Chageのライブも終わり、ASKAの結審も済み、マスコミの話題も何事もなかったかのように次のゴシップに花を咲かせている。
1985年秋、チャゲ&飛鳥はワーナーパイオニアとの契約が切れ、次のレコード会社が決まらぬまま正月の武道館公演を決めた。
ファンクラブ会員は身分証明書を作って九段会館で決起集会を行い、武道館を満員にするべき使命をチャゲ&飛鳥本人達に課せられたのである。
あの時は何人集まったのだろう。
出口で交わした握手、ASKAの大きな手は今でも覚えている。
Chageは春にその肉厚な手を握り懐かしさを感じたばかり。
その後数枚のポスターを持ち、「SHAKIN' NIGHT」ツアーも大詰めになった11月、一関文化会館で声をかけた一人のファンの女性はその後ずっと私のチャゲアス友となり、29年の付き合いになる。
後にも先にも彼らからファンに対してのhelpはその一回だけだったと思う。
それ位ファンを身近に感じて居てくれたのだと思う。
ギターで曲が作れなくなったと何年か前から度々口にするようになったASKA。
「自分の好きなメロディーはあんまり評判良くないんだよね、でも俺は好きなの!」
冗談めいて話していたけど、本音だったんだね。
「自分はずっとラブソングを歌っていきたい。年寄りになってもね」
そう、ASKAのラブソング、又聞きたいよ。