
2010年9月26日(日)
石州街道(旧山陰道)を歩いてみることにした。旧山陽道と合流する小郡から山口市内までは、既に何度も歩いているので、山口市内の萩往還との合流点である「札の辻」(写真上)から津和野方面に歩き出した。
歩き始めてすぐ先左手の万福寺で、今日も無事に歩き始められることにまずは感謝し、しばらく真っ直ぐな街道を往くと石観音堂に突き当たる。これを左折して、日赤入り口交差点で旧国道9号(現在は県道204号)を横断する。
すぐに左前方に山口赤十字病院が見える最初の四つ角を右折して、暫くは、気持ちのいいほど真っ直ぐで雰囲気のいい街道を往く。
金古曽町から三の宮へ入る少し手前の左側に、「聖ザビエル記念公園」なる静かな公園がある(写真中)。
説明板によれば、天文20年(1551年)に戦乱の京都に失望して山口でキリスト教の布教を始めたフランシスコ・ザビエルが、当時日本国随一の大名と言われた大内義隆から布教の許可を得て、その住居として与えられたのがこの地にあった大道寺だそうな。
しかし、大内氏滅亡の戦国時代から織豊・江戸・明治と時を経て、この地は誰からも忘れ去られていたのを、明治22年になってフランス人神父が、後世に残すべきこの土地を、周辺の有志の協力を得て買い求めたのだナ。この時、湯田温泉出身の詩人中原中也の祖父も協力していたそうな。
そして、ようやく大正15年に、ザビエル肖像の銅板を嵌め込んだ写真のような記念碑が建立されたのだ。あぁよかったね…とはいかずに、このザビエル肖像の銅板は第二次大戦中に供出され、昭和24年にやっと復元されたのだ。まぁそれにしても、戦時中の日本人(軍)はこんなものまで供出するとは、罰当たりであるがなりふり構わなかったんだネェ。
その先の「三の宮」と呼ばれる仁壁神社を参拝して更に往くと、やがて国道262号の下をくぐったすぐ先で県道204号と合流する。県立大学を左に見ながら進み、宮野中学校のグラウンド角から県道を右に逸れて旧道へ入る。
宮野小学校を左に見ながら進むと、周辺は長閑な田園地帯となり、田圃では稲刈りの真っ最中だ。やがて宮野新橋で国道9号と合流するが、石州街道は国道を横断して、椹野川沿いを北上する。
すぐ左手にこんもりとした森が見えてくるのが「龍王社」で、太い根回りのムクノキの巨木が五本、小さな祠を囲むように聳え立っている(写真下)。山口市指定の天然記念物だそうな。
椹野川沿いの石丸地区、龍花地区、泉地区を抜けて、るりがくえんの手前で県道196号を横断し、ここで椹野川から分かれて杖坂川沿いに更に坂道を上って行く。
その2へ続く








