自然に学べたのだと感じる。

笠井均 東北大学多元物質科学研究所 准教授 科学と工業より

※ 原文より、衝く→撞く 玉→球 に修正




あかりさんがこれを俺に手渡された時に、
あかりさんはこの紙切れのことについて特に何も語らなかった
ただ、鞄から取り出し、「どうぞ」と差し出した

実は、これを受け取る伏線があった
この紙切れ自体の存在や、
こうした意図はこれ以降に気づくこととなるのだけれども
読み進めていくうちに、あかりさんがこれを持参した理由がわかったような気がした

その伏線とは、
ひよこ塾内で、世間にある教則本の類についてのそれぞれの思いや考えがあるのなら、
ひよこ塾で発せられる内容に対しても、それぞれが厳しく意見をする必要がある
その意見を募った際に、ほとんどの方が口を閉ざしてしまった

その時、正直俺は、これは駄目だと感じた
他人に言い包められては成長はしない
塾の内容を鵜呑みにしてもいけない
各々が疑問質問を投げかけて、納得をした上で取り組まなければと
テキスト上の言葉など、完全な理解は不可能であるから、
どうしても塾生が内容を理解しているとは考え難かったのである

しかし、その一方でこのようなことも存在をする
それは、俺も理解をしていたつもりではあったのだけれども、
やはりそれは“つもり”でしかなかったのだろう

この紙切れは、俺にとっての神切れとなり、
色褪せてはいるけれど、素晴らしい教則本となっているのだ